03

 仕事そのものは成功とされた。

 偶然ではあるもののカルマは依頼者の忘れ物とやらを見つけた。

 それは様々な種類のポーションがパンパンになるまで詰められた鞄だった。

 依頼者に探りを入れたアビトから聞いたところ、依頼者は冒険者を騙った錬金ギルドの関係者とのこと。

 錬金ギルドの関係者を問い質したところ、違法なものではないが扱いを間違えると危険な薬物を生成していたとのこと。

 依頼者からの説明では迷宮の中……特にあの発達した森の中では材料となる植物が豊富にあるので、安価に作ることができるのだとか。

 あの迷宮で材料が採取できることはほとんど知られておらず、都合が良かったので現地で調合して持って帰ることで、世間に広まらないようにしていたらしい。

 今回は作ったポーションの数が多すぎて、野営中に巨大な魔物が現れた際に咄嗟に持ち出すことができず鞄を置いて慌てて逃げたのだそうだ。

 ここまではジルも街まで戻る間に予想できたことであった。


「冒険者ギルドはポーションを欲しがるからな。たとえ危険でも需要がある」


 それを取り締まるのが大変であることも付け加えて、アビトの解説は続く。


「錬金ギルドのやつは倫理があるからな。冒険者ギルドに流通する危険性を理解していた。そこで、国に依頼をしたわけだ」


 中央施設の医務室から借りた一室にて、アビトからより正確な情報が降りてきた。


「怖くてあそこまで行くことはできなかったが、人が踏み入って見つかる可能性はある。魔物が摂取してしまう可能性もあるしな。それを恐れて依頼したそうだ。――質問は?」


 おずおずとモーリスが手を上げる。


「危険な薬物ってカルマくん、それを飲んだんですよね? 何を飲んだんですか?」

「魔法力を飛躍的に増やすマジックポーション、身体能力を飛躍的に増やすエナジーポーション、それと……」


 アビトは一度言葉を区切り、苛立ちの混ざる表情をする。


「バーサークポーションって言ってな、血がたぎって痛みや恐怖を感じなくなる」

「先輩はそれをいっぺんに……?」


 衝撃を受けて声が震えているリクにアビトは首肯する。


「多少なりとも知識のあるやつが依頼を受けるとは予想もつかなかったんだろうな。しかも飲むなんて考えつかないだろう」


 リーダーとして仲間を守ろうとしたカルマの気持ちを思うと胸が痛む。


「あの、カルマ先輩は目を覚ますんですか?」

「さあな。それは乃公おれよりお前たちの方が知っているはずだ」


 迷宮から帰って二日間、カルマは眠り続けていた。その間、三人で交代しながら様子を見ていたが昏睡状態から目覚める気配はない。


「カルマくんの家も特殊だから飲んじゃったんだろうな……」


 モーリスが下を向いて頭を抱える。ジルは何があるのかと顔を向けた。


「ごめん、何でもない」


 視線を合わせてから、慌てた様子で手のひらをジルに向けた。


「まあ、乃公からは以上だ。他の仕事もやっておけよ」


 アビトが退室する。

 しばらく三人はその場に留まった。


「……俺、何したんだ?」


 うつむいてジルは二人に聞く。

 アビトから説明はされても、理解ができないのだ。

 迷宮であった出来事も、今のこの状況もジルが引き金を引いて起きた結果なのは理解できる。しかし理由も原因も分からない。ただ、困惑するばかりだった。

 モーリスもリクも話そうとしない。


「二人とも悪い」


 答えを聞く前だったが、頭に靄が掛かり考えがまとまらない。

 どうしても新鮮な空気が吸いたかった。

 二日前から降り続く雨は勢いを増して窓を叩いていた。



***



 中庭の長椅子は雨に打たれていた。気分転換がしたいときに限って雨が降っているのはどうしてだと思うが、雨が降っている日に中庭に足を運んだのは自分だった。上手く考えられなくなっているのに嫌気を感じながら、ドアを閉めて床に座り込もうとする。


「ぬれますよ」


 完全に腰を下ろす前にリクがどこかから持ってきた小さな木製の椅子を差し出した。


「気にしなくて良かったのに」

「いえ、お話ししたいこともありまして」


 言うとリクは隣に同じ木製の椅子を置いて腰掛けた。

 会話を求められて正直なところ面倒であった。一人で新鮮な空気を吸っていたかったのだが、どっちみち今は無理なので二人で壁を背にして並ぶ。


「何?」


 やや沈黙があってからジルが切り出す。


「さっきジル先輩が訊こうとしたことを説明します。事情が難しいので遠回りになりますが……」


 話そうとしなかったのは、どう話して良いのか悩んでいたからなのかも知れないと納得する。

 少し経ってからリクは切り出した。


「ジル先輩って魔法が使えないだけで魔力は持っているんですよね?」

「まあな」

「カルマ先輩は魔法を使うことはできるんですが、魔力を多くは持てないんですよ」

「魔力を……持てない?」


 驚いてジルは繰り返す。

 リクは「はい」と返事をすると、空中に視線をやって続けた。


「体の中に貯め込むことのできる魔力の量が人より異様に少ないんです。ハウンドの依頼のときに、僕たちを先に行かせたことがありましたが、完全に魔力が枯渇していたみたいで……。回復しているところを見られたくなかったんでしょうね」


 今更だが納得した。よく知らなかったジルですらも心配したぐらいだったし、あれ以上の迷惑をかけたくないと思っていたのだろう。


「カルマ先輩も何とかしようとしているのですが魔力量を上げることはできないみたいで……」

「……確かに腕っ節は強いな」

「先天的なもので克服のしようがないんだと思うんです。それでも頑張っていました。皆と同じになりたい一心で」


 ハッとした。


「皆と一緒?」


 カルマでも悩みを持っていたのだ。ジルと同じように。

 視線をリクに向けると、「そうです」とうつむく。


「モーリス先輩は基礎魔法の四属性が得意です。特に国で標準化されている基礎魔法の系統は頭に全部入っているみたいですね。火力も抜群です」

「そりゃ、あいつは血筋からして天才だからな」


 そこでリクはジルに視線を合わせる。


「でも、属性を混合して放つことはできません。異なる属性の魔法を混ぜることをイメージできないそうです」


 それを聞いて青ざめる。

 今までの戦いで魔法武器をモーリスの魔法と合わせたことが何回もあった。

 もしかしたら自分がモーリスの魔法を利用して属性を混ぜた魔法を使うたびに傷つけていたのかもしれない。


「ひょっとして、リクも?」

「はい」


 そこでリクは空中に視線を移し、遠くを見るような目をする。


「僕は回復魔法が使えません。支援担当なのに回復魔法が使えないって致命的なんですけど、機能不全でして」


 衝撃を受ける。

 知らなかった――パーティの全員が魔法に関しての悩みを抱えていたなんて。


「迷宮で先輩が僕に言ったのって回復魔法の一つなんですよね。トランスファーって言うんですけど」

「……そっか」


 できないことをリクに頼もうとした。だから迷宮でカルマは怒ったのだ。


「ごめん」


 短い言葉しか出てこなかった。仲間を傷つけていたなんて思っていなくて、酷いことをしたのだと。

 自分が受けていたことを三人にどのぐらいしてきたのかと思うと心が痛くて、言葉もなくうつむいた。


「僕たちも言っていなかったので、大丈夫です。秘密にするつもりではなかったんですけど、ジル先輩が気づいてくれるのを待っていたところがあって……」

「言ってはほしかったかな。言いたくないのも分かるけど」


 叶わない願いではあったのだろうが……。


「近しい人に色々されたのは僕もジル先輩と同じなんですよ。僕はどこかの村で生まれたみたいなんですけど、小さいころにこの街に連れてこられて置き去りにされました。故郷がどこなのかも分からないので帰ることもできません。そこをアビトさんに拾われました」


 驚くジルに気づいているようだが、リクは続けた。


「アビトさんは話を全部聞いてくれて……それで、それは周囲が間違っているって言ってくれました。たぶんカルマ先輩も。モーリス先輩ももしかしたらアビトさんに救われていると思います」


 想像以上にアビトは人として大きな存在であることを実感する。


「言いそびれていましたが、アビトさんの働きかけで社会は変わりつつあるんですよ。本来は孤児院ぐらいしか行くところがなかった僕でも学校にも行かせてもらえましたし、仕事ももらえています」


 そこでリクは話を中断した。深く呼吸を繰り返しているところをみると、思いがこみ上げてしまったのだろう。

 長い沈黙の中、雨音だけが響いていた。

 雨が強まってドアや壁に叩きつけるような音に変わってきた頃、ジルは切り出した。


「……なあ、カルマは目を覚ますと思うか?」

「医療のことは分かりませんが、僕は目を覚ましてくれると思いますよ」


 リクは自信のありそうな強い声だった。

 隣をみるとニコニコと笑顔を浮かべている。


「お前なあ、俺は落ち込んでいるんだが」

「いいえ、自信ありますよ。だって、ジル先輩も魔法が使えるようになったじゃないですか。モーリス先輩と力を合わせて」


 ……確かに、モーリスに力を貸してもらって魔法武器を完成させることができた。今、魔法が使えるのも魔法武器――いや、協力してくれる仲間がいるから――。


「モーリス先輩だって混合魔法の可能性に前向きになっていると思いますよ。エクスプロージョンみたいに先輩と協力して」


 力強い後輩の言葉。一人でできなくても、仲間と一緒ならできる……。少し考え込んでからガタッと音を立てて、ジルは立ち上がった。


「リク……俺……」

「はい! 行ってあげてください」

「ありがとう!」


 勇気づけてくれるようなリクの表情に背を押されて、ジルは走り出した。

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