新しい世界にて

01.支援術師の魔力暴走

 誰もが幼い頃から魔法を教えられる魔法大国――。

 この国では魔法が使えることが当たり前とされている。

 しかし、それ故に魔法に関わる病気を発症する人間がいるのも事実である。

 病気持ちであるナルスは発作を起こして、床に膝をついて恐怖を感じていた。

 身体中が炎に包まれているかのように熱い。眼球には激痛が走り、失明も覚悟するほどだ。

 経験上、これ程までになると、うずくまって症状が過ぎ去るのを待つしかない。

 兆候を感じてから急いで勤め先の中央施設に向かい、たどり着きはしたものの廊下で倒れた。視界が暗闇に染まり何も見ることができないので、今の場所も状況も自分がどうなっているのか分からず混乱しそうになる。


「おい、大丈夫か?」


 聞き覚えのない男の声であったが、声を掛けられる。

 施設内だったのが幸いした。


「……魔力……暴走」


 苦しさで呼吸が荒くなっていたので、絞り出すように返事をした。

 ナルスは生まれつき魔力の循環が悪く、眼球に魔力がたまり暴走を引き起こすことがあるのだ。

 その言葉だけで悟ってもらえたらしい。


「分かった。立てるか? 医務室行くぞ!」


 その男が支えてナルスを立ち上がらせるものの、視界が真っ暗なので足も震えて動くことができない。

 すると、男はナルスを背負って、足早に医務室へと運んでくれた。



***



 ベッドに横たわるナルスの眼球に、ひんやりとした硬いものが当てられる。余分な魔力が吸い取られているようで、少しずつ周囲の様子が分かるようになる。

 何とか視界が回復してから、ようやく助けてくれた男を確認することができた。

 ボサボサの黄褐色の髪。服装は上は私物の服だが下は制服なので関係者だろう。

 腰には二つの短剣が下げられている。まるで二つ一組の印象を受ける短剣に、男の正体が思い当たる。


「あなたがジル先輩か?」


 この近辺では唯一と言っていい双剣使い。その人としか考えられなかった。


「そうだけど? 落ち着いたか?」

「……なんとか」


 魔法が使えないにも関わらず、この魔法大国の中央組織に勤めている伝説の男。

 謎に包まれている面も多いが、随分と大きな功績を持つ貴重な人材である。

 下っ端のナルスは、迷惑をかけていい相手ではないと、急いで上体を起こそうとした。

 しかし、眼球が電撃のようなものに襲われて阻まれる。


「寝てていいぞ。何か色々と言われてるみたいだけど、俺はそういうの苦手だしさ。気を使わなくても俺は気にしないから」


 ナルスは身体を押されてベッドに戻された。

 その時、ジルの手に、細くて円柱状のものが握られていることに気がつく。


「……アーティファクト?」

「あ、これ? 良く分かったな。用途はだいたい魔石と同じ。今はほとんど空になってるけどな」


 助けて貰った礼を言うのも忘れて、ナルスはアーティファクトに食いつく。


「どれだけの魔力が蓄積できる? それに魔力を吸い取った……」

「答えに困るけど、興味あるのか?」

「……ある」


 短く答えると、真剣な表情で相手の濃紺の瞳を見た。

 ジルは困っているらしく、一度宙を見やるとナルスに訊ねる。


「お前、名前は?」

「ナルス」


 ジルの動きが一瞬止まったのが分かる。


「ああ、噂の新人か。スカウトされたっていう」

「あまり言われたく……ない」


 ナルスは両手を固く握りしめた。

 眼球にピリピリとした刺激が走り、思わず呻いた。


「悪い! 魔力暴走って突然なるのか?」

「俺の場合、感情に左右される」

「……何かあったのか?」


 何かを見抜いた鋭い視線がナルスに突き刺さる。

 嘘を言う場面ではないし、この人は信用していい気がした。ナルスはゆっくりと話す。


「友人が魔法を使った。……闇属性魔法というだけで嫌がられた。だから怒った」

「あー、一昔前って闇は嫌われてたんだっけな」


 苦い顔で腕を組むジルを見て、本気で自分のようなものに接してくれることに安心感が生まれる。


「ナルスはこいつで友達を救いたいんだな」


 アーティファクトを示すジルの優しい言葉に、ナルスは頷いた。


「うーん、残念ながらこいつは渡せないんだけどさ、そもそもお前が思っているほど便利じゃないぞ?」


 ナルスの頭の中に疑問符が浮かぶ。

 一呼吸置いてからジルは続けた。


「こいつは地属性と相性がいいから、地属性の素養が強いお前に使うことが出来たんだ。それに魔力を吸い取るのには機能の構築技術が必要だから、俺にしか出来ないことなんだよな」

「……そうか」


 ジルとの実力差を感じて自然と気持ちが沈んだ。

 救いたい友がいるのに手を差し伸べられない自分には価値があるのだろうか。

 仕事をするようになって、魔法学校の知識だけではどうにもならないことを痛感していた。

 そんなナルスの心情を理解しているかのようにジルはさらに言葉を続けた。


「あ、自分のことを嫌いになるんじゃないぞ? お前にしか出来ないことだってあるからな」

「俺にしか……?」


 魔力暴走でいつ倒れるかも分からない、こんな自分に何ができると言うのか。


「とにかくさ、その友達はこれを渡されるよりも、ナルスが考えて行動してやった方が喜ぶぞ。それに、そいつの事は俺よりナルスのほうが知っているだろ。だったら、お前が友達にしてやれると思うことが問題解決に繋がるはずだぜ?」


 魔法の機能不全を持つ友を思う。

 闇属性以外の魔法を一切使うことが出来ないのに、人一倍魔法が好きな友。

 存分に魔法を使うことができるように……。


「ジル……先輩……俺は……」


 そのためにも、魔法の属性で差別されることのない国を作りたい。そう思ってナルスはこの国家中央組織で働くことを決めたのだ。

 秘めていた考えを肯定されたような嬉しさで感情が湧き出し、目頭が熱くなる。


「あー、大丈夫大丈夫。無理して言わなくてもいいって! お前、指導者はモーリスだったよな? 俺から伝えておくから寝てろよ。な!」


 ジルが医務室を出て行く。

 一人になったナルスは、まだ幼かった頃――魔法学校に入学したときのことを思い出した。

 同じ魔法使いなのに迫害される者がいることに衝撃を受けた。それが友に向かったのも信じられなかった。

 友を救いたくて、学校を卒業するまでに全ての知識を吸収する気で必死になった。

 それが間違いだとは思わないし、むしろここからだと思った。

 今まで通り、全力の自分で居続ければ……。

 ジルが出て行ったドアを見つめる。

 伝説と言われた男は想像していたよりも身近な存在に感じられた。

 そんな彼も、長年の積み重ねで自分なりの強さを見つけたのかも知れない。

 緊張の糸が解けたように全身から力が抜け、ナルスはそっと目を閉じた。



***



 翌朝、止めてしまった仕事を少しでも進めるため、ナルスは早めに中央組織施設の仕事場に足を運んだ。

 自分に与えられた席に着いて、作業のリストを確認する。


「ナルス君、昨日は大丈夫だった?」


 その時に長い金髪と笑顔が輝かしい、女性の先輩に声を掛けれる。


「モーリス先輩……大丈夫。助けて貰った」

「うん、良かったね、ジルが通りかかって」


 言うと、モーリスは道具袋の中に手を入れて何かを取り出した。


「はい、これ。ジルからだよ!」

「……先輩、から?」


 受け取り見てみると、最近では珍しくはない眼鏡という視力の矯正器具だった。


「それがあればナルス君も少しは世界が変わるかもって」


 試しに眼鏡を掛けてみると、頭と身体がスッとする。

 今まで自分の中に靄でも掛かっていたかのかと疑うほどだ。

 驚いていると、モーリスは柔らかい声で言った。


「何か不具合でも要望でもあったらいつでも来いって。ジルの部署は知っているよね?」

「魔道具の研究と開発をしている少数精鋭の……」

「そうそう! ジルなら普段ずっとそこにいると思うから、行ってみるといいよ」

「今は満足……」


 身体中の魔力の循環がこんなに良い経験をしたことがない。

 快適すぎて、今なら空を飛ぶ魔法すらも使えそうなほどである。

 驚きで無言になっているナルスの様子に、モーリスは何かに気がついたようだ。


「もしかして、ジルに相談に乗って貰ったのかな? 面白いこと言うでしょ?」

「……だが、的確だ」

「ふふ、良かったね。これで頼れる先輩が増えた」


 モーリスが微笑む。

 確かに、自分は人を頼ろうとしなかった。それが感情の暴走にも繋がっていたのかも知れない。

 その後は、外出の予定を打ち合わせるとモーリスは別部署に行くと言って立ち去った。

 眼鏡を介して見える周りの様子は、いつもと変わらないはずなのに明るく照らされているかのようであった。

 ジルの優しさに応えるためにも、友が過ごしやすい世の中を作るためにも、自分らしくあろうと決めた。

 ナルスは姿勢を正すと、再び仕事のリストを確認し始めた。

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