02.徒手空拳者の出会い
誰もが幼い頃から魔法を教えられる魔法大国――。
この国では魔法が使えることが当たり前とされ、教育環境も整っている。
魔法学校の高等部では授業で対戦試合が行われていた。
その試合で、少女アーフィは大きな剣を構える男子生徒と対峙している。
武器を一切持たないスタイルのアーフィは、自分の両手に火属性の魔力を宿す。
一気にたたみかけようとアーフィは先手必勝で相手に向かって走り出した。
すると、相手の魔法が展開されて、地面から巨大な石壁が現れる。
「――せいっ!」
アーフィがかけ声と共に右の拳を繰り出すと、巨大な石壁は粉々に砕け、破片が辺りに散らばった。
走る勢いは殺さず素早く相手に接近して、左の拳を叩き込む。
見た目より丈夫な防具らしく威力が足りなかったのか、それに耐えた相手は持っている剣を両手で頭の上まで振り上げた。
すぐに振り下ろされる剣から視線を逸らさず、タイミングを見切って両手で剣の腹から押さえ込んだアーフィは気合いを入れる。
「はああああああああああっ!」
そのまま押さえ込んだ手を左側に動かすと、パキンという小さな音と共に剣が真っ二つに折れた。
「だーっ! ストップ、俺の負けだ!」
その途端、試合の相手である男子生徒が情けない声で叫ぶ。
「え? そう?」
「こんな剣で戦えるかよ。お前、本当に女か……」
ため息と共に相手は自分のチームの整列位置に戻っていく。
アーフィは、その反対側に待機している自分のチームに戻った。
「やったな! アーフィ!」
「運が良かったのもあるけどね」
同じチームの同級生男子のカナトに声を掛けられ、アーフィは笑顔を浮かべて親指を立ててみせる。
そんないつものやりとりをしていると、近づいてくる人影があることに気がついた。
何かと思って顔を向けると、声を掛けられる。
「ちょっといいか?」
赤髪と焦げ茶色の目が印象的な男がアーフィに話しかける。確か授業を見に来たという公職の男だ。
進路に関わることかと思ったのかカナトがその場を外すと、公職の男が話し始める。
「オレは中央組織で働いているカルマだ」
「はじめまして。わたしはアーフィといいます」
カルマから差し出された右手を握って握手を返す。
「早速だけど、将来の仕事って何か考えているか?」
「うーん……家の事情で公職とは考えているんですけど……」
「何でもいいならオレからスカウト受けないか? 今の戦い見ていたけど、オレと似てるのよ。そういうやつが周囲にいなくてさ。一緒に技能を高め合えたらって思っているんだ」
急に言われて戸惑ってしまった。
仕事の内容も何もかも分からず、聞き返す。
「えっと、戦闘がある部署なんですか?」
「おう。普段の仕事は開発部の武器の試験とか、捜索願の冒険者を探したりとか、そういうスキルが要求される内容だな。後、戦争とか内乱の緊急時には駆り出される。まあ、まず起こらないと思うけど」
首肯するカルマに、どう返事をしていいのか判断できなかった。
受けるのも断るのもアーフィに取っては悩ましいのだ。
どうしようかと戸惑うアーフィを察してくれたのか、カルマから沈黙を破る。
「今すぐ返事しなくていいぞ。早いほうが助かるけどな。オレは大抵は中央組織の施設にいるから、決めたら来てくれるか?」
「分かりました。早いうちにお伺いします」
アーフィが丁寧にお辞儀をすると、カルマは背を向けてから手を振って去って行った。
***
午前中の授業が終わった後、早々に昼食を終えたアーフィは食堂のテーブル席で突っ伏していた。
カルマのスカウトに関して、延々と悩んでいるのだ。
結論を出さなければいけないのに、どうにも同じところをぐるぐると考えてしまう。
「何やってるんだよ、そんな格好で」
顔を上げるとカナトが昼食のトレイを持って立っている。
「あ、ごめん。座る?」
そう言って立ち上がろうとすると、カナトは「いいから」と小さく返して正面の席に座った。
「何か悩みでもあるのか? さっきの実習で嫌なことでも言われたか?」
皿と口の間でスプーンを往復させながら、心配していることを知らせてくれる。
「そんなのじゃないよー! ちょっとね……」
「ちょっとって何だよ?」
「あー……えっと、実は中央組織の人からスカウト受けてさ」
アーフィが声を潜めて言うと、カナトは目を丸くする。
「お! すげえじゃん! 確かアーフィは公職希望なんだろう?」
「それがさぁ。何だか乗り気になれないんだよね」
自分のことのように喜んでくれるカナトに悪いと思いながら、大きくため息をつく。
椅子の背もたれに身体を預けて何を見るわけでもなく視線を宙に移した。
「不満でもあるのか?」
「うーん、不満ではないかな。どうも、戦いが必要な部署らしいんだ」
「ちょうどいいじゃないか。お前、強いし」
「そうじゃなくてさ、わたしはそういうのを仕事にしたいかって言われると何だか違う気がするんだよね」
アーフィは片手で頭を掻く。
どうもこの辺りを言葉にできなくて、さっきからモヤモヤしているのだ。
「しっくり来ないってことか?」
「うん……皆、こういうことってもうとっくに考えているよね」
うつむくアーフィの目の前では、カナトの食事がもの凄い勢いでなくなっていた。
真剣に考えてくれているからこそ、頭が栄養を欲しているのだろうか。
「どうだろうな。魔法バカなやつは魔法さえ使えればって感じだし、秀才なやつは理想論からだし、それぞれじゃないか?」
学科は違うが、共通の顔の浮かぶ友達を例に出され、あの二人はそうかも知れないとは思った。
「カナトは? どうすんの?」
「オレはできるだけダラダラ暮らしていたいな。仕事は最低限でノルマとか制約とかなしで自由な生き方がしたい!」
「……それ、考えてないって言わない?」
ジト目でカナトを見つめた。
「はははっ! そうかも知れないな!」
昼食を食べ終わってスプーンをトレイに置くと、大声でカナトが笑った。
「とにかくさ、オレらはオレららしくすればいいんじゃないか?」
「わたしは自分らしさが分からなくなったよ……」
初等部の頃から身近にいた友達も将来を決めているようで、何だか落ち込んできた。
「まあ、そんなに考えすぎるなよ。家族のこともあるんだろうけど、一番はお前がどうしたいかだって」
トレイを持って立ち上がるカナトに視線を向ける。
「あはは。そうだよね」
相談に乗ってくれた友達を心配させまいと、満面の笑みを見せた。
カナトはそのまま返却口に向かうのかと思っていたのだが、立ち止まると振り返る。
「あ、そうだ。さっきの試合のとき助かったわ」
「へ? 何かしたっけ?」
「いや、オレの武器は弓なのに、なかなか狙えない相手だったから困ってたんだけど『魔法撃っちゃえー!』って言ったのアーフィじゃなかったか? あれで足止めできて勝てたんだぜ!」
言われてみれば、自分の番が来る前にそんなこともしていたのを思い出す。
「あ、そっか。助かってたなら良かったよ!」
「おう、ありがとうな!」
カナトは返却口に行ってトレイを返すと、食堂を出て行った。
その背を見ていたら、心の中で何かがピッタリとはまったような気がした。
***
次の日、アーフィは中央施設の中庭に足を運んだ。
そこでは空中に対して拳を交互に繰り出すカルマがいた。
その側にいた小柄なグリーンアッシュの髪の男性が気がアーフィに気がついたらしく目が合う。カルマに二、三回視線をやると、小柄な男性は何やらカルマに話しかけてアーフィの方を示す。
カルマがこちらに気がつくと、小柄な男性は小走りで施設に入っていった。
「こんにちは」
「よう。だいぶ早いけど、決めたのか?」
「はい、実は……スカウトはお断りしようと思うんです」
「まあ、そんな感じはしてたから気にするなよ。昨日は随分と悩ませたかな?」
「いいえ、卒業も近いので仕事のことを考えるいい機会になりました」
「良かったら聞かせてくれる?」
伝えようと思っていたことを聞いてくれた。
優しい人なんだとアーフィは心の底から感じて、この人の下で働くのもいいなと思う。しかし、もう決めていた。
「家があまり裕福ではないので、公職は目指します。ただ、わたしはもっとやりたいことがあります」
一度、間を置いてから改めて言葉にする。
「わたしは魔物やダンジョンの分析をする方が好きなんです。例えばですけど、そういう分析をして傾向を見定めて……魔物やダンジョンに挑む人の事故を減らしたいですし、冒険に挑む人の足がかりを作ることができればって思います! なので、ごめんなさい!」
そこで思い切り頭を下げた。
「いいって、そんな感じしてたって言ったろ?」
顔を上げると、カルマが口角を上げた表情を見せた。
「お前、強かったけど、迷いが見えたんだよな。いつまでもこのままではいられないっていうのは自覚があったんじゃないか?」
「迷い……ですか?」
「何かのわだかまりを消化したい感じだったかな。無意識だったのかも知れないが」
やっぱり、この人は人を見ているんだ。カルマの言葉に、こんな風になりたいと憧れを感じた。
「アーフィ。時間あるなら、記念に手合わせしてもらえるか? オレも無手なのよ」
「はい、是非。よろしくお願いします、カルマさん!」
この後、二人は語り合うような戦いを繰り広げた。
後に公職の試験に受かったアーフィがカルマと再会するのはまだ先の話である。
武器と魔法の機巧技師 犬飼 颯 @hayainukai
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