02
「ジル! お帰り!」
食材の調達から帰ってきたジルは、家の前でモーリスに声を掛けられた。
何だかばつの悪そうな表情をしているが、後ろに長身の男を連れて来ている。
その男は黒い短髪と同様に黒い瞳が印象的だ。
「モーリス? 仕事は?」
「ちょっと、説明が難しくて……」
困り顔のモーリスは後ろの男に視線を移した。
すると、その男が一歩進んで口を開く。
「お前がジルだな」
「あ、あの。ジル、家に入れてもらってもいい? ここだと何だし……」
ジルが戸惑っていると、長身の男が再び話し始める。
「初対面の
淡々とした何だか偉そうな口調に不信感を覚えるばかりで警戒を解くことができない。
一体、この男は何者なのか――と、モーリスをチラリと見た。
すると、まるでジルの考えていることに気がついているかのように、男は自ら名乗り始めた。
「乃公はアビト。国家機関に所属している。モーリスの上官だ」
国……と、聞いてジルの頬を冷や汗が伝う。
「何の用だよ! 帰ってくれ!」
今まで魔法を使えることを当然としていた国のお陰でどれだけの苦労をさせられていたのかと考えると、国家機関の大人など関わりたくもない。
「用が何か、という問いには答えよう。魔法が使えない少年の想像力がどれほどのものか確認したい。言葉通りに解釈してくれ」
淡々とアビトは語る。分かりづらいが何か含みのありそうな言葉に、魔法武器のことを言っていると直感が働き、身構える。
モーリスは、分からないといった表情で首を横に振っている。
「ああ、モーリスは道案内を頼んだだけだ。調査は乃公が独自に行った」
「……俺のことを監視していたのか?」
逆にジルは警戒を強める。
「では、直接的な言い方をしよう。お前にもメリットのある話だ」
一体この男は何が目的なのかと不安が襲う。
魔法武器はジルが魔法を使うためのものなのだ。誰にも知られたくない。この男が嗅ぎつけているとしたら、命に代えても守る必要がある。
「乃公のところで金を稼ぐ気はないか?」
***
結局、アビトを家に上げてしまった。ジルにとっては現金が入手できるのは本当に大きいのだ。
今まで魔法武器の開発費を中心に苦労を余儀なくされていた。書籍代や材料費……その他にも生活費もある。
魔法が使えないことを理由に迫害を受けて、冒険者ギルドに出入りすることができず鉱石や薬草を採取しても現金化させて貰えないことも多々ある。
隣町まで足を運んで何とかするときもあるが、それでも徐々に知られているらしく相場より安値なのは知っていた。
「稼ぐって何? 後、想像力って?」
二人に椅子を勧めると、自分も座る。
ジルの右手に角を挟んでアビトとモーリスがいる。
「ひとつずつ話す」
モーリスの視線に気がついて顔を上げると、両手の平を合わせて僅かに頭を下げた。たぶん、傷つくことを言われるかも知れないけど我慢してとでも言いたいのだろう。
「まずはお前の経歴から整理したい。魔法を使えない体で生まれ、そのせいでろくに学校にも通わなかった。今は野草や薬草の採取、動物の狩り、まれに魔物の討伐で報酬をもらって生計を立てている。首都であるこの街の住人であるにも関わらず、駆け出しの冒険者のような生活を送り、人との付き合いは避けている。こんな感じか?」
「まだ学校行っていたときに付き合いのあったやつぐらいはいるけどな」
ぶっきらぼうに返した。
「では、ここからは乃公がお前に興味を持つ理由だ。学校にも行かず、今の生活を送り始めたのは両親が突然いなくなったところにあるよな?」
正直、かなりムッとした。アビトが解説する通りであるが、考えないように目を背けてきたことであり、蒸し返すようなことを言われたくなかったのだ。
「だがな、おかしいんだよ。国がお前を助けなかったのがな」
「魔法が使えないやつは差別される。そういう社会を国が作った。俺の両親は周りからの重圧に耐えきれずに逃げたんだよ」
表面上は感情にとらわれない無機質な言い方をするが、心の中では自分の状況を冷笑した。
「お前はその絶望的な状況を乗り越えるほどの実力を持っている。乃公が興味を持ったのはそれが理由だ」
淡々とした口調に気がつかなかったが、肯定されているようなだった。
ジルは驚きからなのか、衝撃からなのか、はたまた嬉しさからなのか時が止まったかのように感じた。
今までの経験上、嘘偽りや間違いではないかと疑念も生じる。
そんなジルの内心に気がついたのか、アビトは「信用できないのも無理はない」と、片方の口角を上げ、肩を竦める。
「お前が長い年月をかけて作り上げた……」
「俺はそれについて話す気はない!」
反射的に声を張り上げてアビトが語ろうとする先を遮った。大事なものを奪われたくない気持ちで心音が早まる。
アビトはというと、少しだけ考えるような素振りを見せた後、鋭い目つきへと変貌した。
「それを言うなら乃公にも語れないことがあるのは了承してもらいたい。誰しも内に秘めたいことなど持っているものだ。自分だけが例外と思うな」
その言葉に対してジルは動揺する。
自分だけが例外ではないなどと、他人と公平に扱う言葉を告げられたことがない。
もしかして、この人もモーリスと同じように受け入れてくれるのではないか……。
いつのまにか握りしめていた、両手の力を抜いた。
「俺に興味を持ってくれた理由は分かったけど、何をさせる気だ? それと報酬」
「仕事内容はこの首都近辺に生息する魔物の調査。場合によっては魔物討伐。給料はモーリスと同額出そう」
「それを今までやっていたのは? 誰かいないのか?」
「モーリスがやっていた」
ジルはモーリスの方を見る。
「あ、えっと、私は新しい仕事があってね。何日かはそっちに時間が必要なんだよね」
「基礎魔法を子供たちに教える仕事だ。世の中、学校に行けないやつは一定数いる。将来的に中途半端な使い手を出して暴走させないようにする、大切な仕事だ」
この仕事を受ければモーリスを助けることができる。それはジルにとって、とてつもなく喜ばしいことだ。
「魔法は?」
思わずつぶやいていた。
「俺は魔法が使えないし、使う予定もない。あんたの思うような働きはできないんじゃないか? それにさっきも言ったが秘密を打ち明ける気はないぞ」
「安心しろ、お前自身が公開しない限り秘密が漏れることはない。万が一、公になるようなっても乃公が何とかしよう。お前が警戒するなら黙っておけばいいだけだ。それに乃公はお前の魔法には興味がない」
やっぱり、アビトはジルの知っている大人たちとは違う。
魔法武器へのジルの思いも察していて、嘘もついていないし、あざ笑いもしない。
信じていいのかもしれないが、しかし――。
アビトはどうやって魔法武器のことを知ったのか、それが分からない。本当は魔法武器をジルから奪う目的があるのではないかという疑念は拭えないのだ。
「あの、私からいいですか?」
長いこと二人の会話を聞いていたモーリスが口を開いた。
アビトが首肯すると、モーリスは言う。
「今すぐ、ここで答えを出す必要はないんじゃないかと思うんです。仕事を受けるとしたら、ジルは今までの暮らしを変えて行くことになるので、考える時間も必要だと思いますし……」
アビトがジルに顔を向ける。その視線は、ジル自身はどうなのかを確認したいという意図を伝えているかのようであった。
「……俺はそうしてもらえるとありがたい」
あいにく、初対面の相手に対して直感だけで生活を託すリスクを取れる性格ではない。
それに、今一番大切なのは魔法武器だ。
属性や形態によってどんな力を使うことができるか確認して、どんどん改良していきたい。
確かにアビトの仕事を受けるのにも魅力はあるのだが、横から突然滑り込んで来た邪魔な出来事ではないかと感じているのも事実だ。
「ならば、どうするか決めたら乃公かモーリスに伝えてくれ。ただ、いつまでも待てるわけじゃない。早めに決断してほしい」
アビトの漆黒の瞳がジルのことを値踏みしているかのようであった。
***
「なんだか緊張したなあ」
家からアビトがいいなくなると、ジルは糸が切れて脱力した。
「急にごめんね、ジル」
「いや、大丈夫」
とは言っても、日常で経験したことのない状況に疲労はしていた。
雇われて仕事をするなど、今まで考えたこともない。
誰かに雇われればその相手から迫害や差別を受ける気がするぐらいには人を信頼できないのだ。
だが、今回は少しばかり状況が異なるのを感じている。
アビトは少なくともジルを知っている上で、他人と比べるような言い方をしていないように思える。
それでも、ジルが今やりたいことは魔法武器にあるのだ。
「モーリスはどう思う?」
「ん?」
「話を受けるか断るか。俺は正直、魔法武器を改良したり改造したりして生活したいんだよな」
幼い頃から一緒にいてくれた大切な幼なじみ。きっと意見は同じだろう、自分を肯定してくれるだろうとは思う。
しかし、どうにも一人で決断できずに、訊ねてみた。
「私は受けた方がいいと思うよ?」
予想外の回答にジルは驚いた。
「なんで? ……理由でもある?」
戸惑いながら疑問を口にする。
このまま自給自足の生活を続ける方が楽だし、魔法武器をこれからも一緒に作り続けることに賛成してくれると思っていた。
「ジルは皆と同じようになりたかったんでしょ? 魔法武器を開発して、それで魔法を使えるようになってさ」
「うん、そうだけど……」
「だったら、このまま家に閉じこもっているのはダメだと思うんだよね」
確かに皆と同じになりたいという気持ちで始めたことに間違いはない。
考えてみれば、このままの生活を続けるとしたら用途は素材の採取、動物や魔物の狩猟だろう。
でも、魔法武器を生み出したからには最後まで手がけたい。
「ジルが決めることだから私はあまり言えないけど、ただね」
モーリスはジルに向き直ると、はっきりとした口調で言った。
「アビトさんの元で働いて周囲の人を見返してほしいって言う気持ちもあるかな。魔法武器を使って」
金色の長い髪の少女の言葉は、ジルの背を力強く押した。
周囲を見返すという単純なものだったが、最初の一歩を踏み出すのに充分な勇気をくれたのかも知れない。
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