武器と魔法の機巧技師

犬飼 颯

魔法の武器と技師の少年

01

 誰もが幼い頃から魔法を教えられ、誰もが魔法を使うことができる。それが、この国に住まう人々には当たり前だった。


「くっ……」


 十歳の少年であるジルは、頭に火の魔法を当てられて黄褐色の髪の毛が焦がされていた。更には別の誰かに放たれた水の魔法でずぶ濡れになる。


「お前ら……!」


 同い年の子供に揶揄われて怒りを露わにする。


「おい、放っておけ! 魔法を使えねえやつなんか構う必要ねえよ」


 また他の誰かが強い口調で言い放つ。

 怒りで体は震えたが、相手が多すぎて言い返すことができない。


「やめなよ、皆!」


 そこに同い年の少女であるモーリスが割って入った。彼女は有名な魔法使いの家系に生まれ、同級生の中では一目置かれているのだ。


「行こうぜ」


 同級生達はモーリスがジルをかばうことに首を傾げながら、その場を去って行った。


「ごめん、モーリス……」


 震える声に情けなさでいっぱいになる。

 頬を伝う涙にも気がついて、腕で必死に拭った。

 一緒にいてくれる優しい幼なじみに、本当はこんな姿を見せたくない。

 でも、涙が後からあふれてきて、止まらなくて、自分ではどうしようもなかった。

 ジルはボサボサで伸びっぱなしになっている髪に手をやり、火傷を確かめながら荒く呼吸を繰り返した。

 その後は、夕日が沈み夜が更けてもモーリスは側に寄り添ってくれた。


(――俺も……皆と同じようになりたい。魔法が使えるように……)


 ずっと前から考えていたことがあった。しかし、誰にも話をしたことはない。否定されるのが怖かったから。

 でも今日は違った。決心をして、真剣にモーリスに呼びかけた。


「協力してほしいことがあるんだ」


 ――そして、更に月日は経過した。



***



 左右の手に一つずつ短い剣を握りしめると、ジルは念じた。

 二つ一組の剣――『双剣』の刃が光る。ジルがイメージすると、刃の色は黄、青、赤、緑と変化していく。

 ジルは満面の笑みで両手を高く上げた。


「できたあああああああああああああっ!」


 登り始めた朝日も驚いて地平の中に戻る勢いの大声が部屋中に響き渡る。ボサボサになった黄褐色の髪が一緒に跳ね上がった。


「おめでとう! やったね」


 モーリスは手をたたいて、まるで自分のことであるかのように喜んでいる。

 その金色の長髪に朝日がキラキラと反射している。

 表情を見ると、目の下には隈ができていた。


「あ、ごめんモーリス。今日、仕事だよな」

「このぐらいなら大丈夫! 今はジルの努力が形になって嬉しいよ」

「俺だけの成果じゃないよ。モーリスが協力してくれたからここまで来れたんだ」


 喜びのあまり、ジルはモーリスの手を取った。


「七年だよね? 私が学校を卒業しちゃった時は、どうなることかと思ったよ」


 あの日――モーリスに協力を求めてから七年間、ジルは皆と同じになりたいと願っていた。願い続けて、全力を注いできた結果が今、自分の手元にある。

 この双剣はただの武器ではない。


『魔法武器』


 ジルはそう名付けた。アシスト、属性制御、そして脳波解読――。様々な力を実現するために、数々の機能が実装された武器。

 ただの想像から始めて実現にまで至った、自分だけの武器だった。

 ジルがもう一度、魔法武器に念じると、刃から柄の部分までが光に包まれる。ジルがイメージするのに合わせて、魔法武器は柔軟に形を変化させた。

 二つに分かれているのを一つに合わせて、両刃の長剣を想像する。やがてジルの手の中には思い描いた通りの一つの大きな剣が現れた。


「……ついに、俺にも!」


 魔法が使えるようになったのだ。心の底から喜びが湧き上る。

 魔法武器を様々な形態に変化させ、握りしめた感覚を確認して、最後には元の双剣に戻す。


「やっぱりこれかな」


 ジルには左右対称に使える武器が合うらしい。

 喜びに満ちていたジルであったが、突然めまいに襲われた。

 ふらふらして先ほどまで座っていた椅子に崩れ落ちる。


「疲れているんだよ。大丈夫? 休む?」


 言われて、昨日から一睡もしていないことを思い出した。まどろみに気がついたジルを更に空腹が襲う。

 考えてみれば、魔法武器の完成のめどが立ってからはろくに食事をしていなかった。

 夢中になっていた間は気にならなかったが、これでは明日からが厳しくなる。

 ジルにはまともな収入源がない。

 魔法が使えないことから異端者扱いされ、働かせてもらえなかったのである。やむを得ず街の近くで野草を採ったり小動物を狩ったりと自給自足の生活を送っていたのだが、最近は魔法武器の開発に打ち込んでしまい食料の調達もできていなかった。


「上に行こう」


 二階の居住スペースにジルを連れていこうとするモーリスに何とか返事をしようとするが、言葉が上手く出てこない。


「いや、大丈夫……」


 何とかその一言を返したが、ジルの意思とは裏腹に意識は暗転していった。



***



 太陽が真上にさしかかる頃、ジルは強い日差しに顔を照らされて目を覚ました。

 椅子に座って突っ伏したままで動けなくなったらしい。

 体を起こすと肩からタオルケットがずり落ちる。


「モーリス?」


 辺りを見回すが、その姿はない。仕事に行っているはずなので当然か。

 ふと、目の前に置かれている紙包みに気がついた。

 モーリスはジルの家の合鍵を持っているので仕事前に、置いていったのだろう。

 包みを開けるとキャベツとベーコンのホットサンドが入っていた。

 見た途端、腹の虫が鳴く。


「モーリス、ありがとう」


 本人がいるわけでもないが、感謝を言葉に出してから齧りついた。キャベツの瑞々しさが体に染み渡り、細切りのベーコンが気力を沸き立たせ、徐々に頭が覚醒していくのが分かる。

 味わっていると、モーリスの気づかいに涙がこぼれそうになる。

 実はジルには両親がいない。

 子供の時、ジルの両親は家からいなくなったのだ。

 その日、街中を探し回ったが見つからず、役場に相談しても見つからななった事実はショックではあった。

 しかし、子供ながらに仕方がないことも理解できていた。

 ジルが魔法を全く使えないことが判明してから、周囲の人間が家族に送る視線が冷ややかであるのは知っていたのだ。両親はジルを守ろうとしてくれたものの、恐らく追い詰められてしまい限界に達してこの町を出てしまったのだろう。

 それで、両親が幸せになれるならそれでいいとジルは無理矢理納得した。

 しかし本音は――。

 それ以上、過去のことを考えるのは止めた。

 ホットサンドは冷めているはずなのに、不思議と暖かかった。



***



 モーリスからの差し入れで昼食を終えたジルは、街の近くの森に足を運んでいた。食料を調達するためだ。

 野草は食料の他、傷薬や虫除けに使えるものも採取している。

 後は肉を手に入れて、さらに魔物の一匹でも仕留めて多少の現金を手にできれば理想だ。

 ただ、今はそれ以上に魔法武器を試してみたい。


(まあ、ひとまずは肉かな)


 何より、この森には魔物は滅多に現れない。

 気持ちを切り替えて、食材になりそうな動物を探す。

 初めて自力でウサギを捕まえたときは嬉しかった。ロープで罠を張って追い込むだけの子供ながらの手法だったが、狩りは成功した。

 肉質はそんなに良くはなかったのだろうが、あのときの体中にぬくもりを感じた味をジルは忘れない。

 過去に思いを馳せていると、派手な色の頭をした何かが目の隅に入る。


(……鳥か?)


 ジルは体勢を低くして、双剣を構える。しかし、この距離では双剣で襲いかかっても逃げられるだろう。

 武器を弓に変化させて狙ってみようとして、即座に考えを改めた。思いつきではあるが、試してみたい。

 ジルは両手の双剣に力を注ぎ込んだ。魔力が刃に伝わり淡い緑色に光る。鳥の様子を観察してタイミングを計り、双剣を振り上げると一気に振り下ろした。それと同時に、刃に込められた力を放出するイメージを描く。

 直後、イメージしたとおりに魔力が勢いよく放たれた。衝撃波はしなりしなりを作りながら、鳥に迫る


 ザシュッ――!


 大きな音を立てたのは狙いから外れたところにある大木であった。

 鳥は慌ててバサバサと大きな音を立てて、どこかに飛んでいってしまう。

「……これは練習も必要だな」

 冒険者よりは劣っているのは当たり前なのだろうが、恐らく仕事や学校で訓練を受けている人間にも負けているだろう。


(――おい!)


 唐突に誰かの声が聞こえた気がして辺りを見回すが、人影は見当たらない。


(――命をもてあそぶな!)


 この森に言語を持つほど知能のある魔物がいるとは思えない。

 空耳か何かだろうと、気にも留めずにジルは次の獲物を探した。

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