04
モーリスの提案で四人は中央施設の外の店で昼食がてらの軽い打ち上げを開くことにした。
カルマとリクに関しては働いている部署が違うので、報告のために職場に戻る必要がある。
そのため、こうして店で待ち合わせをすることにした。
丸太の木目を上手く模様にした壁や大きな木を一枚に切り出して作ったテーブルは、暖かい雰囲気でホッとする。
しかし、こうしてモーリスと二人きりでこういう店にいるのも落ち着かなかった。
店員は待ち合わせを了承しているので特に気にする様子もない。
ただ待つだけという空気も合わないものだと感じた。
高く昇った太陽を窓から見上げたとき、カルマがやってきて同じ卓に座った。
「おう! 待たせた」
「あれ? リクは?」
一緒に来ると思っていたが姿がなく、ジルはカルマに訊ねる。
「もう無理だってさ。今日は帰った」
「無理って?」
「魔力切れかな。リクくん頑張ったもんね」
苦笑いしてモーリスが付け足す。
「そういえばジルは大丈夫なの? 私は結構ヘロヘロなんだけど」
「ん、特には?」
魔力切れ……たぶん、魔力を急激に使いすぎたときに生じる疲労か何かだろう。
もしかしたら自覚できていないだけなのかも知れないが、特に異変は感じない。
「カルマはどうなの?」
「オレは放出量を押さえる工夫しているからな」
なるほど。この国の魔法が多様なのがよく分かる。名付けられていない魔法もたくさんあることだろう。
店員が水の入ったコップをもってきた。
「こうしてみると、普通の食事って高いのな」
食事のメニューを見ると材料と金額が釣り合っていないのは明らかである。
「こういうところは場所や雰囲気を楽しむ目的もあるからね。そういうサービスも金額に入るんだよ」
「へぇ~」
ややあって、今度は木製の木樽ジョッキが三つ運ばれてきた。
店員から受け取ったそれをモーリスが「はい」とジルに渡す。中を覗き込むと、液体の表面に泡がたくさん浮いていた。
「ジルは初めてだっけ?」
「嘘だろ?」
とりあえず臭いを確かめていたジルは、微笑むモーリスと驚くカルマに視線を上げる。
「どうせ世間知らずだよ」
口をとがらせて不貞腐れたかのように返した。
「聞いたことはあるんじゃない? エール酒だよ」
言われてみれば、冒険者ギルドに押しかけたときに見たことがある気はした。
顔を赤くした中年ぐらいの冒険者が手にしていたかもしれない。
「本当はリクも一緒の方がよかったんだがな。んじゃ、リーダーのオレが……」
言うとカルマが立ち上がる。
「んじゃ、パーティ結成とジルの初任給を祝して――乾杯っ!」
「かんぱーい!」
「え? か、かんぱい」
時間差の生じたかけ声と共に、机の中央辺りでコップがぶつかる。
モーリスとカルマはそのコップに口をつける。
「かああああっ! 昼間から飲むのもいいな」
「うん、たまにはいいねー」
豪快に飲む二人を見て、そんなにうまいのかと手の中のコップをしげしげと見つめる。
酒って何歳かにならないと飲めないやつじゃなかったか? これを自分が口にしてもいいのか? そもそも酒って高くなかったか?
「二人とも、俺ってこれ飲んでいいの?」
思わず聞いた。途端に二人は椅子の上でずっこけた。
「ジル。大丈夫、この国では十六歳から成人だから。私たち、十七歳」
「酒の味ぐらい知っておけよ。エール酒なんて仕事の付き合いでも飲むことがあるぐらいだぞ」
「お、おう」
恐る恐る手の中の小さな木樽に口をつける。
香ばしさがシュワシュワとした泡の中から立ち上り、鼻腔を抜けた。口に含んで飲み下すと、体中を駆け抜ける爽やかさが心地いい。
静かに息をすると、口にわずかに苦みと甘みが合わさるスッキリとした味わいが残っているのが分かる。
「あ、うまい……かも?」
戸惑うジルを見た二人は吹き出した。
初めてのエールの味は何だか複雑であった。
***
まだ太陽が高い。
談笑しながら昼食をとった後は真っ直ぐ家に帰った。
「なんつーかなぁ」
アビトに貰った封筒の中身が手つかずなのが気になる。
開発費用に悩んでいたのは事実であるが、まさか「ここはオレたちが持つから好きに使いな」なんて言われるとは思わなかった。
どうするか考えながら、普段は何かしらの魔法武器に関しての作業を始めるところを、二階に上がる。
よく分からないが脱力感に襲われて横になりたかった。
簡素なベッドに横たわると、懐に入れていた封筒を取り出す。
今までは約束を反故にされ、報酬を減らされるどころか未払いも経験したことがある。
その方がおかしいのだろうが、こうして約束通りに報酬を渡されると不安に襲われるとは知らなかった。
「……多いな」
下働きの自分に渡す額なのかと疑問が沸く。
「俺が世間からズレてるだけか?」
アビトの元でいろいろやった結果が、現金という形になり手元にある。嬉しいのだが、金額の多さについていけない。
そういえばモーリスと同額って言っていたか、と無理矢理納得して封筒をまるごと枕元に置いた。
これがあれば魔法武器の開発に……と、思っていたのに、まとまらない。
実戦経験を積んで武器を使いこなすことが先決なのではないかとも考えてはいた。
しかし、戦ってみて分かったが自分の戦いの様式が決まらない。
どう改良していけばいいのかがますます分からなくなってくる。
上手く考えられなくて、だんだん同じ思考を繰り返し始めた。
長考しているとだんだん頭に靄が掛かっていくかのような感覚に襲われた。
流石に疲れたのだろうか。
昼間ではあるが多少は休んでおくことにして目を閉じる。
それでも頭で考えをまとめていたはずだが、いつの間にか寝入っていた。
***
ジルは目を覚ましてあたりを見回すが、暗闇で何も見えなかった。
とっくに日は沈んでいるのだろう。
手探りでランプを探す――が、下の階に置きっぱなしだった。
今から起きて何かするのは諦めてこのまま朝まで寝直すかと思ったところに自分を呼ぶ声がする。
「ジル先輩! いますかー?」
外から……いや、これは一階から? と、来客者と状況が理解できず頭に疑問符が浮かぶ。
急いで立ち上がり勘だけで階段に駆け寄って、返事をする。
「リク? 何で俺ん家の場所知って……うわあああああっ!」
「先輩っ!」
当然のことながら踏み外して、一階まで転げ落ちた。
一階はカーテンを開けっぱなしにしていたので、月明かりと近所の家の明かりで多少は周囲が見える。
それでも危ないことに変わりはないので、どうやってランプを探すかと思ったところに突然部屋が昼間のように明るくなった。
顔を上げるとジルに駆け寄ったリクの杖にまばゆい光が灯っていて目を細める。
「すみません! 大丈夫ですか? 救急箱あります?」
「……ない」
リクに心配されながらジルはふらふらと自力で立ち上がった。
「痛って!」
右膝辺りを打ち付けたらしく、痛みが走る。
心配そうに覗き込もうとするリクに気がつき、ジルは慌てて手を左右させる。
「あ、大丈夫大丈夫! よくあるから!」
「先輩、照明を買いましょうよ……」
どうも家具が足りないらしく、ジルは心の中で落ち込んだ。
情けない気持ちを押し殺しながら、ジルは椅子を引っ張ってきて机の前に置いてリクに勧めた。自分も角を挟んで隣に椅子を置く。
「よく俺の家わかったな。何か用?」
「モーリス先輩から頼まれて、これを届けに来ました」
言うとリクは腰に下げた袋を開けて中から紙包みを取り出した。
「あ、モーリス先輩も魔力を使いすぎたみたいでして……。ジル先輩がご飯抜いてしまいそうだからって……」
リクに紙包みを渡され、中を確認するとバケットサンドが入っていた。
その包みをひとまず脇においた。
「食事しなくて平気ですか?」
「後でいいよ。それより、俺に用事があるんじゃなのいか?」
正直、目の下にうっすら隈を作った後輩を前に自分だけ食事するのは気が引けた。眠気をこらえているのだろうか目も赤い。
「あ、いえ! 用事は本当にそれだけなんです。たぶん僕がジル先輩と話してみた言っていたのでモーリス先輩も気を使ってくれたんだと……」
前にもそんなことを言われたが、どうにもジルには信じられなかった。
「俺はそれほどすごいやつじゃないぞ? 学校行けなくなったし、生活には困っているし、嫌われ者だし」
「そんなことありません!」
立ち上がって叫んだリクにジルは心底驚いた。
「そういう社会が悪かったんですよ。先輩に落ち度なんてないはずです」
「俺は社会って皆が作るものだと思っているからな。そこから弾かれたんだよ。しかも、皆と同じになりたいなんて幻想を抱いたくせに、魔法が使えるようになっても同じになってないからな? 上手くいかないやつなの」
少し間を置いてからリクが切り出す。
「……あの、僕は思うんですけどいいですか?」
「ん? 何?」
「先輩は自分のことを自分で下げているように見えるんですよ。僕は自信持ってもらいたいです」
「まあ、確かに卑下しているかも知れんが……」
「それにですね、今の時代……」
「あ、ごめん、待って」
ジルは手で制する。
「何かふらふらするわ、俺も魔法使いすぎたのかも」
「分かりました帰ります。その前にちょっとお借りしますね」
リクは立ち上がり、灯のともっていない小型ランプを手に取った。
右手に持ち、少しするとランプから光が発せられる。
「光属性か? 固定できるって凄いな」
「はい。たぶん、火をつけたら危ないですから」
受け取ったランプは、一つだけで部屋が明るく照らせるようだ。
「朝日が上がる頃に消えるように調整しましたから、今日はそれを使ってください。でも、ちゃんと寝てくださいよ」
「ああ、助かるよ!」
そこまでしてくれた優しい後輩を玄関ドアまで送る。
「怪我、直せなくてすみません。鍵は閉めてくださいね。開いてましたよ」
「え? ありがとう、気をつける」
おやすみなさいと疲れた表情の上に笑顔を浮かべ、帰って行く後輩を見届けると慌ててドアと鍵を閉めた。
「……ちくしょう」
さっき言葉にしてしまってから自分の力の無さを痛感した。魔法武器を作るだけじゃ皆と同じにはなれなかった。
気持ちを後輩にぶつけてしまったのも罪悪感しか沸かない。
戦いだって、助けてもらいっぱなしだし、モーリスには何年世話になっていることか……。
広げた手のひらを見つめて思う。
「何で俺だけ」
どれだけやっても魔法が使えるようになっても、皆と同じようになれない。足りないのは魔法だけじゃないのか――。
頭の中を何かにかき回されているようでくらくらした。
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