魔法武器と初仕事

01

 数日後、四人は中央施設の一角に設置されている掲示板の前で集合した。

 カルマがジルを見回して言う。


「おう! らしくなったじゃねえか」

「まあな」


 何とか施設内の購買で財布と道具袋を購入した。現金も大量に持っていたら盗まれたときが手痛いと考えて、国組織の銀行に預けた。

 冒険者ギルドで口座を作った方が他の町でも利用できるので利便性は良いのだろう。しかし、ジルにとって信頼できる相手が営んでいる訳ではなく信用できなかった。

 どちらかの選択を迫られたら国の方がまだましである。


「良かった。道具袋も許可されたんだ!」


 その表情はとても嬉しそうだった。

 魔法大国でも魔法を永久的に宿した資源は貴重であり、国家機関に属している人間でも持てるのは一人ひとつまでなのだそうだ。

 用途別に複数個の購入を希望する者もいるようだが、ジルにとってはひとつで十分すぎるほどだった。


「まあ、あんまりいい顔はされなかったけどな。アビトの名前を出さなかったら売ってもらえなかったかも」


 思わずジルは渋い顔になる。


「それは気にすることないよ」

「そうですよ、堂々としていればいいんです!」


 一通りジルの世間知らずなりの準備を確認すると、全員で掲示板に向き直る。

 依頼書の数が割と多いのは意外だった。

 ひとつひとつ依頼の内容を確認していく。


「うーん、どのぐらいでギルドに流れちゃうんだろうね?」

「留め置き期限が過ぎた頃だろ?」


 依頼書の隅に日付が書いてある。この日付を過ぎたら冒険者ギルドの方に流れるという仕組みになっているのだろう。


「難易度も分からねえな」

「完了見込み期限が二日ぐらいのやつから内容も加味して決めるのがいいんじゃね? 街から近場なら危険も少ないだろ?」


 長期間に渡り時間が必要ということはそれだけ移動距離があることが予想される。この街から離れれば離れるだけ、生息する生態系が変わってくるのは明白だ。見知らぬ土地よりは知った土地から始めるのが安全だろう。


「それじゃあ、迷惑が掛からないのは留め置き期限が来週で完了見込み二日間のこういうのってことですか?」


 リクがひとつの依頼書を指し示す。


「ん? 錬金ギルドからの依頼か……俺はいいけど、四人で報酬を分けると経費の方が高くなるかもな。報酬を商品で渡してくる可能性もある。どうする?」


 意見を述べてから皆の方を見ると、自分が視線を集めていることに気がつく。


「何だよ?」

「ジルってすごいよね」

「ああ、まるで経験者みたいだ」

「ギルドで依頼を受けたことはないんですよね? そうは思えませんよ!」


 隣の町に歩いて行って冒険者ギルドに乗り込んだときの経験と感覚でしか言っていないのだが、三人の尊敬の眼差しに囲まれて照れくさくなる。


「た、たまたまだろ?」


 視線を戻して、依頼書の選定を再開した。



***



「……で、なんであんたに当たるかな」

「それはこっちの台詞じゃわい!」


 ジルは頭を抱えていた。まさか依頼主が隣町にある冒険者ギルドの統括だとは想像できなかったのである。

 統括の名前を覚えていなかったし、可能性は考慮するべきだったかもしれない。

 わざわざ半日かけて移動したにも関わらず、詳細を聞きたくても家に上げてもらえないとは思わなかった。

 やむを得ず庭先で話すことになり、ジルもため息と共に不満をもらす。


「魔法も使えないやつに仕事をやれるわけがなかろう! この依頼は取りやめじゃ!」

「だったら最初からギルドに回せ! クソじじい!」


 反発して殴りかかりそうになるジルだったが、後ろからカルマに羽交い締めにされて動けなくなる。仮にも依頼者なのだから殴るなんて良くないと小声でなだめられて、ようやく冷静になったところで後ろに追いやられた。


「リーダーはオレっす。話を聞かせてもらえませんか?」

「君も随分と若いようだが?」

「そこは任せてください」


 依頼人から不機嫌そうに勧めらた椅子にカルマが座る。

 その後ろでジル、モーリス、リクの三人は話を聞くことにした。


「ふん、まあいい。何が聞きたい?」

「まずは事情を聞かせてもらえますか? 冒険者ギルドに依頼しなかった理由も含めて」


 流石にカルマも気になっていたようだ。

 確実に終わらせたい依頼なら、あらかじめ実力者に依頼を回せばいいはず。依頼者は冒険者ギルドの統括なのでギルドを利用する強者を指名して解決するのが無難と言えるのに、あえてそれをしなかった。


「その辺りは心得ておるようじゃな。まあいい」


 一呼吸置くと、依頼者は語り始める。


「今はこの町の冒険者はろくでもないやつばかりなんでな。国に頼むしかなかった。それだけじゃ」


 言葉の後ろに国に回したのにろくでもないやつに当たってしまったが、と付け加えられているようでカチンとくるがジルは我慢して黙っていた。


「えっと、本当にそれだけで?」

「嘘ついてどうなる!」


 確認しただけのカルマにすらも怒鳴り声になってきた。

 この依頼人に対しては踏み込まない方がいいと判断したのか、カルマは話を変えた。


「じゃあハウンドが現れた時期や頭数は?」

「先週ぐらいじゃの。二、三匹といったところじゃ」

「場所は?」

「この庭から見えたぞ。方角は向こうじゃな」


 依頼人の統括が示す方向には生い茂る森が見えた。


「森の中にいるのを見たということですか?」

「いや、草原にいた。巣は森にあるんじゃろうが……とりあえず、さっさと退治せい! 魔物が町の近くにいたら危なくて仕方がない」


 ジルは会話に違和感を覚える。突然ではあったが割り込んだ。


「なあ、この近くに迷宮でも現れたのか?」

「そんなこと聞いてどうするつもりじゃ!」


 相手がジルなのもあるのか、さらに統括は声を荒げる。

 その後は、町の近くに魔物がいて物騒だ早く行けと繰り返すだけで話にならず、四人で森の中を探索することにした。



***



 ハウンドが目撃された森では慎重な行動を取ることに決めた。


「……なあジル。あの依頼人、何かおかしくないか?」

「怪しいとは思う」


 森の深くまで進んで統括の家が見えなくなった頃、カルマからジルに切り出した。

 振り返ると残る二人も首肯する。


「事情を聞かないまま解決してほしそうだったよね。それこそギルドの方がいっぱい適した人がいると思うんだけど……」

「意図を汲み取ってほしいということでしょうか? 僕も根本的なところを解決するべきだと思いました」


 その通りで、今回のような場合は、本来解決すべきなのは町の安全を確保することにある。特にハウンドは群れを成す習性があるので、単に倒しただけでは終わらない可能性が高い。


「まあオレたちを行かせたってことは小規模な群れじゃないか? ギルドの統括なんだろ?」

「そういう考え方は好きじゃないんだけど、そう思っておくしかないか」


 ほとんど有用な情報が得られなかったのは、ジルがいたのが悪いのだろう。

 だが、本人が本当に重要だと思っているのであれば、信用のできない相手に対して仕事を与えることはないだろう。

 しかも、冒険者ギルドの統括が依頼者であれば、裏事情のある仕事を割り当てるはずはない。

 ……と、無理矢理だが納得するしかなかった。


「まあ、まずは探索か。ジルって魔物を捕まえたことあるんだっけ?」

「あるけど?」

「その時はどうやって見つけたんだ?」

「巣があったのを知ってただけだ。俺は食い物や武器の材料集めのために森にはよく行っていたんだよ」


 それを聞いたカルマは腕を組んで長考した。


「オレが感知魔法しながら歩き回るしかないか」

「そうだね。私はそういうのさっぱりだし」


 苦虫を噛み潰すような笑いを浮かべるモーリス。


「補助はします?」

「やめておこう。お前の魔法は消費が激しいのが多いからな。温存してほしい」


 完全にジルだけ話に置いて行かれている気がしたが、カルマから「ジルは一回みてな」とのことだった。


「んじゃ行くぜ! 魔力感知!」


 カルマがの赤髪がわずかに浮き上がり、瞳は焦げ茶色から深紅へと変化する。


「近くに怪しいものはねえな」


 赤い目は焦点がどこにあるのか分からないが、辺りを見回して確認をしている様子だ。


「そう言うのが分かる魔法なのか」


 ジルは感心する。

 怪しいものを見つける魔法もあることが興味深い。

 何の属性の魔法でどのように作用させれば応用できるだろうか、と魔法武器のことを考え始めたところでカルマに頼まれる。


「ジル……悪いんだが……」

「ん?」

「……引っ張ってくれねえか? これ、もの凄く視界悪くてな」


 状況が呑み込めずに戸惑っていると、リクとモーリスが説明を加える。


「魔力感知は感覚を引き換えにして色々な種類の魔力を感じることができるんです。カルマ先輩の場合は五感を全て費やしているので魔力以外が見えないんですよ」

「目に映るものが全部二色にしか見えないんだって」


 極端な魔法だなと思うが声には出さず、ジルはカルマの両手を引いて誘導する。

 モーリスとリクには周囲を警戒して貰う形で、しらみつぶしに森を調べていくつもりらしい。

 時間が掛かりそうだがリクとカルマがどんな魔法を使えるのか知らないのもあり、名案が思いつかない。

 そんなことを考えながら、しばらく行くと崖の上にたどり着いた。

 崖とは言っても高さはない。しかし、視界に難のあるカルマを導きながら進むのには抵抗がある。


「あ? 崖?」

「落ちても死ぬようなことはないと思うけど」


 ジルが崖を背にして立ち、カルマの安全を確保してから説明した。

 向こう側には同じぐらいの高さの崖があり、間には川が流れている。川幅も狭く、流れも穏やかなので命の心配はないだろうが、危険は危険であろう。

 どうする? と、カルマに判断を委ねると数瞬だけ考える素振りを見せてから決意したような表情をして顔の汗を拭った。


「ちょっと待てろ。……全っ天っ球っ!」


 カルマが魔法を重ねた。

 全天球……確かリクの魔法だったような気がするが、カルマも使えるのか。効果は上下左右を全て見渡すことができるというものだったはず。魔力感知と並行使用したと言うことは、あらゆる方向の魔力を感知するということだろうか?


「カルマせんぱ……」

「話しかけるな!」


 青い顔のリクが心配そうにするも、歯を食いしばって全力を出しているカルマは反応する余裕がなさそうだった。


「ぐっ! 千里眼っ!」


 更に魔法を重ねた。

 険しい表情をすると何かに抵抗するかのように声を上げる。

 やがて、カルマの瞳が徐々に焦げ茶色に戻る。それと同時に膝から崩れ落ちて手を地面につき、激しく呼吸を繰り返す。


「カルマ、お前それ大丈夫なのか?」

「ちょっと休めばな」


 肩で息をしながらカルマが川上の方を指さす。


「あっちに動く魔力反応。地面の下だから洞窟みたいな横穴でもあるんだろう」

「数は分かりましたか?」

「弱そうなのが二つと危なそうなのが一つだと思う」


 ハウンドがいる――モーリスとリクは真剣な顔になる。

 気がついたらカルマは体勢を変えて地面に直接座り込んでいた。


「すぐに追いつくから先に偵察しててもらえねえか?」

「あ、僕も残り……」

「リクも行け。オレも無理はしないから」


 そうは言われてもカルマの様子を見る限り、誰も置いていける気にならないだろう。


「カルマくん、危ないよ」

「そうだよ、全員で行こうぜ」

「いいから行けって! 時間がもったいないだろ!」


 そこまで差し迫ってはいないと思うのだが、カルマも折れようとしなかった。

 しかし、その場から誰も動こうとしない。


「じゃあ、リーダー命令! 全員行け!」


 その言葉に動いたのはリクだった。


「……行きましょう」


 前に進んだ。


「リク? ……でも」

「大丈夫です。カルマ先輩ですから」


 精一杯、力強く言っているが本当は不安なのだろう。顔を川上に向けて視線を合わせようとしない。

 その様子にモーリスも前に歩き出す。


「気をつけろよ!」


 カルマに声を掛けてから、ジルも歩き出した。

 チラと後ろを見ると、大地に横たわるカルマの姿が見えた。

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