02
カルマが言う横穴を見つけるためにも、途中で崖を下りた。
川の水は澄んでいて呼吸するたびに体の中が清らかになっていく感覚を覚える。
「あれかな?」
モーリスが指で示す先には、ぽっかりと横穴が空いていた。
「……高い確率でハウンドが住処にしている。ここ見てみろよ」
ジルは川や地面も確認していた。
水たまりにいくつも黒い毛が浮いている。恐らくハウンドの毛であろう。
「水浴びか狩りの跡かもな。宝を守る魔物じゃなさそうだし、ハウンドを倒すだけで他の探索や調査はしなくても大丈夫そうかな」
予測ではあるがほぼ確実であろう情報を伝えると、ジルは横穴の方を見た。
「あの様子だと深い洞窟じゃなさそうだし、巣があるだけだろう。まずはハウンドを外に追い出して、逃がさないように囲って戦えば……」
そこまで言うと、二人の視線に気づいた。
「お、俺を頼るなよ!」
「違うよ! すぐにそんなこと考えられてすごいなって……」
どうも自分が中心になると居心地が悪くなる。
「謙遜しなくていいですよ」
――ウォォォォォン!
どこかから遠吠えが聞こえた。
「なあ、リク。魔力感知ってどのぐらいの精度なの?」
「距離がありましたし、全天球と千里眼も並行使用なので少しズレているかも知れません」
「三人なら大丈夫だよ! 離れないようにしよう」
――ウォォォォォン!
もう一度、遠吠えが響く。今度は近い。
三人とも周囲を警戒するも、どこから聞こえるのか。
「ねえ、ジル。ハウンドって四足歩行の犬みたいな……だよね……?」
モーリスがいるところを確認してから、その視線の先を辿ると黒い影が一つ。
明らかにこちらを威嚇していた。
その場にいる全員が青ざめる。
「二人とも、気をつけろ! 背中見せたら終わりだ!」
ジルが影の方を向いたままで、注意する。
魔物の姿はやはりハウンドだ。やはり、この辺りをねぐらにしていたのだろう。
ハウンドは黒色の体毛を逆立てて、ゆっくりと歩を進める。
「……デカいな」
ジルは呟くと、魔法武器を双剣の形に変化させて構え、刃に水属性の魔力を溜める。
それと同時に、ハウンドが大地を蹴って猛スピードで走り跳躍。
「ウォーターフィールド!」
リクが三人を囲むように青く光る円を出現させた。淡い光は魔法武器の刃と共鳴して魔力を増幅させる。
前に躍り出たジルにハウンドが襲いかかる。
「おりゃ!」
双剣の刃の部分を交差させて、攻撃を受ける。
ガキンッと牙と刃が激突すると同時に、ジルは力任せに突き飛ばした。
ハウンドは後ろに下がる。
「……やっぱり闇の方だな」
ハウンドは火属性の魔力を持つとされているが、実は希に闇属性も同時に持つ個体がいる。知識でしか知らなかったが、ここで実際に目にするとも思っていなかった。
「ウォータージャベリン!」
ジルの後ろから弧を描いて疾風のごとき速さで魔法が跳んできた。
まるで凄まじい勢いで放たれた矢のようなそれはハウンドに命中した。
この威力なら効いているはずだが、ハウンドは体を振って水を払うと再びこちらに向かって走る。
ジルはじっと目を離さず、ハウンドが跳躍するタイミングを見計らって上体を低くして地面を転がった。
すれ違いざまに下から双剣振り上げて腹を狙うも、かすっただけのようで黒い体毛が舞い散るに止まる。
転がった先で勢いをつけて立ち上がり、ハウンドに向き直る。
モーリスとジルで挟まれたハウンドではあるが、ゆっくりと左右に移動し続けていた。
「こいつ、止まると危ないって分かってるのか?」
まるでそのつぶやきに答えるかのようにハウンドはジルに向かって跳躍。
――グォォォォォッ!
「おわ!」
ジルは横に跳んで身をかわし、体勢を立て直してからハウンドにつかみかかった。
動きを止めている間に魔法を撃って貰えれば――。
「ジル! 危ない!」「クリスタルウォール!」
モーリスの叫びと共にリクが魔法を発動する。
ジルのすぐ側で輝く壁が現れ、そこに二匹のハウンドが激突していた。
魔法壁はすぐ消滅する。
ハウンドから身体を離すと、体を一回転させて背を見せないようにじりじりと後退して、モーリスの側に寄った。
残り二匹のハウンドも同時に相手にしなければならなくなった。
「大丈夫? ジル!」
「完全に怒らせたな」
三つの漆黒の影がこちらを睨む。
ジルも睨み返すがやらないよりマシなだけという理由に他ならず、有効な攻撃手段を思いつかない。
焦っていると、ハウンドたちの足下に大きな影が落ちる。――魔法だった。
(何をする気だ……!)
ハウンドの体が影に溶け、三つだった影は中央に集まり一つに融合。影の中から立ち上がるかのように一匹の大きな魔物が現れる。
一つの体に三つの顔を持ち、体高は人と同じぐらい。
赤い目がジルたちを睨みつけ、口からは炎がこぼれ出る。
「……え? ケルベロス?」
「リク、落ち着け! ヘルハウンドの方! 何とかする!」
間違われやすいがケルベロスは正体不明の魔物とされ、その文献が残っていない場合が多い。その点、ヘルハウンドは生態が明らかになっていて属性も明確な分、まだ何とかなる可能性がある。
ジルは一瞬だけ足下を見て、リクの魔法が張られたままなのを確認する。
その間にヘルハウンドが身を低くした。
のんびり説明している時間はない。
ジルは賭けに出て、ハウンドに向かって走った。走りながら右の剣に念じて白い光を放つ刃を作り出す。
黒い巨体の手前で思いっきり力を込めて飛び上がった。
大きな頭を飛び越えるとその背に跨がり、斬りつける。
ジルは水と光の二属性。ハウンドは火と闇の二属性。
水属性は有利に働く。問題は光属性――お互いの魔力のぶつかり合いになる。
魔法武器での攻撃にハウンドが暴れ、後ろに放り出された。
地面に落ちたが、勢いで体を一回転させてハウンドの後ろ足を切りつける。
更に横に回り込みながら胴体を斬りつけた。
ハウンドがジルに向き直ったところで、右の頭には水属性の斬擊を叩き込み、左の頭には光属性の魔力を放出してぶつける。
手応えは……ある!
時折、飛んでくるモーリスの魔法は水属性。
ジルは左の剣も光属性に転じさせた。
モーリスの魔法が飛んでくるのを見計らい、双剣を振るう。
中央の頭部を狙って光の刃と水の魔法が同時に命中する。まばゆい光があちこちに拡散される。その間にジルは両手の剣を振り回して、連続で何度も斬撃を繰り出した。
光が収まると同時に地面を何回か転がって距離を取りモーリスの側まで戻ると、しゃがんだ状態で様子を確認する。
「やったね!」
「いや、外した!」
狙った攻撃は避けられて左側の頭部を吹き飛ばすだけに留まった。
ヘルハウンドは影の中に溶けたかと思うと三体のハウンドに戻り、小さな一匹は倒れた。
残るは二体……。
(くっ、どうすればいい?)
ダメージは確実に与えられているが、ジルも消耗していて次の手が思いつかない。
ハウンドがこちらを睨み、唸り声を上げる。
とにかくモーリスやリクから注意を逸らさなければ危険だ。ジルは勢いをつけてハウンドに向かい走る。二匹のハウンドもジルめがけて走る。
大きなハウンドが跳躍したと同時に、ジルも正面に双剣を構えて跳ぶ。
ジルとハウンドが交差する! その直前、ハウンドの胴体に猛スピードで何かが飛んできて激突した。
横に飛ばされたハウンドは小さなハウンドも巻き込み、そのまま二匹とも重なって横倒しになり藻掻く。
慌てて双剣での攻撃を中断したジルは、着地して体勢を立て直すと叫んだ。
「カルマ! 危ないな!」
「おう! でも、助かったろ?」
一蹴りでハウンドをぶっ飛ばしたカルマは得意げな顔をする。
「ちっこいの任せたぞ」
カルマは大きなハウンドと対峙した。
「了解っ!」
ジルは体勢を立て直したハウンドを前にして、両手の双剣を水属性に変える。
剣をしっかりと握りしめて走ると、唸り声を上げて威嚇していたハウンドもジルに向かう。
すれ違いざまに横薙ぎに斬りつけると、キャインという悲鳴にも似た鳴き声と共に黒い体が転がる。
「ごめんな」
ジルは双剣を一つに合わせて、大きな剣に変える。
それを頭上からありったけの力でハウンドに振り下ろした。
鳴き声一つなく、既に息絶えていたのかも知れないがその体に致命傷を負わせた。
立ち上がる様子もないのを確認すると、カルマの方を振り返った。
カルマと対峙する大きなハウンドは牙をむき出しにして唸り声を上げ、その口からは炎が漏れる。
「闇と火か」
つぶやきと共にカルマの両手が青い光を帯びる。リクの支援魔法も相まって力強い光だ。
ハウンドがカルマに襲い掛かった。刹那、カルマが突き出した固い拳が、大きく開かれたハウンドの口の中で炸裂する。そのまま貫通せんばかりの威力だった。
動きを止めたハウンドの巨体をカルマは思いっきり蹴り上げる。
空中に浮いたその身体にカルマの拳が猛然と襲い掛かった。
幾度も叩きつけられる攻撃の度にハウンドの巨体が歪んでいく。
カルマが手を止めると、体力を失って抵抗もできないハウンドは地面に崩れ落ちる。しかし、本能なのか立ち上がろうと藻掻く。
そんなハウンドの後ろ首を掴むと、カルマは渾身の力で真上に投げた。
空中に放り出され慌てるハウンドがカルマの目の前まで落ちてきたとき、カルマが叫ぶ。
「終わりだああああああああああああああああああああっ!」
左手を思い切り握りしめて腹部にたたき込む。次は右手を下段から勢いをつけて脇腹に撃ち込む。さらに横から回り込んで、組み合わせた両手を思い切り叩きつけると、最後は全力の蹴りを放った。
川の浅瀬に飛ばされたハウンドは水しぶきを上げて倒れる。
やがて周囲の水が赤く染まると、黒毛のハウンドはピクリとも動かなくなった。
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