03

「すっげー……あ」


 カルマの戦いに思わず見入ってしまい、ぼんやりしていたジルは我に返った。


「皆、手伝ってくれ!」


 大きな黒毛のハウンドに近づき、道具袋から小さなナイフを取り出す。

 そのナイフを使って一本だけ牙を抜く。

 本来は毛皮も剥げば装備や日用品に加工されるが、この中に魔物の解体経験など誰もないだろう。冒険者ギルドに持っていけば加工できる者もいるだろうが、このメンバーでは丸ごとハウンドを担いで町に持って行くなど不可能だ。

 そう判断して、牙を布で包んで道具袋に入れた。

 それにしても、カルマの消費が気に掛かる。

 その場から様子を確認すると、カルマは座り込んで疲れた様子で天を仰いだところだった。肩が上下しているので、実はギリギリで駆けつけてくれたのだろう。

 ジルはカルマのところに駆け寄る。


「よう!」


 無理矢理に笑みを浮かべたカルマは片手を上げた。

 一瞬だけつられるように手を上げ、カルマの状況に恐怖を感じながら声をかける。


「大丈夫か? 回復しきっていなかったんじゃ……」

「心配すんな」


 誰がみても心配すると思うのだが、それ以上は追求しない。


「カルマくん、顔ぐらい拭いたら?」


 牙を抜いて来たモーリスとリクも集まった。

 言われたカルマは道具袋に手を突っ込むと、布を取り出して額に当てる。


「悪ぃ。何かボーッとしてたわ」


 顔や首筋の汗を拭いながらモーリスに返事をしている。

 立ち上がろうとしないカルマは心配であるが、自分から話そうとしないほどに消耗している今は休んでもらうのが正解だろう。


「とにかくカルマ先輩が動けるようになったら撤収しましょう。ジル先輩は魔法武器に使う材料を取るんですか?」

「今は難しいからいいよ」


 気を使ってくれる後輩に感謝してから、ジルは立ち上がらないカルマに声を掛ける。


「背負うか?」

「いや、体力が回復してから行きたいね。町の中で負傷されていると思われたくねえし」


 カルマの判断なのだから正しいのだろう。

 仕事としてやる以上は体裁も大事かも知れない。しかし、ここまで徹底しなければならないのか。


「ねえ皆、あれ何?」


 モーリスが指さす方向を見ると、そこには全身赤銅色に染まる巨体を四本の脚で支える……ハウンドがいた。

 ジルは素早くカルマを担いだ。


「逃げるぞ!」


 流石にこの状況で勝てる見込みはない。一か八か逃げるしかなかった。ジルは先導の意味も兼ねて全速力で走る。

 横目で振り返り確認すると、意外なことにハウンドはその場に伏せて追ってこない。


(あのハウンド……)


 視線をこちらに向けるハウンドに対して気づくことがあるが、自分の命のために考えを整理している場合ではない。

 振り切ることを優先して、ジルは駆けていった。



***



 四人は町に戻ると、噴水のある公園で一休みした。

 空は夕焼けできれいな赤に染まる。


「で、状況を整理したいんだがいいか?」


 全員の息が整った頃、リーダーらしくカルマが切り出した。


「カルマが大丈夫ならいいけど?」

「心配するなって。魔力がカラケツになっただけだからさ」


 どうやら魔力切れよりも更に消耗して完全に枯渇した状態だったらしい。ある程度の魔力が戻ってくれば問題ないとのことだった。

 今のカルマは疲労の色は見えるものの、しっかりと自分の足で立っているし、確かに問題はなさそうである。


「まず報告するのはハウンド三体を討伐したってことでいいんだよな?」


 モーリスとリクは判断に迷っているようなので、ジルが回答することにした。


「それでいい。これで町を襲う可能性のあるハウンドはいなくなったよ」

「最後のやつは?」

「赤銅色のは、魔法で縛られているな。迷宮の宝か何かを守るように制約を掛けられているから、あの周辺からは離れられない。本体か宝に手を出さない限りは襲ってこないと思う」

「先輩、良く知ってますね」

「まあ、文献を読みあさっていた時期はあるからな」

「ハウンド三体の討伐報告と一体のハウンドへの注意喚起を報告するか」

「ああそれでいい。……後、悪いんだが、ちょっと俺はあのジジイに報告するメンバーから抜けていいか?」

「責任放棄するな。お前が一番戦ったじゃないかよ!」

「親玉を倒したのかカルマだろ? リーダーはお前だし、アビトへの報告の時は行くよ。それに正直に言うと俺、あのジジイを殴り飛ばしそうなんだ」

「殴ってやりたいのはオレも一緒だけどな」

「それにちょっと今のうちにこの町でやっておきたいことがあるんだ」

「あ、そっか。ジルはここでお金を稼いでいたんだもんね」


 モーリスは世話になった誰かへの挨拶でもすると思ったらしく、偶然にも言葉が助け舟になった。


「まあ、そう言うわけだ。ちょっと行ってくるな」


 三人を置いてジルは公園を立ち去った。



***



 公園から遠回りをして、人気のない路地裏までやってきた。


「いるんだろ!」


 辺りには誰もいないが、ジルは話しかける。


「出てこいよ」


 建物の壁にそっと背を預て待った。確信はある。

 目の前の空間が揺らぎ、瞬時に人が現れる――アビトだ。


「アビト。あんた試したろ?」

「……不満か?」

「それもあるけど、機嫌悪いのは俺の事情」


 単純に討伐せずに済ませたかった。正直言ってワイバーンのときからも感じていたことではあったが命を奪うのはいい気がしない。


「随分と成長したじゃないか」

「いつの俺と比較しているんだよ」


 かつては機嫌悪いのをモーリスにあたっていたこともあったが、今ではそのことに罪悪感も覚えている。彼女にたくさん助けてもらった分を少しでも返したい。


「で、乃公おれに何の用だ? わざわざ声を掛けた目的は?」

「『超越者』としてのあんたに聞きたい」


 超越者――人を超えた存在。

 アビトがその類であることは最早、確信していた。


「迷宮はこの世界に必要なのか?」

「それは遠回しに迷宮を出現させるのをやめろと言っているのか? だったら無理だ。あれは自然現象だからな」


 納得をせざるを得ないらしい。

 それでも気持ちを抑えられずに反論しようとする。


「迷宮なんてものがなければ、今回の件だって――」


 三体の黒毛のハウンドたち、そして赤銅色のハウンド。間違いなく親子だ。

 カルマたちに説明した通り、赤銅色のハウンドは迷宮に紐付けられている。巨大な黒毛ハウンドの方は何らかの事情で本来の群から離れて生きることを選んだのだろう。

 迷宮のハウンドとの出会いで子供が生まれたとしか思えない。


「お前も間抜けだな? 迷宮がなければ出会いもなかった。少数で行動せざるを得なくなった魔物の運命ぐらい分かるだろ? あいつらはあいつらなりに幸せだったはずなんだよ」

「だったら、俺は放っておいてやりたかった」

「それは人として生きる上では間違えているな」


 肩を竦めて両手を広げるアビトに苛立ちを覚える。

 だが言い返せない。

 人と生きる上で人を守ることが大切だ。放っておけばいずれ野生のハウンドは人を襲う。


「まあ、最初の質問に答えよう。今回の仕事はお前たちを試した」

「よく選ぶって分かったよな」

「それは偶然だが、乃公もいずれは指示するつもりだった」

「……あんたが俺につきまとう目的はなんだよ」

「それは答えられない。まだお前に全てを託すと決めたわけじゃない」


 完全に線引きしているアビトから、肝心なことは聞くことができなさそうだった。


「じゃあ、質問を変える。これには答える義務があるはずだ」

「言ってみろ」

「ハウンドを冒険者ギルドのクソジジイに嗾けたのはあんたか?」


 そう言うと魔法武器を両手に握った。使い慣れた双剣の形。

 アビトに答える気があるのかないのかは分からなかったが随分長い沈黙が流れた気がする。


「それは違う。迷宮の魔力の一部が開放され、抵抗力の低い子供が影響を受けた。その力に溺れて人を襲うために森から出たところを母親に止められたが、目撃されてしまっただけだ」

「それをあんたがどうにかしなかった理由は? 後、解放された魔力って何だ?」

「悪いが、前者は答えられない。後者は迷宮に潜らねば分からないが……魔力を帯びた宝物か部屋が開放されたんだろうな。あれはまだ探索が続けられている迷宮だ」


 飛びかかりたくなる衝動に駆られるが、それを抑えて魔法武器を腰のホルダーに仕舞った。


「納得はしてねえが、あんたは嘘は言わない。俺が想定していた最悪のパターンは潰れた。疑って悪かった」

「いや、乃公もお前の意外な面を見られて価値があった」


 満足そうにアビトは片方の口角を上げた。

 その表情は意外にも柔らかさが感じられ、味方として完全に信じてもいいのかも知れないとジルは思った。


「三人のところに戻る。首都に戻ったら報告に行く……」


 ハウンドのことを思い出して弱い面を見せそうになりながらも、何とか話を終えることができた。

 やや間があってから、再び空間が揺らいでアビトが姿を消す。

 気がつかないうちに日が落ちていて、辺りは暗闇に包まれ始めていた。

 仲間に心配を掛けないようにと、ジルは路地裏を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る