04

 そう言えば、待ち合わせ場所を決めておくのを忘れていた。

 空は既に闇に包まれている。今から首都に戻れば途中で深夜になるだろう。夜行性の魔物もいるし、全員が消耗しているので一泊は必須だ。

 この町の宿と言われてすぐに思いつくのは酒場と冒険者ギルドの受付が一体になった大きな建物だった。

 しかし、ギルドの息が掛かっているとなるとジルは門前払いされてしまう可能性が高いので、まずはもう一件知っている安宿の方に足を運ぶ。

 そこで運良く見知った顔を見つけることができた。


「遅かったね」

「悪い。ちょっとな」


 宿の入り口で待っていたモーリスを曖昧に誤魔化した。

 その後は、部屋まで案内され、ドアを開けた。


「私は隣の部屋だから、何かあったらノックしてね」

「……あ、そっか」


 今まで一緒にいることが多かったので意識が向いていなかったが、普通は男女で別の部屋となるだろう。

 本当にモーリスへの気づかいを全くしていなかった自分に反省ばかりが浮かんだ。


「んじゃ、明日な!」

「うん、お休み!」


 それを精算したい気持ちを抑えて、ジルは頑張って極端な笑顔を作って見せた。幼なじみが返してくれる表情は柔らかかった。

 部屋に入るとベッドが両脇にひとつずつ置かれ、中央にはソファに囲まれたローテーブルがあった。

 ソファに向かい合って座っている二人と視線が合う。


「よう!」

「お疲れ様です!」

「お疲……れ?」


 妙に二人のテンションが高い気がする。疲れていないのだろうか。

 ジルが近づくとリクが席を譲ろうとする……のを制してカルマが席を空けた。

 ひとまずそこに座り、道具袋に手を突っ込む。


「お前は飯どうすんの?」

「これ持ってきた」


 言って道具袋から水筒と布の包みを取り出す。布を開くと中から携行食が姿を現した。


「それ、美味しくないですよ……」

「知ってる。飲み物も必須」


 リクの忠告はありがたかったがジルには気楽に食べることができる数少ない食料でもあるのだ。もちろんジルは異端者扱いされて食事を提供されない可能性も考えていたが。

 パサパサする携行食を水で流し込む。本当は自分で作った干し肉もあるのだが、今は食べる気にならなかった。


「風呂屋には行った?」

「水浴びしてきた。頼むからこの町で人の集まる場所の話はやめてくれるか」


 あんまり自分の過去を直視したくなくて、カルマに文句を言う。悪気はなかったようで「悪い」とジルに謝る。

 携行食の最後のブロックを口に放り込むと、水も飲みきった。

 見計らっていたかのように、後ろでカルマの声がした。


「というわけで、後は帰るだけだな!」

「だな。ぶわっ!」


 後頭部に柔らかくて大きな何かが思いっきりぶつかった。ジルは反射的にそれをつかみ取った。


「ん? 枕? カルマ、何すんだよ!」

「枕投げ」


 気がつかないうちにベッドの上に立ったカルマは、ニヤッと歯を出して笑う。


「先輩たち! 思う存分やってください!」

「まて! 枕投げって……わっ!」


 リクがジルに反対側のベッドの枕を投げてよこした。

 ジルが受け止めると、満面の笑みのリクが声援を送る。


「ジル先輩! 頑張ってください!」

「お前、もしかして酒飲んでる?」


 手を上げて笑顔で応援するリクのテンションに、それしか思いつかなかった。


「飲んでませんよ。こういうときはこういうものです」

「おい、ジル! お前が二つ持ってたら勝負にならねえだろ!」

「え?」


 カルマがベッドから降りて枕を片方奪い、振り回した。顔面に直撃して息が一瞬詰まった。


「何すんだよ!」


 思わず自分に残された枕の端を持ってカルマに叩きつけた。


「おう! それでいい!」

「ん?」


 カルマがジルに親指を立ててみせる。


「そうやって気持ちをぶつけるのも仲間のうちってことだ! オレ達三人の中に入ってきたからってオレたちに全て合わせなくていい。お前もお前でぶつかって来いよ、な!」

「そうですよ! もっと前向きに行きましょうよ!」

 今までどう見られていたのか気にも留めていなかったが、もしかして心配させていたのだろうか。

「別に今までの態度に理由付けなんかしなくていいぞ。お前のことなら子供のときから知っているからな!」

「その時しか知らないだろ!」


 ジルは食いつくように叫び、枕を投げつける。


「聞くが、オレがお前を差別したことあるのか? オレはお前と気が合いそうだと思っていただけだぜ。魔法なんて関係ねえ」


 難なく片手で枕を受け止めたカルマの言葉にジルはハッとなった。

 魔法が使えないと分かってから、学校では異端過ぎるのか避けられていた。そんなジルの側にいてくれたのは、モーリスと……カルマもいてくれ……た?


「昔のことなんか気にすんなよ。魔法が使える使えないで線引きしているようなやつが悪いんだ!」


 ジルに投げつけられた枕を捕まえながら、胸のあたりがジワリと暖かくなるのを感じた。

 たった今言われたことが嬉しくて、目頭が熱くなる。


「お? もしかして泣いてる?」


 茶化すように言うカルマ。


「うるせえ! 泣いてねえ!」


 ジルは枕を思いっきりカルマの胴体に投げつける。


「やったな! うりゃ!」


 カルマも投げ返す。


「二人とも頑張ってください!」


 見ているリクの声も楽しそうである。

 こうして夜は更けていった。



***



「……ん」


 朝日に顔を照らされて、ジルは眠りから覚めた。

 ベッドの上にきちんと寝かされている辺りはリクの心遣いだろう。

 反対側のベッドではカルマが大の字になって横になっており、ソファではリクが毛布に包まっている。

 本当は二人とも疲れているところを、ジルが打ち解けられるように頑張ってくれたのかも知れない。

 ベッドから起き上がり窓の外を見ると、見慣れた姿を見つけた。


「モーリス!」

「あ、ジル! おはよう!」


 窓を開けて声を掛けると、爽やかな笑顔が返ってくる。


「おはようー! 今日ってこれからどうすんの?」

「カルマくんとリクくんは?」

「まだ寝てるけど」

「じゃあ、頃合いになったら迎えに行くよ。それまで部屋にいて」

「分かった!」


 言うと、モーリスに手を振ってから窓を閉める。

 てっきり隣の部屋で騒いでいて文句の一つも言われると思っていたが、そんな様子が全くなくて疑問に思う。


「おはようございます」


 リクがまだ眠そうな声を出す。両手を上に上げて背中を伸ばしていた。


「あ、おはよう」

「勝負はジル先輩の勝ちでしたよ。おめでとうございます」

「お、おう?」


 何を以て勝負に勝ったのかは分からず、曖昧に返した。


「音なら僕が防音壁張ってましたから大丈夫ですよ。天井と床にも抜かりなく」


 ジルの様子に誤解をしたらしい。だが、言われると確かにモーリスにも他の客や宿の主からも怒られずに済んでいるのはそういうことかと、ジルの疑問を解消した。


「それ、準備してたのかよ……」

「はい、カルマ先輩からの提案で!」


 確かにリクがやるとも思えないし、だったらカルマが仕掛けたことではあるだろう。


「ずっとカルマ先輩は心配してたんですよ、ジル先輩のこと」

「え? 心配?」

「本音を本気でぶつけてこないなって、言っていました」


 リクは後ろでいびきをかいているリーダーを手のひらを上にして示す。


「うーん、そうなのかな」

「先輩は先輩でいいんですよ。ただ、僕たちが先輩のことを受け入れているって信じてください」

「別に信じてないつもりはないんだけどな」

「なんて言うか、ジル先輩のお陰で助かっているんですけど、こう……」


 言いかけたとき、リクの頭に大きな手が乗せられた。


「何を話しているのかな? リ~~ク~~!」


 直前まで寝ていたはずのカルマが声を低くしてリクを驚かせる。まるで脅すように威圧感があり、リクは凍り付いていた。


「す、すみません! 何も話していません!」

「まあ、面倒見がいいのがお前だけどな」


 冗談だったようでいつもの口調に戻るとリクから手を離し、カルマはジルに視線を向ける。


「どうよ?」

「何が?」

「リクの言うとおり、お前はオレ達にすらも気を許していないって感じしてたからな。本気で枕投げしてみて、気持ちぶつけてみた感想」


 人差し指をジルに向けてカルマがニヤつく。

 言われて、子供じみたことに夢中になった自分に恥ずかしさが芽生える。しかし、その中にもカルマやリクに対しての警戒心のようなものはなくなった気がした。

 言葉に詰まってカルマとリクを交互に見る。

 その様子にカルマは笑うと、リクに顔を向けた。


「というわけだ。協力あんがとな」

「いいえ。このぐらい、いつでも任せてください!」


 もしかしたら自分に距離感を感じさせていたのかも知れない。満面の笑みを浮かべるリクを見て、自分なりでも自然にしていきたいと思った。

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