魔法武器と地下迷宮

01

 ハウンドの依頼を無事にアビトに報告してから、数日が経った。

 今日は雨雲が空を覆い、雨もパラパラと降っている。


「よう!」

「カルマ? なんでここに?」


 資料室で調べ物に没頭していたジルは突然話しかけられて驚いた。

 ここにやってくる人間はほとんどおらず、時折アビトや頼まれてモーリスがやってくるかというぐらいなのだ。


「ん? ポーションの資料なんてあるんだな」


 ジルの読んでいた紙の束をみたカルマが言う。


「カルマ、詳しいの?」

「多少は知っているぐらいだけどな。錬金ギルドに行った方が詳しく教えてくれるんじゃないか?」

「俺って、受け入れてもらえるのかな」


 ギルドという響きに拒絶反応を覚えざるを得なかった。

 資料を読むのをやめて、丁寧に元あった棚に戻してからカルマの対面に座る。本当は角を挟んで座る方が何となく気が楽なのだが、奥行きのない机なので仕方がない。


「なんか用?」

「リーダーとして来たんだ。ちょっと相談に乗ってほしい」

「相談?」

「この依頼書、どう思う?」


 そう言って出されたのは一枚の依頼書だった。


「冒険者からの依頼で、行き先が迷宮?」

「忘れ物を取ってきてくれって話。野営しているときに魔物に襲われて慌てて逃げたから荷物を置いてきたんだと」


 依頼書には、確かにカルマが言ったことがそのまま書かれている。


「……おかしいな」

「だろ?」


 迷宮は冒険者の腕試しや修行にも使われることが多い。

 しかし、それは建前でもあり、実際は金目のものを目的としていることの方が大半である。

 それには相応の危険が伴い、魔物が出現するし迷宮のトラップから抜け出せなくなる可能性だってある。

 必死に逃げたからには荷物を放り出して逃げることだって考えていなければならない。


「国に依頼してきたのも分からないし、特記事項に魔物の詳細を報告ってあるのも引っかかる」

「おう、それは気がつかなかったな」

「ちゃんと読めよ……」


 呆れるもののそれ以上は咎めずにジルは依頼書をもう一度頭から読んで迷宮の場所を確認すると、ハウンドの依頼のときとは別の場所であることに安心する。まだあの件には触れたくないのだ。


「なんつーか、そもそも依頼を精査するやつって誰もいないのかな?」

「オレも思った。どうする受ける?」

「待て、リクとモーリスは?」

「その辺の危険はどうかって相談をしに来たんだよ」

「ん?」

「迷宮の中に入る依頼なんてないんだよ。見つけたら飛びつこうと思っていたんだが……な」


 四人で迷宮に潜れば身につくものも多いことは確かだろう。

 だが、何となく怪しいこの依頼をどう解釈するべきか、と言ったところか。


「うーん、すぐには答えられないな。まとまってからいいか? とりあえず依頼書は返しておけよ」

「もちろん。悪いな」


 資料室からカルマが出て行くのを見届けると、ジルもある場所に移動した。



***



「それは乃公おれとは無関係だな」

「本当かよ……」


 即座に否定されてジルは何だか不快になる。しかし、アビトが安易に嘘を言うことはないので、言葉通りに受け取るしかない。


「まあ、たまたま確認作業をサボって受理したやつがいるんだろうな。乃公の権限でやり直しをさせることはできるが?」


 試すような表情を浮かべてアビトは浮かべていた。


「受けた方がいいと思う。それで一回受理しちまったっていう責任は取れるだろうしな」

「ほう、責任?」


 まるで挑発するかのような口調に不快さは増すが押さえて少しずつ言葉を考えながら返す。


「まず、この後、依頼が冒険者ギルドに流れた場合。俺やカルマと同じように気がつくやつが出てくる可能性があるな。そうなると国から経由しての依頼書だから冒険者ギルドが国に何かしら要求してくるかも知れない。弱みを見せちまう可能性があるってことだな」

「まあ、大抵の冒険者はそこまで見ていないがな」

「可能性の話だ。次にあんたの権限で依頼書を無効とした場合。これは単純に国家機関としては一度受理したもんを却下することになるから体裁として良くない。一度、誰かが行ってから何かしら理由をつける方がまだマシだ」

「そこまで考えるようになったか。まあしかし……」


 アビトはジルを指差しながら続けた。


「隠していることがあるだろ?」


 やはり見透かされていたか、と諦めて本音を語る。


「実は俺自身も迷宮に潜ってみたいんだよな。魔法武器がどれだけ通じるのかも、どんな資源が手に入るのかも知りたい。ただそれだけだ」


 ジルが言い終わると、アビトは満足したように片方の口角を上げて笑みを作る。


「お前、ハウンドの案件が終わってから変わったな」


 そのニヤニヤとした表情にジルは一瞬だけ困惑するが、いいように捉えておいた。


「とにかく、俺は依頼を引き受ける方に賛成しようと思っている。カルマも受ける気だろうし、確定じゃないけどモーリスとリクも反対しないだろうな」

「ふむ、では乃公が引率しよう」


 意外なアビトの申し出に面食らった。


「……いいのか?」

「上官として、未経験者を四人も迷宮に送ることはできない。特にリクは見習いだしな」


 ここまで面倒を見てくれるとは思いもしなかった。万が一、下手を踏んでもアビトなら――。


「言っておくが、超越したことは期待するな。手を出す気はない」


 一瞬でも期待してしまったのを後悔した。失念していたがアビトはこういう性格だ。


「自信がないって訳じゃない、何とかする」


 ジルは慌てて負け惜しみのように言い切った。



***



 その日のうちに四人は依頼を受け、迷宮の前で合流した。

 以前ジルが森の中で遭遇した迷宮とは違い岩が重なって入り口を形作っているだけの見た目である。

 武装した見張りがいなければただの洞窟と間違えるだろう。

 雨の音の中アビトもやってきた。

 四人を連れて見張りに話しかけるとすんなり通してくれる。

 アビトの顔の広さに驚きながら入り口をくぐると、緩やかな下り坂が続く。

 アビトが先導しながら話し始めた。


「この迷宮は難易度が高くないというのは知っているか?」

「オレは知らないスけど……」


 カルマが三人に視線を向ける。


「俺が調べてきたよ。一般的な迷宮と同じで階層構造。九層までは踏破はされていないけど突破はされている」


 モーリスが意外そうな目をする。どうやらジルが事前準備していたことに驚いているようだ。

 そのことにちょっと得意な気分になり、ジルは続けた。


「ただし、一層分がやたらと広くなっているから攻略されていないエリアは残っている。この迷宮が比較的安全とされているのは、自然発生してから変化が起きたことがなくて今後も起こらないと予測されるからだ。九層までは強い魔物が出るわけでもないしな」

「よく短時間で調べられたな。その通りだ」


 アビトが言うと下り坂が終わり、扉のような形に加工された入り口をくぐる。

 全員が迷宮の第一層に入ると、モーリスは感嘆の声を上げる。


「すごい、空なんて……」

「魔法で投影されているだけだがな」


 肩を竦めるようにしてアビトが解説を付け加える。

 壮大な景色にモーリスもリクもカルマも圧倒されそうになっているが、ジルは話を続ける。


「カルマは知っていると思うけど、今回の行き先は十層なんだ」

「つまり未踏破の階層を探索するんですか?」


 リクは驚きを隠せないようだ。

 初めての迷宮で自分たちで手探りとは思いもしなかったろう。


「そうなるんだよな。依頼者が探索した範囲の情報提供もないし、これだと野営していた位置をどうやって特定するればいいのか……」

「オレが魔力感知で探すつもりだったが?」

「魔力を帯びているものがあるとは限らないだろ。負担も考えると安易に使わない方がいいと思うな。カルマがいいならいいけど魔力を枯渇されたら困るぞ」


 リーダーだから使うといわれればジルには止められないが、魔力感知は使いどころが難しくて避けられるなら避けた方が無難のように思えた。


「それより、お前ら。乃公は後ろにいる。目的地まで四人で行ってみろ」

「分かってるよ」


 うっかりジトッとした目でアビトを見そうになるジルであったが、寸前で踏み止まり道具袋に手を突っ込む。

 数枚の丈夫な紙を取り出し、皆に見せる。


「九層までだけど地図。細かいところまでは写す時間がなくて大雑把だけど」

「お前、すごいな。オレなんて来てから考えるつもりだったな」

「私は何も考えていなかったよ」

「僕は時間がないとしか思っていませんでした……」


 感嘆するカルマ、目を丸くするモーリス、申し訳なさそうなリクの視線が地図とジルを行き来した。

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