03

 次の日、朝からアビトに訓練場に呼ばれて駆けつけると、既に来ていた三人と合流した。

 早々に試験の準備が始められる。


「建物から出なければ、何やってもいいぞ」


 アビトの様子からすぐに開始されることが分かる。

 やはり考えを共有する時間はない。ジルは双剣を握りしめた。

 アビトが四人よりも少し離れたところに片膝を立ててしゃがみ込むと、右手の平を地面につけて何かを呟いている。

 魔法だ――四人のうちの誰とも違うタイプだろう。どう来るつもりなのか考えていると、アビトの側の地面が盛り上がり大人の三倍ほどの背丈がありそうな土人形となる。


「ゴーレム? ……デカいな」


 ジルは呟く。ここまで巨大な敵は想定できなかったが、間違いなく予想通りボス戦ではある。

 アビトが立ち上がり、四人に向き直ると説明を始めた。


「こいつを倒せば文句なしで合格だ」


 言うと訓練場の隅まで行き、壁に寄りかかった。直接手を出さないというのは本当らしい。


「それと、こいつらは無限湧きだから気をつけろ」


 アビトが指を鳴らすと同時に、大人とと同じ背丈の土人形……クレイドールが無数に地面から湧き出た。


「試験開始!」


 同時に試験が始まった。


「ジル!」

「ああ、左から頼む!」


 モーリスが左に走ると、ジルは右に走った。


「リクくん! カルマくんの両腕に火属性付与お願い!」

「カルマ! 小さい方全部たたき割ってくれ!」


 二人とも視線も合わせずに、上手くやってくれることを信じて叫んだ。

 ボスと取り巻き――これがジルが思い至った形。

 あの時点では考えを伝えて作戦を立て直すよりも、決意を持って行動した方がいい。カルマとリクは信じて任せた方が役目に責任を持ってくれるだろう。

 想定外の敵に驚きながらも、カルマもリクも戦いを始めた。


「エンチャントファイア!」

「任せろ! おらあああああっ!」


 声を上げながらカルマは一体のクレイドールに一撃を放つ。赤い魔法の光を帯た両手での攻撃はクレイドールの胴体を粉々に砕く。

 上半身を粉砕されたクレイドールは地面に崩れ落ち、動かなくなると土に還った。

 水分をもっと多く含んでいたり、ドールそのものが水でできていたら違うやり方を模索する必要があった。ここは運が良い。

 最初の一体がやられたのを認識しているのかゴーレムとクレイドールたちはカルマに向かう。しかしその動きはノロノロとしている。

 あれなら、スピード勝負にも出られる。

 ジルは魔法武器を先端にフックをつけたロープ状に変形させる。

 そして、フックを外側に向けて回転させる。ただただとにかく回転力を上げた。


「いけぇ!」


 ジルは体を一回転させると同時に、渾身の力を込めてゴーレムの頭に目がけてロープを投げた。

 勢いがついた魔法武器はその先端のフックをゴーレムの頭部に引っかけて止まる。


「カルマ! リク! そっち頼んだ!」


 声を掛けると同時にロープが勢いよく縮むのをイメージする。念じるとロープがどんどん短くなり、ジルの体はゴーレムに向かって引き上げられていく。

 ゴーレムの頭部が目前に迫る。

 激突する直前に魔法武器を右手に集中させ、槍へと形を変えた。

 それをゴーレムに突き刺し、勢いを殺す。

 槍の柄を両手で握りなおして叫んだ。


「モーリス!」


 返事をするかの如く、大きな火球がジルに向かった。

 槍を引き抜き双剣に戻すと水属性の力を込めて跳躍。


「それっ!」


 ゴーレムに命中する瞬間を狙い、ジルは火球に双剣を叩きこんだ。

 二人で連携してのエクスプロージョンは、大きな爆発を起こすとともにゴーレムの頭部の半分以上を吹き飛ばす。


「あ、やべ!」


 それと同時にジルの身体も爆風に飛ばされた。

 焦っている間に空中に放り出され、突然周囲がゆっくりと動いているように見え始めた。

 魔法武器を握りしめて辺りを見回してみるが、自由落下する瓦礫が目に入るだけで引っかける場所が見つからない。

 このまま落ちて無事でいられるほどにジルの運動能力は高くない。――最悪、死ぬ。

 思考を高速で回転させるも、なすすべがない。

 死ぬことだけは何としても避けなければならない、と焦りが焦りを呼ぶ。

 その時、ゴーレムの破片が降り注ぐ中からジルに向かって何かが伸びてきた。


(――手?)


 気がついたと同時に反射的にその手をつかむ。

 誰かが助けに来たのか……でも、誰が? どうやって?

 混乱する中、体の側面から壁にぶつかった衝撃で我に返った。

 誰かの手を掴んでぶら下がっているらしいことに気がついて、上を見る。


「カルマ?」

「おう! 無茶したな」


 ジルがつかんだ手はカルマのものだった。もう片方の手は空中を握っている……いや、空中ではない。

 透き通る透明な分厚い壁の中に手が潜り込んでいる。

 壁に亀裂があるから、殴ってめり込ませたのだろう。


「せ、せんぱい……はやく……」


 下から叫ぶのはリクだった。

 地面に杖の頭をめり込まんばかりに押しつけているリクを見て、二人に助けられたことを理解した。



***



「くっはっはっ! まさかインプリズンを登るとはな!」


 アビトの笑い声が響く。

 無事に地面を踏みしめたジルがアビトを睨む。

 ジルがこのままでは落ちると、全員が判断した。

 直後リクが発動した魔法は空間を囲って中に敵を閉じ込めるクリスタルインプリズン。しかも規模は巨大なものになるそうだ。

 囲われた空間の中にはゴーレムの他、落下するジル、そしてクレイドールを破壊し続けていたカルマがいた。

 カルマは魔法壁を力業で登り、ジルに手を伸ばして助けた。――というのが、事の次第らしい。


「力業って何だ?」


 ジルは膝がガクガクしたままだったが、想像できなかったことが気になり訊ねてみた。


「壁を走って登っただけだ」


 さらっと返されるが相当な体力が必要なはずだ。

 何ともカルマらしい力業だった。


「そうか、二人ともありがとう!」

「礼には及ばないぜ」

「無事でよかったです」


 そんな中、モーリスは一人だけ表情を陰らせている。


「私は動けなかったよ。爆発の後のことも考えられなかったし」

「俺も考えてなかったって」


 ため息をつく幼なじみを励ましたいが、どう言っていいのか分からなかった。


「まあ、モーリスの場合は……」


 いつのまにか四人の側に来ていたアビトが会話に加わる。


「ごめんなさい。何とかしてくれるって思っちゃいました」


 ばつが悪そうにモーリスはアビトに頭を下げた。


「本番の戦いに乃公おれはいないからな」

「はい、気をつけます」


 アビトは今度は全員に向けて言う。


「試験は文句なしに合格だ。依頼は受けていい。最初は難易度の高すぎるやつは避けておけ」

「「「はいっ!」」」


 三人が同時に返事したのに驚き、ジルも慌てて頭を下げた。

 そのまま背を向けて去ろうとするアビトに駆け寄り、疑問をぶつける。


「ちょっと待て! あんたの魔法って何なんだ? 超越しすぎじゃないか?」


 あれだけ強力な魔法を使って疲れ一つ見せないアビトは、どう考えても普通じゃない。そう思ったジルは探りを入れる言葉を使った。


「そうか? 自然界の大いなる力を借りれば、あの程度誰でも達することが可能だ」


 返した! と、ジルは感じた。驚くジルに気がついたのか、アビトは片方の口角を上げる。


「乃公にも言えないことは多い。まあ、今日は解散するんだな」


 再び背を向けたアビトであったが、またすぐに立ち止まった。


「ああそうだ。ジル」


 アビトは手でこっちに来いと示す。

 多少いらついてたが、近づく。


「何だよ?」

「給料だ」


 分厚い封筒が手渡された。封はされていないのですぐに中身を確かめる。中には札束が入っていた。


「えっ! ええっ?」


 驚くジルにアビトはクッと笑い、今度こそ去って行った。


「あ、ありがとう」


 その背中に向かって感謝を述べるジルに、じゃあなと言わんばかりに手を挙げてみせる。

 アビトの後ろ姿に優しくて大きな人となりを感じた。

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