第10節「白鷲傭兵団」

「地平線まで続いてる……」


「『大長城』だ。黒壁とか黒門とも呼ばれていますよ、エル」


「へぇ〜。凄い……」


「観光じゃないんだぞ」


「そうでした!」


 まったく……。


 観光気分のリザードメイドどもがはしゃいでいる。人間はそれを止めるどころか案内する始末だ。


 俺だけか、真面目なのは!


「ソブリン、落ち着けよ」


「コノエ! お前の部下を躾けろ!」


「傭兵団の団長はソブリン様なので」


 と、一時、近衛連隊から外されているコノエが仕方ないですよと言わんばかりに肩をすくめた。そのムカつく顔やめろ。


……パリス陥落は、ピクトランド最高評議会を分裂させるには充分な衝撃だった。オルクネイの叛乱、それだけであったならば、立て直せたのだ。


 だがニホン国が介入した。


 オルクネイの銀血どもの解放のために介入してきたあやつらは、ピクトランドを決定的に崩壊させつつある。


 今や、内陸深くの大長城にまでニホンの名と、軍隊は到達しているのだ。ピクトランド最高評議会はことここに至って、民主的に決定的な分断を引き起こしている。


 最高評議会の陸海軍は私兵同然に成り下がり、各地での治安悪化に駆り出されている始末……と、言うのが現在のピクトランドだな。


 まあだからこそソブリン王国の外人部隊を中核にした白鷲傭兵団をピクトランドに差し込めたのだがな。


「こんなおっきな壁なんて作ってどうするんです? 人間て暇なんですか?」


 と、純粋無垢に蜥蜴頭が言う。


 蜥蜴頭にゲンコツを落とした。


 大長壁のウォールウォッチ──精鋭と犯罪者が半々の生涯、壁に縛られる哀れな兵士ら──が恐ろしい目で睨む。エルの発言直後、顔面が半分吹き飛んで片目が濁った角張った男が振り向いていた。


「北限域て言ってな、人類の文明限界線だ。この大長壁が境界になってる」


「いてぇ……先には何があるんです」


「魔物がいる。人間系の国は存在しない。魔物の世界だ。野人くらいはいるのだろうがな」


「う〜ん……」


「なんだ蜥蜴頭」


「紋章が大量に掲げられてます。いろんな人がここにいるならいったい、誰が大長壁を管理しているのでしょうか」


「一国だけでは維持できないから色々な諸侯や国が資金を持ち寄ってる。まあ資金問題が激しいがな。最近は魔物の襲撃も少ない。長命な種族のおっさんやらの現役時代は大長壁が無かった頃を知ってるから、心持ちがだいぶ違うしな」

 

 ソブリンも何度か特殊部隊を大長壁の先に送ったことがある。蛮地の一つがあったと報告があがっていた。


 オーガ。


 ゴブリン。


 ワイバーン。


 ラットマン。


 ジャイアント。


 スノーリッチ。


 恐ろしい数々の種族が厳しい環境のなかで無数にひしめき、闘争を繰り返している。日々数万の死者を出すような大戦争を延々と繰り返しているような連中だ。


 大長壁であっても、仮に、蛮地の蛮族どもが結託すればたやすく突破される可能性がある。


「まあ、それができるのは魔王くらいか」


 魔王か。


 自分で言っておきながら、今や空想に片足を突っ込んだ伝説の存在だ。数百年ごときでは足りないほど古い時代、長命種でさえ忘れかけるほどの古代の混沌とした時代の神代時代だ。


 魔王がいたという。


 蛮族を率い、纏め、幾千もの種族が滅ぶほどの大災害であった……と、読んだことはある。


 実在はしていた。


 これは間違いない。


 数千年程度では消えないほどの、痕は深々と刻まれているのは遺跡として残っている。大陸が砕け、月の一つは落ち、山脈が硝子になったようなのがそれだ。


 魔王か。


 ふっと笑いが浮かぶ。


 魔王に比べればニホンは大したことがないのか? ニホンを撃破するためには魔王が参考になるかもしれないな。


 大陸を消し飛ばす神話の魔王と比べれば精々、叛逆妖精が生き返らせたゾンビの英雄らのが凶悪かもしれん。


 努力すれば撃破もできるだろう。


 怠けるものではなくつとめよう。


 オルクネイとともにパリスを攻め落としたニホン軍は、必ず、この世界を破壊してしまう。根本の心理の違いを、強大な力をもつニホン自体が理解していない。ニホン人は、ピクトランド連合国の人間が全て、同じ人間だと考えている。


 だからこそ、ニホン人と同格として考え、同じように手を貸し、同じように話し、同じ基準で罰する。


 オルクネイへの同胞殺しは許せない。


 同族同士での戦争は醜いことだ、と。


 そして人間以外にも、同化した考えを拡大して、全ての系統をニホン人として見ている。ニホン人という枠に入れなくとも、生き様は全てニホン人と同じものであることを要求してくる。


 危険なのだ。


 どこかで止める。


 止めるためには、拒絶できるだけの力がいる。武力だけに限らない。民族、文化、ニホンに晒されたとき容易く捨てるのではなく、己の基準とするものを広めなければならない。


 パリスでは、オルクネイでは、できなかったからこそニホン化して陥落したとも言えるのではないか?


「呑気なもんだ……」


 蜥蜴頭どもが、大長壁の巡回のかたわらで、広大な見晴らしに感動していた。何もない白く化粧された大森林なんて見て何が面白いのやら。白い海と変わりなんてないぞ。


 俺がニホン軍で気をもんでるというに。


「お前ら身を乗り出して落ちるなよ」


 と、俺はコノエらに目配せした。


 蜥蜴頭が落ちてしまわないように、連中に気をかけてもらう。まったく、暇を作らせない連中だ。遠足じゃないんだぞ、遠足じゃ!


 エルが「そういえば」と指を顎に当てながら言う。待て、お前がうちの傭兵団に入ってから“それ”はろくなことがない!


 エルと同じ蜥蜴頭の傭兵、元近衛から左遷されてきた傭兵らが同じように引きつった嫌そうな顔をしていた。


「魔王のミイラが発掘されたとか」


 大長壁に鐘の音が響いた。


 一軒家よりも巨大な鐘は轟き、大長壁上の腕木通信が次々と文字を送り始める。ウォールウォッチらが忙しく武装して走っていた。


「白鷲傭兵団、集まれ」


 俺は傭兵団を手元に寄せた。


 ただごとではないようだぞ。


 俺の記憶のなかで大長壁が、小競り合い程度以上の戦いに入ったことはない。城の上から地上に、よじのぼってくる蛮人を叩き落とすことならば多少はあるが……今までと違うぞ。


「ん?」


 俺は目を細めた。


 地形に沿ってうねる城壁の遥か先に……何かが飛んでいるようだ。黒い粒のようなものが……。


 ウォールウォッチが兜を締めながら言う。


「ドラゴンゾンビ接近!」


 がしゃがしゃと武器らが人の手に渡った。


「大長壁の一部崩壊!!」


 ただごとではない事態のなかで聞いた。


 城壁上を部隊が列をなしてかけて行く。


「魔王が現れた!」

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