第20節「世界が動いた日」

「大馬鹿ものどもが」


「しかし陛下! ソブリン帝国の支配ははなはだ許しがたく、世界の半分の利益を独占しておるのですぞ。今こそが好機! 諸国はあのオルクネイの独立戦争での大勝利を眼におさめ、帝国は弱体化したと判断するに充分でした」


「ニホンとやらもいるからであろう」


「誠に信じ難い技術の国です。これならば、ニホンを巻き込めば帝国を!」


「ダーマ王!」


「王の中の王、ダーマ大王陛下!」


 絶望的な程に臣下の目が輝いている。世継ぎも無く、親族もみな死に絶え、ダーマ王家に別の血筋を迎える為にも、身を引いていた結果がこれか!


 オルクネイでの叛乱戦争から諸国は色めきだっていた。反ソブリンを隠そうとせず独立という若々しすぎる熱病に浮かれてしまった。


 何世代も恨み節にこぼす悲願ではある。


 世界帝国であるソブリンのくびきから外れるというのは、あまりにも魅力的な夢なのである。過去、どれほど利益をソブリンから享受したか、どれほど優遇されたかは関係がない。


 上で支配する者が、いる。


 それを引き摺り下ろせる。


 あまりにも輝かしいのだ。


「……正気か?」


 余は、我が子同然である臣下を見渡す。余に子はいない。であるからこそ国家を、ダーマ王国の国王であり父として尽くすのだ。余の血が絶えるのであれば、新しい血に変えてもダーマという父を継承させねばならない。


 子に報いる奉公だと信じていた。


 玉座の上で深く瞼を落とす。臣下は声高に戦争がいかに必要で、楽で、圧勝できるかを説いた。もはや我が子らの言葉は、冬の虫の鳴き声程の価値も無いものなのだろう。


 嘘を吐いていないのだ。


 だが真実ではないのだ。


 我が子らは信じきった。


 間違いでも信じれはそれは、真実だ。


 余は我が子らを見捨てるなどできん。


「王よ!」


「王様!」


「大王!」


「我らの大父よ!」


 我が子らが合唱する。


……我が子だけを死なせるわけにはいかん。余の首があれば幾らかは助命される……かもしれん……。


 目を開く。


 我が子を見渡す。


 誰1人が死んでも惜しい。


 だが幾度も経験してきた。


「軍を招集せよ、余の臣下らよ。今こそソブリンのくびきを断ち、我らは先祖の悲願である自由を手にいれようぞ」


 後には引けない。


 例え誰のせいであろうとも、ダーマ王国は今日、余の判断で軍を集めるのだ。


 各所に予備役の呼集が走った。


 神殿の柱には義勇兵の募集が。


 巷では素晴らしき戦争の季節が来たのだと、ダーマの国民を一致団結させようと演説が名士らの口から語られる。


 諸国の戦争だと、広まった。


 ソブリン“世界帝国”への叛乱。


 自由を手に入れる高貴な戦争。


 熱狂の病が広まっているのだ。


 もはや誰にも止められん、誰にも……。



「大帝国、双子女王の艦隊か……」


 海岸線に間に合わせで築いた陣地は、見た目だけであれば壮大な現代建築である。十重二十重の塹壕線が引かれ、浅海には膨大な鉄杭の林、更には各地の魔導工廠から引き出された得体の知れない兵器群が埋め尽くしている。


 しかし、なお──『あの艦隊』に劣る。


 緑の海を覆い尽くすのは、幾度となく見慣れた『平時塗装の白』の軍艦。戦闘用の迷彩を施す暇さえ惜しんで押し寄せたところを見るに、余程、ソブリン帝国は本気で果断をくだしたのだ。


 余は、あれに勝てるとは思えない。


 余の軍勢を見た。


 正規軍と、呼んでいないのに集まってしまった義勇兵らの連合だ。ギルドからやってきた義勇兵には重装備が不足している。支援する火力がだ。


 数にして──5万。


 大軍である。


 大軍であるが、全軍である。


 驚くほど短期間で戦略的に配置されたのは、精鋭であり国民の多大な協力あってのことだ。だが、余は、であるからこそ心が重い。


 勇敢な勇者どもである。


 今日、余と共に死ぬ勇者である。


 決戦の地などとは言えん。


 ダーマ王国の沿岸要塞群“黒曜の首飾り”の強化呪符処理されたコンクリート陣地、天上を張るトンネル型陣地に兵士らが無限に呑み込まれていく。


 更に後方には弩砲もある。


 対巡洋艦程度であれば、近づくことさえ不可能なダーマ近海の聖域を作る要塞だ。余はその場所で、旧時代では考えられないような、名誉なき薄暗い耐爆陣地の奥底で事態を待つ。


 士気は高い。


 声が、余の耳まで届く。


 どれほどが“地均し”を受けてなお、正気を保てるかわからない。想像を絶する火力の筈だ。


「ダーマ王。敵艦隊は目の前です。兵を戦闘配置につかせては……」


 総司令官補佐という肩書きを与えられた大臣が言う。彼は元々、外交大臣だった。ダーマ王国では冷遇される役職だ。彼は志願して、受け入れられた。


 戦争こそ、功績を立てられる。


 役に立つ行動が無い場所は国民からも冷たく見られる。それに彼は耐えられなかった。


 そういう者は多いのだ。


 戦争を渇望する理由だ。


「いや、まだ良い。それよりソブリンの通信には注意をはらうのだ。符号が変われば上陸作戦が始まるぞ」


「はッ!」


 古来、上陸戦とは難儀する。


 大軍の意思統一さえ簡単とは程遠い。いかに瞳力通信があろうとも何百万という人間を同時に動かすことは不可能なのだ。


 戦略的には待てば良い。


 より小さな戦闘単位であれば、現地の指揮官が判断する仕事である。今は待つしかない。


 腹が不愉快なほどむずがゆい。


 戦場では、落ち着けなくなる。

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