第19節「不慮の艦隊戦と相打ち」

「瞳力通信は妨害されているか」


「はッ。敵性艦隊がいるのかと」


「と、くれば、来るかね?」


 懲罰艦隊司令官であるデ・マヨ中将は、紳士な髭をなでながら伝声管の蓋を開けた。


「艦影と思われるもの発見! 距離50、数は4、全て巡洋艦クラスと推測します」


「オルクネイの通商破壊艦隊か?」


 デ・マヨ中将は訝しげに髭を揉む。


 しかしデ・マヨ中将は決断をする。


「総員、戦闘配置。艦隊は補足した未確認勢力を確認の後、敵対勢力であれば砲撃戦へ移行する。魚雷管と砲塔の発射準備をせよ。それと水中騎士の射出待機だ」


「総員戦闘配置。艦隊は補足した未確認勢力を確認の後、敵対勢力であれば砲撃戦へ移行する。魚雷管と砲塔の発射準備をせよ。水中騎士は射出待機」


 緊張が戦闘指揮所に満ちていた。


 旗艦“ドネジャー”最高の戦艦だ。


 クルーは精鋭であり装備も最新鋭、恐れるものは何もなく、ドラゴンの猛爆撃でさえも艦隊にはほとんど届かない……演習では、だが。


「そう緊張するな諸賢。のんびりとな」


 デ・マヨ中将はマイペースに言う。


 戦闘直前だというのにこの男は……私は帽子を締め直し、集中した。


「閣下。この空き時間を使われてお痩せになられますか。養豚のこつは適度な運動です」


「ははは。それも良い。だが私はどうも苦手でね。椅子に座らせてもらうよ」


 呆れたような失笑があちこちから出た。


 やはり、冗談は得意ではないな。


 ならばいつも通りでいけば良い。


 懲罰艦隊の編成を思い出す。


 オルクネイ海軍主力である仮装巡洋艦を駆逐するために高速戦艦2、特型駆逐艦12で艦隊を編成している。高速戦艦ドネジャーの28cm連装弩砲は極めて速い連射速度と長い射程を持っている。オルクネイの地上施設への艦砲砲撃も可能であれば実行することが任務だ。


 大型駆逐艦には各艦、単装砲で155mm自動弩砲が4門ずつあり合計で36門。それに水中騎士団のシャチが生物兵器として艦載されている。


 標準的な汎用艦隊編成だ。


「不明艦隊を目視で確認」


 双眼鏡を覗いた。


 低い雲の更に下。


 濁った空と海の狭間に、灰色の艦影が波間に時折現れている。報告にあった艦隊だ。


「提督。艦隊からの精神感応波であれば直接交信が可能であり警告することを進言します」


「うむ。やってくれ」


「はッ。精神感応室、指定の座標に対して精神感応通信を試みてくれ。内容は……」


 引き返してくれればいいが……。


 精神感応官は、灰色の艦隊からの返信を受信することができなかった。通常、平時において精神感応を自閉モードにすることはない。戦闘行動と捉えられて当然の行為だからだ。


「精神感応官、返信を確認できないか。過負荷で倒れている可能性は無いか。反射板での無機反応は?」


「いずれも無し」


 しばし目を閉じる。


 数秒も無い時間だ。


「提督」


「灰色の艦隊を敵艦隊と確認した。評価更新、灰色の艦隊をブルーへ。これより艦隊は威嚇行動を飛ばして戦闘を行使する。艦隊戦だ、水密扉を再確認、損傷への準備と持ち場を維持せよ」


 始まる──。


 ドネジャーが増速して、慣性で背中を引かれたような気分だ。訓練で慣れた感触を全身に受けながら、テーブルを握り踏ん張る。


「敵艦隊の砲炎を確認。数は32、誘導型。急速に接近中、着弾まで20秒」


「思算機へデータ入力、反撃しろ。敵砲弾の迎撃を開始と同時に障壁展開を同調させよ。防げよ、訓練と海賊狩りで鍛えた腕を見せろ」


 高速戦艦ドネジャーの心臓から、莫大な魔力が生成される圧力を感じた。分厚い侵魔処理された金属樹の装甲を波動してくる。


 どんな攻撃も防ぐ絶対の自信があった。


 だが白煙を引いた32発の法弾に、異質な何か、理の違うそれを感じてしまうのは経験不足だろうか。


 20秒後……いや、15秒後には迎撃されるか、障壁にぶつかるか、あるいは直撃するそれに悪い意味で実感が無い。


 固唾を呑む。


 気がついた時には体が飛んだ。


 敵艦の砲弾が幾らか命中した。


 艦橋近くに運悪く当たったのだ。


 爆風と破片が艦橋を包み込んだ。


 きっと戦闘への覚悟が低かった。


 どれほどの傷を負っても戦うという意志が弱かった。今、爆風で窓が割れ、吹き飛ばされた体を壁にぶつけられて、全身が痛くて仕方がなく、戦闘を継続するという考えよりも痛みに耐えることで精一杯だった。


「命中したのか!?」


 デ・マヨ中将らしくない叫びだ。


「ダメコン急げよ。医療班を!!」


「反撃を急げ! 次弾を放たれる前に回避運動を強要せよ。対空防御の復旧を急ぐんだすぐに第2波がくる」


 倒れた視線からではドネジャーが斉射する姿を見ることはできない。だがその凄まじい、山を揺るがす圧力は感じられた。


 何度かの斉射の後のことだ。歓声が響く。


 敵艦隊の1隻に命中し撃沈した、らしい。


 だがそれまでだ。


「総員退艦」


 デ・マヨ中将ではない誰かの声が、そう告げていた。医官の手を借りながら、徐々に傾きがキツくなる艦内から外に出る。


 あちこちから甲板から海へと飛び込んで脱出する、恐怖心を紛らわすための大声が聞こえた。


「ひでぇ……艦隊が全滅してる。みんな、みんな燃えちまってるぞ」


「あれを見ろ! 沖合に高い煙だ! 俺達が撃沈した敵艦があれだ!」


「敵は4隻じゃなかったのか……?」


 救命ボートが降ろされる揺れを感じる。


「副官、あなたの目は……」


 炎が、魔力が漏れる。


 肺に吸えば悪い作用があると士官学校では何度となく繰り返されたそれらを、わかっていても吸いながら走り抜けていくクルー達と共に、ドネジャー号の断末魔の軋みを聞いた。


「上空警戒!」


「いや、味方だ、ドラゴンだ!」


「ボロボロじゃないか!!」


 誰かが照明弾をあげていた。


──『デ・マヨ事件』。


 私が参加した海戦が、そう呼ばれたと知ったのは随分と後になってのことだった。


 デ・マヨ艦隊。


 ソブリンの、オルクネイ懲罰艦隊として派遣された女王の第4艦隊第1戦隊他、総数14隻の半数以上が大破ないし轟沈し、その中には旗艦ドネジャーが含まれていた。


 誓って、名誉のために付け足せば、これは高々数隻のニホン艦隊と遭遇した結果ではない。


 ニホン艦隊増援より飛来した龍母機動部隊による空爆が刺さったのも痛かったが……それ以上にソブリン帝国圏を揺るがす問題が敵としてあらわれた。


「あの艦隊はどこのだ?」


 救命艇で揺れる中聞く。


 誰もが怪訝に訝しんだ。


 遠雷のような魔力の高速飛翔音を聞く。


「撃ってきたぞ!!!!」


 反ソブリン連合艦隊だ。


 そんな情報初耳だった。


 あくまでもオルクネイ沿岸陣地への艦砲射撃というのが命令だったからだ。オルクネイへの楔を打ち、主従を明確にする為の手段、その筈だった。


 ピクトランドとオルクネイの大規模紛争に、ソブリンはピクトランド側として参戦することを決定していたからだ。大公の傭兵部隊からの情報が大きな決定力を持っていた。


 ニホンと強い軍事同盟にあると推測されたオルクネイを叩き、ニホンの橋頭堡の基盤を破壊する戦略方針だった筈だ。


 そこに反ソブリンで中堅国家軍が連合を組んで待ち伏せているなど会議では話にもあがらなかった。


 我々は罠に落ちたのか?


 ニホンを中核にした反ソブリン連合なるものの存在を我々はまったく知らずに、大艦隊と砲火を交えながらの撤退戦となったのだ。


 激しい砲火が交えられた。


 鋼鉄の聳える艦橋より尚高く、高密度の魔力を蓄積した弩の矢は炸裂して現実を引き裂き水柱をあげては一瞬で粉々の氷柱に変える。


 中には引き裂き矢と呼ばれる物もあり、これは命中した装甲や肉に対して複雑な捩れのみを付与された鏃だ。空中で分裂した小型鏃は戦艦を剣山に変えた瞬間、捩れ引き伸ばされた、下手な金属加工のような、血肉の区別なく刺々しく変え果てさせられた。


 荒々しく木へとノミを打ったかのごとくささくれ、内部のあらゆる構造を修復不可能なまでに破壊してくる。


 そこへ水上騎士団が出陣した。


 滑るように騎乗した兵士らが戦艦に接近しては、水中で、水上で、爆雷槍を突き立て、大破口から艦内に侵入してくる。


「敵騎兵団が来るぞ!」


 ボートの上が騒がしくなった。


 杖から魔力光が連射される独特な熱を肌で感じた。水面を滑走する魔獣の鳴き声が聞こえる。

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