第18節「最悪の嘘吐き」

「面倒が起きたものだ!」


 とは、俺も口には出さなかった。


 領事館の来賓室にはブラックローズ軍港での事件に責任を大なり小なり追う輩が集まっている。ブラックローズの提供主であるモォ首長、借りているソブリン、参加していて被害を受けた各国の人間に、そしてニホン人もいる。


 国際問題だ。


 大問題はモォ首長がソブリンに全責任があるとこの集まりでずっと叫んでいる。もう黙れとは思うが、ソブリン側も被害者だと考える人間は少数派だ。


 あろうことかソブリン側にも「我が国が租借地の使用を延長するための自作自演ではないか?」と疑う者までいる。


 待っていたのはニホンの外交団の一団だ。どうすることもできない。俺の立場はあくまでも通訳であり、モォ島の代理卿や首長のような権限なんてものはない。


 口を挟めないまま事態は転がる。


 場を支配しているのはモォ島の首長であるジョージ名誉騎士だ。でっぷりと肥えた腹と顔にふさわしい油ぎった声で言う。


 汎ソブリン語ではない。


 彼は通訳を使わずニホン語で話した。


「ニホン人、此度の我が島、我がブラックローズ港への謎の武装勢力の殲滅にまずは感謝を」


 モォのデブ首長は深々と頭を下げて蓄えた脂肪を不快に揺らしたあと、意味深にソブリン代表である代理卿やソブリン人に視線を送った。


 あたかもソブリン帝国が画策したが表向きには言葉に出せないが真実を知っていると言わんばかりの演技の目だ。語らずに、しかし実際はペチャクチャと喋っているのと変わらないだろう。


「……我々は友好国の脅威に対して毅然と対処したまでです。超法規的解釈での独断専行ですのでくれぐれもこの件は内密に」


「わかっておりますとも!」


 モォ首長は完全にニホンを取り込みたがっている。ソブリン代表がいて隠そうともしない。モォ首長には余程の自信があるのだろう。


 だがニホンの外交の政治部、外務省の役人は渋い顔を隠しきれずに苦々しいありさまだ。


「さぁ、モォとニホンは此度の事件を奇貨として国交を結ぶ実務者協議へとまいりたいのですが」


 これにニホンの外交官は慌てて反論した。流石のニホンも、ソブリン帝国の足元で、ソブリン代表がいる目の前で、その租借地と勝手に政治をやるつもりは無いらしい。


 モォ首長は違うらしいが……彼は「何か問題でも?」と見かけだけ柔和な表情で押し切ろうと迫っていた。


 ソブリン代表側がざわめく。


 モォ首長ジョージの暴走だとしても、あまりにも度を越えすぎているじゃないか!


「待ってください。モォとニホンでの国交を開設するにしても早急が過ぎます。それにモォはまだ混乱の渦中にあるのではないですか? 平和であると言い難い今の環境で話を進めるには、我々の権限を超えています」


 ニホンの外交官は毅然と断っていた。これには俺は少し驚いた。オルクネイでの強引な干渉をしてきたというのに、モォへの干渉の機会には斬り込んでこない。ニホンの国内状況が変わったのか?


 何にせよ、オルクネイとは別か……。


 ニホンの外交官は焦りを隠せないでいる。時間が無いということは見ればわかるのだが何を気にしているのかまではわからない。事件からさっさと手を引きたいと考えていると仮定すれば、モォ島から艦隊に犠牲を出す前に引き揚げたいわけか?


「わかりました」


 モォ首長のジョージは残念さを滲ませながら、深刻かつ重い声で演じて言う。


「しかしニホンの方々、これだけは覚えておいてくだいさい。ニホンが犠牲を払いながらも撃退したドラゴンは『ソブリン女王空軍』所属の重爆撃騎であることが調査で判明しています」


「なんだと!?」


 俺の驚きの声に、ソブリンの外交団が目を丸くした。ソブリン側にはニホン語が理解できる人間が用意されていない。ジョージが言ったとんでもない捏造が伝わっていない!


 ジョージは早口に続けた。


「かつてソブリンのドラゴンを撃墜した国は、国民の半数が見せしめに処刑され、残る半分は餓死させられました。王族はことごとく生きたまま串刺しにされ悲鳴が消える2日間も王城で晒されました。ニホンはソブリンに歯向かった国と同じことをしたのですぞ!!」


 俺が通訳してソブリン外交団に伝えるよりも早く、話は全て終わっていた。ソブリン外交団は即座に強烈な反論を飛ばした。


 だが、モォ側の大声と勢いに絡め取られて、モォとソブリンの外交に無駄な時間稼ぎを与えるだけに終始する。


 ニホンの外交団は、汎ソブリン語を完全には習得できていないようで基本以外の微妙な意味合いの単語が罵倒など、知らない言葉だろうものに完全に聞き取れていない。


 聞き取れたのは、ソブリン帝国がニホンに対して熾烈な報復を実行するということだけか!


「懲罰艦隊が来ますぞ! もう目の前に! ニホンの方々、腹を据えねば、我らを頼らねばソブリンは必ず貴方方に多大な犠牲を出しましょう!!」


 ジョージの口を縫い合わせてやりたい!


 紛糾した事件の合同会議は、真相ではなくソブリン帝国の脅威だけが強調されて終了した。


 ジョージの言う懲罰艦隊がモォ島に比較的近い場所にいることは事実だ。オルクネイ沿岸を砲撃する為、デ・マヨ中将が第4艦隊第1戦隊の高速戦艦を中心に編成したものがいる28cm弩砲を装備した艦だけでなく、他の小型艦含めて数十隻の艦隊だ。


「なんだと!?」


 ソブリンの外交官が、耳打ちされてから驚きの声をあげた。外交官の顔が青褪めるほどの『何か』だ。


 ニホン側にも軍人らしき男が、ニホンの外交官に話をしていた。深刻な顔でソブリン側を見ながら言う。


「懲罰艦隊とやら、どうやら事実ですか」



 懲罰艦隊との瞳力通信が妨害されてる。


 あのデブのモォ首長め絞め殺してやる。


 しかし不味いな……。


 手持ちのワイバーンとドラゴンを全て──武装は下ろした──空にあげて懲罰艦隊の発見に使っているがまだ報告はない。


 モォ島からの瞳力通信は妨害されて、懲罰艦隊への再確認がとれない。だが報告では、懲罰艦隊がオルクネイ沿岸ではなくモォ島の近海に進路を取っていることが情報に上がっていた。


 観測したのはモォ島の漁師だ。


『証言』まだついてきた!!


 オマケに哨戒のドラゴン部隊の大半は毒餌を食べさせられて昏睡している。最悪すぎるな。傭兵団で用意できた、あるいはなんとか徴発したのを全て足しても3頭だ。


 3頭で艦隊を探すには海は広すぎる。


 それに長距離飛行の訓練を積んでいないドラゴンでは、海洋を飛ぶのはすこぶる危険で消耗も激しい。


 ニホンの海軍は錨を揚げた。


 巡洋艦タイプが4隻だ。


 艦隊同士がそんな中で鉢合わせれば、十中八九、艦隊戦が発生するのは目に見えている。


「よく探せ。懲罰艦隊も索敵騎をあげているはずだ。水上だけでなく空にも注意するんだ」


 もし懲罰艦隊の司令官が、ニホンの護衛艦隊と遭遇したときの決断は容易に想像がつく。ソブリンの指揮の基本は攻撃的であれだ。


 負けそうなら全て敵に褒章としてくれてやる勢いで逃げるが……それはぶつかってからの話だ。


 ニホンは必ず、艦隊に対して命令する。それがどんな内容であれ、ソブリンの女王艦隊を昨日今日現れたニホンの艦隊が止まれと命令するのだ。


 許せる紳士などいるわけがない!


「艦隊戦になる前に見つけないと。ソブリンとニホンの全面戦争だ」


「前方、歪みの大渦! “魔王の悪戯”だ……こんな時に台風が発生してるなんて! 瞳力通信の不具合はこれでしょう!」


「艦隊がもしあの下に捕まっているなら、艦隊は自分の進路もわからないぞ。両手と目を縛って鼻だけで大洋を渡っているようなものだ」


 巨大な雲の塊が空に聳えていた。


 雲の壁だ。


 高く積まれた雲の下は、激しく魔力の雷を光らせ、ドラゴンさも避ける荒れた乱動に緑の海の波が白く飛んでいた。


「艦隊を視認!」


「なんだと!?」


 俺は双眼鏡を覗いた。


 小さな艦が幾つも、白波を立て進む。


「いや……ソブリン艦隊じゃないぞ?」


 艦隊が光る。


 横腹を見せ何十も光る。


 直後──。


 ドラゴンの周囲で色とりどりの爆煙に包み込まれ、大量の破片の豪雨に襲われていた。

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