第17節「死体が喋っている」

 花火の音が聞こえてきた。


 基地解放祭の夜の部だな。


「俺らて貧乏クジ!」


 と、ベイビルが自動杖を構えながら珊瑚質の建物の壁に沿って走る。声は瞳力通信だから外には漏れないが無駄口が過ぎるのは考えものだ。


「首長の子飼いを襲撃するんだ気合い入れろ、集中を絶やすんじゃない」


「しかしファレル」


「なんだ、ベイビル」


「三人は少ないぞ、せめてワイバーンの支援とかないのか。移動も徒歩だし」


「文句を言うな」


「おい、子飼いの犬小屋だ。見張りがいる。光学迷彩で三人、入口に二人、屋上に一人だ」


「よくわかるなオズジフ」


「ニホンの間違い探しの本で鍛えた」


「最優先は首長経由のニホンとの関係の証拠の確保。可能なら生け捕りだが捕虜はとらなくていい」


「見張りは花火を観てる。装備は高級だが、それだけの素人だ。やろう」


 花火が打ち上がった。


 砲弾の破裂にも似た音が轟き、光の粒が巨大な海神の姿としてモォ島を駆け抜けて照らす。音と光が照らすなか、首長の子飼いであり愛人の家の護衛が、同時に、何が起きたかもわからないだろうまま倒された。


 扉に鍵はかかっていない。


 照明は点けたままだな。


 二階から軋む音が響く。


 くぐもった嬌声と肉を打つ音。


 足音を魔法で完全に消して進む。


 一階の制圧は簡単だった。


 居間で談笑していた護衛は、扉が乱暴に開けられた瞬間、呆けた顔を向けたまま自動杖の抑制された魔法の熱線群に撃ち抜かれた。


「再起動の兆候なし」


「二階に急げ」


 階段を登り、部屋を開ける。


 悲鳴があがる。


 驚きの声もだ。


 しかしそれが意味を持つ前に、標的以外は処分して、標的を捕獲することに成功した。


「想像より簡単だったな」


「バカ、これからだろ」


 と、オズジフは机をひっくり返して書類束を次々と手当たり次第に回収していく。精査するのは仕事の範疇を超えているしな。


「しかし静かだ……」


 俺は部屋を見渡す。


 ベイビルが死体を処理しながら文句を言ってきたが、少し、静かにしてもらった。


 見通しの甘い首長だからか?


 子飼いまで面倒が回らなかった?


 外の見張りは最高級に近い装備だ。


 見た目だけで満足した程度の人間であれば、首長の子飼いは間抜けすぎる。ソブリンとオルクネイの間で寄生して生き延びるなどできないぞ。


「その子飼い、本物か?」


「少なくとも影武者じゃない。骨格と魔力紋は一致してる」


 と、ベイビルが死体を片付ける手を止めた。そして立ち上がり子飼いに近づく。


「妙だな……」


「どうしたベイビル」


「いや、俺もまだまだ勉強している最中なんだが……こいつの血、もう体の中で固まってる。死体みたいに」


 ベイビルが子飼いの体を触る。


 見た目では腐っていない子飼いだが、ベイビルが押した場所では、不自然なほど血の塊の反発があった。


 ただの死体とも違う。


 少なくとも生きている人間じゃない。


 ベイビルが触診していた子飼いの腹が裂ける、牙だらけの大口がベイビルの両腕を閉じようとした!


「うッ」


 俺は子飼いの頭を踏み潰した。


 オズジフが自動杖で子飼いの腹に魔法を撃ち込み、床を貫通して一階まで届いていた。


 やりすぎだ。


「罠か」


「いや──」


 ドカドカと押し入ってくる足音。


 軍人とは違う。


 素人ではない。


 喧嘩屋みたいな中途半端な足運びだ。


「──時間稼ぎだ」


 大声の奇声とともに、大群が押し寄せた。



「異常か?」


 瞳力通信で緊急の呼び出しだ。


 傭兵団が私用で設営している監視所が襲撃を受けた。賊自体は大したことが無く、対空対地で監視している星辰波の観測装置は無事だ。


 星の波動に干渉する物体を調べている。


 問題は奇襲をして何かがモォ島に侵入しつつあるということだ。悪いことに、それが何かがまだわかっていない。


「島影から所属不明騎。数は一〇、監視を擦り抜けて港を目指しているのを発見しました」


「モォの空中監視所はどうした」


「謎の襲撃で沈黙した、と」


 舌打ちしら。


「傭兵が個人的に持ち込んだ警備機材だけが襲撃から漏れたわけか……わかった。各方面に警告する」


 状況は想像より最悪だな。


 港にはニホンの軍艦もいる。


 各国の人間が集まっている場所への空爆となれば、被害が小さいなどということはありえない。ましてや、ニホンと政治的に対峙しているソブリンの軍艦は、別方面への懲罰に出ていて、モォには小型艦程度が警備に付いているだけだ。


 ソブリンが罠に嵌めた。


 宣伝されれば、反ソブリン感情のある中堅未満の国は簡単になびくだろう。勝てる勝てないの話ではない。


 感情が戦争へ突き動かす。


 腰の魔王の首がせせら笑う。


 俺は魔王に拳を当てていた。


 モニタを見た。


 星辰波がモニタに線上に表示され、反射があれば鋭く尖がる。他にも雲がかかったようにボヤけた濃淡が広がるモニタもだ。


 要員が星辰波受信機のレンジを切り替えて、侵入騎を正確に追尾する。


「……間に合わないか」


 双眼鏡を手にとった。


 窓から港を一望できる。


 島の谷間を抜けてきた一団がいる。アレだな未確認騎は。形状はドラゴンか。大きい。正規軍の重爆と同じ規模だ。なぜこんなものを見落とした!


 ドラゴンが急上昇を始めた。


……急降下爆撃の標準軌道だ。


 ドラゴンは腹下のジェットから青紫の炎を伸ばし白煙を引きながらあっという間に上昇していく。


 祭りを開催中の港ではドラゴンどもの登場をデモンストレーションのショーだとでも思っているはずだ。


「瞳力通信はまだ繋がらないか!?」


「ダメです。どこも、まったく……」


 ドラゴンが翼を畳んだ。


 高高度から頭が真っ下に向く。


 急降下爆撃が始まった。


 急降下で速度を増しながら、翼を畳んだドラゴンは最小の抵抗で風を貫くように飛ぶ。ドラゴンの口に発光現象だ。固く閉じられた隙間から微かに漏れる紫色の魔力光。


「間に合わん」


 それはか細い蜘蛛の糸のようだった。


 風に揺られてしまう、弱々しい光だ。


 ドラゴンの心臓が編み上げた高圧魔力のブレスは、停泊していた戦艦の上部装甲板を物の数秒で貫通し、更に多層で構成されている、対ドラゴンブレスで屋根のように張られた装甲群をことごとく貫通して船底を破り海水を沸騰させた。


 一度──たった一度の急降下爆撃。


 それだけで港にいた軍艦が一〇隻、ことごとく高密度液体魔石の誘爆を引き起こして大爆発の極彩色の炎で港を焼き尽くした。


 急降下から引き起こしたドラゴンが、キノコ雲の熱風の中から次々と飛び出していく。


 それで終わりではない!


 ドラゴンは水平飛行に移り、首を振りながら手当たり次第を目標にブレスで攻撃を繰り返した。


 遅れて、衝撃波が窓ガラスを割る。


「くそッ」


 頭の面積を最小に窓から出す。


 軍港にいた白い船が錨を切っていた。


 煙突から黒い煙を吐きながら、走る。


「白い船、ニホンの巡視船か」


 脱出しようとしているな。


 ニホンの船が動力をかけて緊急離脱をしようと加速している。錨を捨て波を立てて走りだすが……遅すぎる。


 襲撃する重爆ドラゴンを見た。


……?


 ドラゴンのパイロットは何をしてる。


 動きが妙だ。


 回避運動をとっていない。


 統制された法弾幕に無闇に飛び込めば、ドラゴンと言えどもバラバラに引き裂かれてしまうんだぞ。これじゃまるで自殺しに飛んでいるようじゃ……。


「!」


 ドラゴンが燃える体液を引いていた。


 黄色い煙をあげる体液は間違いなくドラゴンのものであり、空中戦などで傷ついたドラゴンには付き物なのではあるが……完全に奇襲に成功したドラゴンどもにはまだ誰も反撃をあげていない。


 ニホンの船が反撃に出た。


 ささやかな砲塔を回し、上空を向く。


──光だ。


 赤く燃える光が、その影に隠れた燃えない弾が無数にドラゴンへと襲いかかる。


 赤い星に捉えられたドラゴンは僅かな間、魔法障壁が激しく閃光したが、すぐにバラバラに引き裂かれてしまった。


 他のドラゴンも同じだ。


 皮膜を穴だらけにされ、手足が千切れ、海水と反応するドラゴンの燃える体液は海中で爆発を起こしていた。


 ドラゴンは全滅した。


 あまりに呆気なくだ。


 竜の断末魔も無くだ。


 ニホン軍には損害が無く、ニホン軍の圧倒的な技術の前にドラゴンがまるで無力だったかのような印象を演出していた。


 燃える軍艦にニホンの船が救命道具を投げていた。焼け焦げて海を漂う連中が、燃える海から逃げようとニホンに寄っていく。


「面白くない劇であったな」


 腰の魔王が退屈に鼻を鳴らす。


「魔力で見えていたぞ。まったく……つまらぬ肉人形を使うにしても下手すぎる」


 炎上するブラックローズ港の軍艦や施設、流れ出した竜の体液の炎上に照らされて、ニホンの白い船は救助活動に入っていた。


 双眼鏡から目を離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る