第16節「モォ島の爺」
オルクネイ本土から少し離れた島。
モォ島は、ソブリン帝国の租借地としての軍港があり、おまけで砂丘と遊泳の避暑地としての観光資源をもっている。
軍港と観光地の共存てどうなのか?
俺にはどちらも半端になるのではという素人考えがいつもよぎるが、それはそれとしてモォ島は発展している。
最近ではニホンの影響もある、か。
星形をした個性的な砂を観光客が集めている。砂と言っても、有孔虫という生物の死骸だ。星に見える。
俺は死骸の山にパラソルを差し、サングラスを掛けて折り畳み椅子に腰掛けていた。
水着姿の美女の尻を追う。
まったく揺れない平らな胸が、ほぼ下着な格好であるのに無防備に陽の光に晒されていた!
「オルクネイ懲罰艦隊が国際同盟の連合で六〇隻ばかしモォ島の南西二〇〇〇で消息を絶った」
と、まったく美少女と会わない話を隣のおっさんが挟んできた。あッ、美少女が散っていく……空気を読めない全裸リザードメイドが新入り種族であるゴブリンを海に投げて遊んでいた。
「モォにはオルクネイと違って直接の利権がソブリンにはある。ピクトランドへの橋頭堡だしな。港湾組合もうちの軍人、漁業組合もうちからのにすげ替えているのが伝統だが……」
「ニホンが擁立した首長がモォの実権をとってからは粛清の鉈が振るわれております」
「まったく。首長は自殺したいから暴れるし、ニホンに応援要請を送れば解決すると見られてるぞ」
「ニホンではなくオルクネイだろう」
と、タロルカン爺は訂正した。
艦隊を失って暇な海賊稼業だ。
ちょっとボケてきただろうか?
「評議会海軍残党を買い取ってから、白鷲傭兵団はオルクネイじゃ目の敵だ。モォ島からオルクネイに入れる道はほぼ無いだろう」
「ソブリン──ややこしい名前だな──雇われた身で雇い主に注文をあまり口出ししたくはないが仮にも評議会海軍の人間が多いんだ。海賊ばかりやらせていては士気に関わるぞ」
「タロルカン爺、海賊じゃない。モォ島代理卿の依頼での警部任務だ。書類上でも実務でもソブリン帝国海軍の一部なんだぞ、一応な」
ニホンの臭いが、モォ島で濃くなっているという情報もあった。元々、モォ島はソブリンとオルクネイが混在しているような場所だ。銀血の濃いオルクネイ人はともかく、浄化可能な銀血程度ならモォ島に暮らしている。
ソブリンとオルクネイの窓口ではあるが、オルクネイが外海に出てこないよう監視する要塞、そして諜報拠点でもあるわけだ。モォ島がニホンの手に落ちるのはよろしくない。
モォ島での要塞化と駐屯兵団の強化、ニホンに関する見識をということで大長城での魔王狩りでニホン軍と共闘した白鷲傭兵団も抜擢されたわけだが……。
俺は海浜に並ぶ出店を見た。
「焼きとうもろこしはいかが!? バターと醤油でこんがり焼いた一級品だ、この匂いを嗅いでくれ!」
「暑い日には体が求めるカキ氷! 甘い蜜は色とりどり! さぁさぁ氷が、甘味が、同時に味わえるなんてモォだけ! 買ってけ買ってけ!」
「焼きそばだ! パンじゃないぞ! 麺にしてピリッとしたソースで焼き上げている! 海と言えばこれ、浜と言えばこれ、モォ島に観光に来て食べないなんて遅れてるよ!」
ニホンの文化侵略だ。
出店にはソブリン語ではなく、ニホン語で幾つも旗があげられている。モォ島では現首長が公用語をニホン語にすると強行してもいるからな。モォ島はニホン語だらけだ。
ニホン人も少なからず混じっている。
「モォは変わったな」
と、俺は海に目を戻した。
海獣の形をしたフローターにまたがる美女が、胸と股に分かれた水着を着ている。ビキニ水着というらしい。
「儂は昔からモォを往来していたが来るたびこの島は変わっておったよ。……今回ほど極端はないがな。まるで小さなニホンか」
「タロルカン爺、モォ島はニホン軍を誘致するて話は本当だと思うか。確かに租借の期限は終わる。女王艦隊の駐留を正式に非難できるが」
「首長はそのつもりだ。ピクトランド評議会の瓦解、オルクネイの伸長、ニホンの存在が決断させている。首長だけではないからこそ前主張は退陣した」
「弱くて見限られる。悲しい話だ」
モォ人民族主義てやつか。
元々、オルクネイ人でもソブリン人でも無いからな、モォ島の先住民は。機会が来た、独立する、そのための後ろ盾にはニホンを利用するわけだ。
ピクトランド評議会が機能不全の弊害。
独立主義者ばかりが扇動しているよな。
「やだやだ」
観光地は観光地でいてくれ。
ニホン語を聞きながら陽に炙られた。
◇
ソブリン租借地、ブラックローズ港。
名前の由来は確か、海底の巨大珊瑚が黒い薔薇に見えることがあるからだ。黒薔薇湾て呼ばれているしな。
そんなブラックローズ港では年に一度、基地開放祭があり、民間人と基地の人間との交流がある。地域住民との仲良し作戦だ。
近くのソブリンの軍港から、ブラックローズ港へと移動してきた軍艦への体験乗船イベントが人気だが、ドラゴンの背中に乗るイベントの次くらいだな。ドラゴンは大人気だ。
そんな基地祭だが各国の武官や外交官、また希望すれば多少の外国艦も祭の一部として停留することが許されることがある。
「首長め、ねじ込んで来たな……」
それの存在は俺も知らなかった。
低い視認性にするためだろうな。
灰色の軍艦が二隻
警備用か?
白く塗られた船が一隻。
甲板の後方は平坦であり、飛行機械をあげるための空間を設けているのがわかった。
ニホンの軍艦だ。
「電磁波は?」
「通信に使っているらしき暗号化されたものは。しかしあのバカデカい板っころや小屋や傘は使っていないようです」
「そりゃそうか。引き続き監視しろ」
「はッ、ソブリン団長」
「油断するな。オルクネイの息が掛かっている。我らが女王艦隊とニホン海軍をぶつけるための画策があっちゃたまらんからな……ニホンのスマホとかいうアイテムの盗聴は?」
ニホンがモォ島のあちこちに設置した、基地局や中継装置の諜報担当が問題なし、と、指で合図した。
電子手紙を大量に、ニホン本土とやりとりしている。海底ケーブルてやつを敷いたからだな。今や、モォ島とニホンは一体だ。
「タロルカン爺、あの艦をどう思う」
「そりゃあお前、伝統兵器は論外としても、ソブリン本土の艦隊と比較しても劣らない」
「見た目はだいぶ違うぞ」
「見た目なんざ国で違うものだソブリン坊や。ニホンにはニホンの歴史と使い方がある。ニホンには魔法の代わりだしな」
タロルカン爺は望遠鏡を覗きながら、ニホンの軍艦の形を写しとっている。
「問題なのは、ソブリンとは違い、かなり誘導弾を重視している作りだ。主砲はささやかだが、艦橋と主砲の間にあるのは垂直に発射できる誘導槍の類いだろう。一〇〇は無いが相当数。追々数えよう」
「ソブリンは主砲が大きいからな」
「そもそも軍艦に対艦戦を要求しないのがソブリン式。ドラゴンに対艦を任せて、軍艦は対地支援や防空にしろ何にせよ、竜母艦の護衛が主任務だ。……ニホンは少し違うのか? いや、大量の誘導槍と探知装置は防空を向いている?」
タロルカン爺は自問自答を繰り返す。
ニホン海軍……海上自衛隊が参加させた一隻は、こんごう型護衛艦“みょうこう”とやらだ。
インターネットを使って“みょうこう”のおおよそを調べることもできた。数十年前に竣工したイージス艦と呼ばれる、高精度なレーダーと迎撃システムを保有する高価な軍艦だ。ABC防御で艦内は与圧……毒ガス攻撃は有効ではないな。
ドラゴン部隊による有毒ガスによる攻撃の効果は、腐食性だけに限定されるだろう。水中部隊は下げてしまうか?
探信音も強力そうだ。
水中の連中の保護装置がどこまで機能するやら。一応は、バケクジラどもの衝撃波の直撃に耐えるだけに重装備で海底に待機させている。
何事もなければそれで良い。
「うん、美味いな」
と、俺はモォ島の名物であるコカトリス焼きを口に運ぶ。スパイスはソブリンからの輸入品だが、モォ島でも栽培に成功しているものだ。硝子草──硝子みたいに口は切れないが光って鋭そうに見えるからだ──も、まぶされていてコカトリス焼きは好きだ。
今は、ニホンの文化に押されて、コカトリス焼きも古くて流行に遅れているもの、と、言われているらしいことを、コカトリス焼き屋のおっさんから聞いた。
「……」
窓辺にモォ島の『文化』が並ぶ。
夏の剪定で余った枝を使った茶木竜細工。海浜に打ち上げられたオバケガイの殻を磨いた工芸品。モォ島の隣人である小さなナエギトレントはモォ島の環境に適応して小さく、素早く、愛嬌に進化している。
コカトリス焼きをタロルカン爺に勧めた。
「モォ島は魚も美味い。……昔になるが人魚を食べたことがある。今では人魚を食べるなど否定されるがな」
「ニホン人なら特にだろうさ」
「人魚はともかく、浜にあがってきたニソククジラに踏み潰されて食い散らかされることも無い。今も悪くはない。クジラは美味かったぞ。クセが強いがな」
タロルカン爺がコカトリス焼きを食う。
俺はアブラウオの鰭の素揚げを食べた。
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