第15節「ガルガンチュア」

「火力を集中しろ!」


「人質ども下がれ!」


「陣地展開急げよ!」


 魔王がゆっくりと立ち上がる。


 水分の一滴まで乾燥し尽くして黄土色のそれは、だが少なくとも付近の町村から搾り上げた血を飲み干している筈だ。魔王軍はそのためにいる。


 瘴気が、死体を崩し始めた。


 腐っていた。


 毒を撒き黒いタールが広がる。


 24式が全力で後退していくが、タールはスライムのように24式に襲いかかり一両を仕留めた。24式は足をとられ瓦礫の建物へと激突する。塔が回り魔族を圧倒した法撃をするがタールには効かない。


「助けないと!」


「手遅れだリア!」


「展開完了。簡易術式は構築したよ」


「やれ」


 リザードメイドらは焼いた土釘を数十本と打ち込んでいた。土釘には術式が刻まれている。結界だ。結界が、魔王が放つ瘴気を抑えこみ重装瘴気対策であれば生存可能な環境を危うい均衡のなか搾りだした。


 魔族らが指先から黒いタールに変わる。悲鳴や命乞いをしようにも肺は既に腐り血ではなく黒いタールを吐きながら死んでいった。


「腐敗の魔王か……」


 聞いていたよりも恐ろしい。


 だが現代は古代とは違うぞ。


 魔王は、語らない。


 黒いタールが走る。


 ジュデスの瓦礫の下に入り、繋げ、巨大な人型を作り上げていく。瞬く間にそれは巨大となり、規格外だがドーレムと似た何かとなった。


「冗談だろ」


 城壁に手足が生えたようだ。


 ドーレムが、24式を一撃で叩き潰す。


 装甲も祝福もまるで意味をなさない。


 単純な重み、単純な加速、たったそれだけの物が24式装輪装甲戦闘車や重装備リザードメイドを轢き潰しながらジュデスを掃除する。


「化け物がッ」


 時間を稼がないことにはな……。


 ジュデスの奥底にいるのがまずい。


 だが外に出れば16式機動戦闘車らニホン人の部隊と、白鷲傭兵団の重槍隊がいる。人質奪還を優先して重火力を遠慮しているだけだ。


……しくじっても山崩しで時間を稼げる。


 伝書竜の報告をあげる時間は、作れる。


 24式にしがみつく兵や捕虜が運ばれる。


 リザードメイドは徒歩だ。


 その為にコノエら人間連中は町の外で待機させている。俺は最後尾の24式が減速した隙に飛び乗る。少し揺れるか。靴裏に装甲を感じた。


「デカゴーレムと魔王に攻撃を集中!」


 魔王はニホン人が杖を撃ち始めた直後、無関心だった虚な目で一瞥した瞬間、七色のシャボン玉らしきものを、子供が腕いっぱいに抱えて投げたように、それらを飛ばした。


「リザードメイド! ニホン人の前で障壁を立てろ! 未知魔法に注意して盾を使え」


 24式と併走していたリザードメイドの大盾がニホン人の前に城壁を作る。七色のシャボン玉は大盾を貫通し、リザードメイドらは咄嗟に大盾を放棄するが鎧を半ばまで貪り、得体の知れない魔法はようやっと止まる。


 溶けた鉄が雨滴のように散る。


 大盾は蜂の巣にされ真っ赤な穴が無数に開けられていた。そしてボロボロと崩れ落ちてしまう。……一二層の積層咒式と祝福の重ねがけした大盾だぞ。


「ソブリン団長!」


 と24式の崩れた装甲からだ。


 ヒガ2佐の乗る車だったか!


「ヒガ2佐! 俺達は後退するぞ。ありゃあ化け物だ。近づけん。外に引き出して大火力をぶつけよう」


 俺は生存者を纏めてジュデスの外への後退を指示する。勢い付いた魔族どもが調子に乗っているが24式の弾幕に挽き肉にされた。


 魔王と黒いタールはまだ追ってこない。


「良い知らせもある!」


 と、ヒガ2佐は銃剣で、24式に飛びついたゴブリンの剣を受け止めていた。俺はそのゴブリンをクレイモアを短く持ち斜め十字に伸びるヒルタ(鍔)で脳天をかち割った。


「助かった! 良い知らせは『10式戦車』が応援に来てくれることだ。山道を自走してすぐそこまで来てる」


「10式? なんだそいつは。なんでも良いから魔王ぶったおす魔法はなんでも欲しいぞヒガ2佐」


 俺達はジュデスの城門から出た。


 ジュデスの外で待機していた16式機動戦闘車とか言う奴が、塔を回し、105mm法撃でしつこい魔族を蹴散らし、魔王にも法撃する。


「あッ!」


 16式は瞬きする間に、薄氷のように砕け散った。16式の半分が飴細工のように白く伸びながら消滅していた。


「生きてる奴を助けてやれ!」


 リザードメイドらが燃える体のニホン人を溶けた鉄から助けだす。助かるかは知らん。俺は医者じゃないんだ。


「来たぞ」


 魔王とタールのドーレムだ。


 ゆっくりと歩いた。


 城壁に手を掛けた。


 背が伸びたかのように感じる。


 巨大で深く黒く城より大きい。


「こっちもだ!」


 ニホン軍の切り札が出た。


 鋼鉄魔獣が咆哮をあげた。


「やれるのかコイツは」


 鉄の箱だ。


 かつてパリスの黒門を破壊した奴だ。


 ヒガ2佐の言っていた、10式戦車。


 44口径120mm滑腔砲。


 弾頭はAPFSDSと呼ばれる徹甲鏃を装薬の高圧で飛ばすもの……らしい。


──法撃した。


 衝撃波で内臓が潰されそうになる。


 凄まじい圧力から投げられた力だ。


 一撃で魔王のドーレムを貫通し、内部にいた魔王を消し飛ばし、貫通した法弾は何件もの石造りの建物を貫き魔王軍生き残りを挽肉にしながら横転して城壁に喰いこんだ。


 一撃であった。


 黒いタールであってさえ、魔王が深手を追ったことは、タールを穢す魔王の銀血から明らかだった。タールは銀血から逃げるように身を捩り弾け、人型をした瓦礫は崩れ落ちる。


 魔王が死んだ。



「えらい疲れた。ヒガは報告と処理はもう片付けたか?」と、俺はコノエと半々にした魔王討伐の事後の後処理を終えて背中を伸ばす。


「……終わらんよ、ソブリン」


 ヒガ2佐は戦闘の疲れのまま書類仕事を放棄していた。まあ後でやれば良いしな。


「魔王め、あっけなかった」


「首が見つかってないが……徹甲弾の直撃を頭に喰らったうえにあのタール……見つかりはしないだろうな」


「首級が入り用だったのかヒガ」


「いや。……まあどうでもいいな」


「ヒガ、飯でも食べよう。リザードメイド共が勝手に飯を作り始めてる。あれは、お前らも一緒だと勘定に入れてるぞ」


「失礼を承知で遠慮させてくれ。俺達は食うも戦うも勝手にできない身分なんだ、ソブリン」


「気にしないさ、ヒガ」


 ヒガの偵察戦闘大隊の大半は既に帰り支度をしていた。損害も出ているのに忙しい連中だ。袋に詰められた死体が車に積まれていた。魔王討伐の戦死者だ。


 大勢死んだ。


 ヒガもそれを見ていた。


 ヒガは拳を固めていた。


 俺は何も語りかけない。


 克服していくべきものだ。


「ソブリン」


「なんだ、ヒガ」


「俺は、この土地、いや、この世界に来たとき、この世界の生き物を殺した」


「今だって殺しまくったろ」


 ジュデスは血の海だ。


 混乱する魔族への追撃での戦果が多いが、乗り込んで倒して回ってるじゃないかよ。今更だろ、よくあることだが魔王は早々ない。


「……いや、リザードメイドをだ」


「傭兵やってりゃそういうこともな」


「違う! ソブリン」


「……まあ俺は何を聞いても、そうか、としか返せないが聞くだけなら聞くさ」


「ありがとう、ソブリン」


 ヒガ2佐は告白した。


 オルクネイで、準人間種族への保護活動に従事していたこと。エルフの救助の際に、モンスターと誤認して警告無しでリザードメイドへ攻撃したこと。後になって保護したエルフから、リザードメイドの一団は同じ難民だと知ったこと。


 聞いた俺の答えは決まっていた。


「そうか」



「ソブリンー!!」


 リザードメイドの唾液まみれで酒臭い口に次から次へと甘噛みされていく。頭からだ。コイツら裸で踊って肉を食いまくってやがるが今回は宴だ。


 なお、コノエら人間組は逃げた。


 全員が酔うと困るでしょう?


 というもっともな理由でな!


「メスに囲まれて嬉しいだろ!?」


 と、リザードメイドが鼻息を鳴らしながら俺の体をまさぐってくる。隠れてさえいない会話聞いてたぞ、もうオスならなんでも良いと言ってたろ!


「あはは……他の種族のオスを略奪してこないよう贄になっていただきありがとうございます、ソブリン様」


 エルがしゃくしてくれた。


 注がれたのは蛇血酒だ。


 キツい酒だぞこれ……。


 俺は、一息にあおった。


 リザードメイドの歓声。


 胸が焼けるように熱い。


「蜥蜴頭、毎回、毎回、暴れすぎだ。なんとかしろ。性欲発散の道具は経費に入れてただろ処理させろ!」


「ですからソブリン様はまだ安全です」


「確かに……」


 俺は納得してしまった。


「ニホン人はどうした?」


 俺は我儘連中に酒をしゃくしてやりながら、適当なリザードメイドに訊いた。


「魔王討伐の任務を終えたからてすぐに帰って行きましたよ。例の10式とやらも、デカいドラゴンが迎えに来てました!」


 ヒガ達はやはりもう発ったか。


……10式『戦車』が自走で帰れないのは重量や接地面積の広い足から想像はできる。だが『ドラゴン』?


 俺は酒を一口含む。


 ニホン人の展開を支援している勢力か。


 オルクネイの連中が影で、魔王討伐に関与していたというのは初耳だ。それともニホン国は外交を飛ばしているのか?


 銀血共に手を貸したニホン国を。


「あッ」


 俺の酒が蜥蜴頭に盗られた。


 蜥蜴頭は一息で飲み干した。


 蜥蜴頭は舌舐めずりしながら、俺を抱き上げる。いや、なんだ!?


 ごずんッ!!


 凄まじい音が響く。


 蜥蜴頭は白目をむいて倒れ、俺は尻から地面に着陸だ。いったいなァ!!


「ソブリンの坊ちゃんは丁重に扱え。希少な童貞なんだ。手荒に扱うなよ、処女のように接してやれ!」


 と、角が整えられた生木の棍棒を持つコノエが言う。リザードメイド達がドッと笑いに湧いていた。


 笑いどころと違うぞ。


「無事ですか、ソブリン様」


「コノエ。お前が誰彼かまわずあの冗談をとばすせいで、どいつもこいつも俺が童貞だと間違った形で知れ渡ってしまったぞ」


 コノエはニッコリするだけだ。


 童貞であることを否定も肯定も無し。


「ところで魔王討伐の功績は白鷲傭兵団は保留だそうです。四八賢人が待ったをかけて、どうも褒賞は流れそうです」


「死んだリザードメイドにはソブリンから金子を充分に出しておけ。ケチるなよ。親族がいないやつで財産が白鷲傭兵団に寄付される物は慎重に扱うことを忘れるな」


「抜かりなく、いつものように」


 傭兵団の利益なんて元々ない。


 ソブリンの国庫、人外連隊からの持ち出しだ。と言うよりも、ブラッドエンジェルガーズ連隊の一部という書類の扱いだしな。


……ちょっと不味いが……。


「そういえば」と、蜥蜴頭のエルが青い鼻血を流しながら言ってきた。


「魔王の首は行方不明のままだそうです。どこに行ったのでしょうね。そういえばソブリン様はどうして魔王退治なんかに参加したんですか?」


 すっごい怖かったですよー、と、エルは怒りながら角杯から溢れる酒を飲んでいた。


 宴では誰もが、死んでいったものに儀式と祈りをあげ、そして食い、飲む。腹が満たされたリザードメイドや人間はすっかり眠りこけ、今日、散っていった者のこと忘れない夢を見る。


 リザードメイドが寝静まる。


 すっかり体を丸めて、寝た。


 コノエらが呆れたように残業で、リザードメイドの代わりの警備に立っていた。


「……」


 腰の『首袋』がもごもご言う。


「魔王様、魔族に裏切られて二度は殺された魔王様、今度は人間を救おうと手を貸してはくれないか?」


 影から蛮族の頭領らが静かに姿を出す。


 平伏し、忠誠を誓うのは、どいつもが、名有りの大勢力を率いている蛮族頭領どもだ。不可思議な技術、強靭すぎる体格、数百万にも膨れあがるだろう連中の頭ども。


 手に入れるべきものはあった。


 暴れていた首袋は静かになる。

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