第14節「鉄竜部隊」
「クレイモアくらい研がせろよ」
「お前は研ぎすぎで薄いんだよ」
と、話していたときだ。
ニホン人の天幕を見ていれば、ニホン人が慌てた様子で入っていく。只事ではない。そして魔王討伐の待機中とくれば……。
「捕捉したか」
クレイモアを鞘にしまった。
状況は、俺にもすぐにきた。
白鷲傭兵団を招集した。
急げ、急げ、仕事だぞ。
「偵察隊のワイバーンが見つけた。先見が魔王と触接したが手勢に阻まれている。我々は味方が壁を作った戦線を迂回して魔王を強襲する。勇者組だ。魔王は強力な魔法を使う、積層咒式は五型の重鎧にしろ。魔力に当てられて近づく前に死ぬぞ」
「極限汚染環境戦だ」
と、エルがコノエに言う。
ミイラ魔王だけじゃない。
ニホン人からの伝達では、周囲の蛮族どもが平伏して、魔王軍を既に編成しつつある。早急に手を打たなければ、今は盗賊や亜人の少数部族程度でも、必ず国家でなびき人類生存圏をおびやかすだろう。
発生初期で捕捉というのは幸運だ。
そして、不幸な話はこれからだぞ。
既に町が陥落していて、周囲の村一帯を含めて『食糧調達』を完了しているということだ。
あの霊山ウーレイアの都市だ。
「げぇー、黒曜山なんだ」
「ニホン軍は大丈夫か?」
「NBC戦……毒の環境でも大丈夫なよう装備を付けてきた。安心してくれ、ソブリン団長」
と、ヒガ2佐は昆虫の頭みたいなマスクを見せてくれた。マスクは横に向かって頰を膨らませた形になる缶が付いている。
「それに秘密兵器が届いた。任せろ」
ヒガ2佐の後ろには、見慣れない車両が一両いた。たぶん、こいつのことだろう。
緑の箱だ。
少し16式機動戦闘車と似ている。だが遥かに大きく、塔の上の杖は16式よりも太く、その塔は巨大で分厚く楔の形をしている。なにより足が違う。16式は他の車両と同じ、ゴムとホイールなのだが、新しいこいつは鋼鉄でできた部品が幾つもの車輪に纏めて前から後ろまで一つの繋がりになっている。
「まあ……頼りにしてますよ」
と俺も白鷹傭兵団の準備に入る。
エルが嫌に“にまにま”している。
「魔王の瘴気で死ぬよ」
俺はエルの頭をはたく。ぺしん、と乾いた音がよく響いたが、皮も鱗も分厚いエルの頭にはまるで響いていないだろう。
「死にそうになったら助けるぞ。瘴気抑制の簡易陣地展開の装備を忘れるなよ。いいか? 目標は魔王の討伐だ。瘴気さえ越えられれば、ニホン軍の火力が頼りになる。白鷹傭兵団にはウォージャックがいないからな……略式勇者装備なしで魔王と戦うんだシャキッとしろ!!」
「……はい……」
エルの尻尾がしょんぼりした。彼女はのそのそと左右に揺れながら帰る。俺はそんなかのじょを引き止めた。
「エル、俺は細かく指示はできない。まあエル、頼りにしているぞ。頑張りすぎず急ぎすぎず慎重にやれ、お前は強いからな」
「はい!」
エルがドスドスと走っていく。
あいつ、また大きくなったか?
◇
ジュデス植民都市──。
霊山ウーレイアの、山の下の都。
かつては霊山を縦断する裂け道の交易拠点で賑わっていたが今ではそうじゃないようだ。
城壁に血が滴り凍っていた。
悪趣味な標本が並んでいた。
それと門は完全に破壊されて、今は少数の兵力と間に合わせの障害物で塞いでいる。大した兵力じゃない、突破は容易いな。ただし中に入ってからが問題か。
「魔王『軍』が見える。それに生け捕りされている人間が中央広場。食肉市馬だな。大型、小型、大型、小型、小型……掃討戦の網を逃れた蛮族は多様性に溢れているらしい」
魔王の拠点を補足したのは良いが、少し厄介な状況だな。魔王軍になっているのはともかく……魔王本人と軍勢か……。
俺は斥候と一緒に、魔力を封じてジュデスを見下ろす。距離はかなりあるし、魔力を消し、氷瀑を山登りして付いた観測地点だ。
高台は戦略的に重要だが見張りをしていたゴブリンは串刺しにされ、死んでも立ち続けて手を振っている。声帯虫のドローンをゴブリンの喉に寄生させて、声は既に採った。
まだしばらくは気づかれない。
なんとか、ジュデスが見える。
『山の下』だからな。
黒曜石を掘り少しずつ沈む都ジュデスから弱体化した魔王が攻撃してきても、大長壁よりも分厚く魔法を溜め込んでる霊山を貫通はしないだろう。
「どう見ても強襲になる。道は広いか」
「ヒガ2佐は24式での中央広場まで突貫と人質の救出を提案しているけどどうなんですか、ソブリン様」
と、防寒具のエルが言う。
「装甲に祝福はした。ウォールウォッチに大金を積んだのは蜥蜴頭を黙認させるためじゃない。ニホン人の力、観察させてもらおう」
「ソブリン様まで鉄箱に入る必要性は無いんじゃないですか。死なれたら困りますよ……」
「お前らがもっと色々できるようになったら、その時に任せる。今回は命を張ろう」
「魔王相手に楽観すぎです。そもそもソブリン様、なぜ魔王退治なんかに……」
俺は先見と一緒に、頂上から氷瀑へ飛び降りた。命綱を軋ませながら氷瀑の上を棘だらけの靴で数百メートル真下に向かって走り降りる。
コウモリ供に見つからなかったのは幸先が良いな。悪趣味な城壁の飾りをニホン人が見たらどう思うかが問題か?
「ソブリン様、どうしますか?」
氷瀑を蚤のごとく飛び跳ねながらコノエが言う。白い息さえ吐いていない。
「一刻を争う。門は破れていた。火力を集中して一当てする。蛮族を打ち倒しながら人質を救出、ダメなら街道を破壊して絶ち、空爆を要請しよう。山を崩してジュデスごと沈めるというのはどうだ?」
「乱暴すぎです」
「体力を残しておけ。市街戦だ」
「はい、ソブリン殿下」
◇
人間の子供の手を引いていた肥満のトロルの頭が半分吹き飛ぶ。しかしトロルは頭を半分無くしても、残った目と脳で睨んできた。
ニホン軍の重杖が更に単発で飛ぶ。
トロルは腕を皮一枚で繋げ、ブラブラと揺らしながら咆哮した。全身に法弾を浴び臓腑をぶちまけながらやっと倒れる。内臓の、頭の痛くなる糞混じりの臭い。
人間を喰った臭いだ。
ニホン軍偵察戦闘大隊の24式装輪装甲戦闘車が素朴すぎる脆弱な障害をドーザーで跳ね飛ばしジュデスへと突入するやいなや、蛮族を蹴散らし巨人の槍騎兵のごとく疾走する。車体上の塔を旋回させ、象の鼻腕のように太く長い杖を振り向ける。
数を数えられるリズムで重々しく鳴り響く法撃は、30mm機関法弾であり祝福無き城壁であれば容易く打ち砕く物が、たむろする蛮族種族を横薙ぎに襲撃する。
山のトロル、山のジャイアントでさえ一撃で四肢を粉砕され千切れ飛び、その肉片と血が凄惨な惨劇を形成した。
それだけではない。
30mmと同軸に装備された7.62mmチェーンガン呼ばれる物が猛烈な連射と破壊力で蜂の巣にされた魔族を積み上げていく。
そのような24式装輪装甲戦闘車が四両、ジュデスの大通りを最高速度で跳ね、死体をドーザーで跳ね飛ばし、踏みつけ、中央広場まで啓開する。
荒々しい。
御者なら失格だ。
ドーザーが中央広場の女神の噴水に激突するかのようにして止まり、塔を四方八方に向けて魔族を片端から撃ち払い──24式の腹から飛び出る。
最初に飛び出たのはおびただしいドローンと暴風の羽音。召喚獣である使い魔が全方位へと飛び立ち手当たり次第に魔力暴走による自爆攻撃で制圧した。
そして俺達が足を下ろす。
「観測地点を確保してやれ。120mm迫撃法撃とやらが今か今かと待っているぞ。アイルの大砲はデカブツどもを寄せ付けるな、撃てば死ぬ、敵を倒せ」
魔法弾が飛び交う。
魔族の放つ光の重矢は、24式の装甲に当たり、塗料を焼き装甲を高熱にするが貫通はしていない。祝福の成果か。
「なんだ!? 魔法は検出しなかった!」
「対装甲鏃、ダメ! デカブツ、いる!」
魔族が彼らの言葉で喋る。
逆探が容易いな。
「エル、脅威度の高い連中からやれ」
俺が言い終わる前に、恐らくは重機関杖のチームを組んでいたゴブリンが建物の一角ごと吹き飛ばされた。
弾幕のなか狂乱したゴブリンが槍を突き出し加速魔法で俺を狙うが、近づく前にニホン軍の杖で蜂の巣にされた。ゴブリンが光りだし爆発する。よくあることだ。
「中央では良い的にされる。24式は予定通り後退してくれ。この区画であれは狭すぎる。白鷲傭兵団が受け持つ。ニホン人は人質を解放して積み込み、さっさと下がられよ」
俺はアイルの大砲を片手で撃つ。
魔法学校が見出した、筋力と宝石による芸術の欠片もない魔法が、ジュデスの石造りの建物に隠れたオークを壁ごと粉砕する。その隙に肉薄してきた抜剣兵のオークを兜ごと頭上から股間までクレイモアで叩き割る。
「エル! 壁を頼む!」
蛮族と変わらぬ咆哮が震えた。
リザードメイドが“衝撃”を付与された長柄のメイスを展開してゴブリン歩兵の波に飛び込んだ。メイスが振られるたび数人の重装備ゴブリンが空を舞い、時には興奮しすぎたリザードメイドがゴブリンを頭から喰う。
「人質がいることを忘れるな!」
と、俺はオークの首を切り飛ばす。
ニホン人も交戦していた。杖を振り向ける、鉛玉の一連射が、鎧に火花をあげて、オークを打ち倒した。
ニホン人は蛮族の巨躯に圧倒されていた。
ゴブリンなどもいるが、オーガやオーク、ましてやトロルやジャイアントと正面から対抗するには熟練兵でも克服の難しい恐怖だ。
ジャイアントが奇声をあげながら、ニホン人の杖の集中射撃を浴びているというのに、血塗れの肌で走ってくる。
「うわぁ……」
ニホン人らが後ずさり、その背中が、間断なく法撃を続ける24式の装甲を背負った。
ジャイアントが汚らしい歯を剥き出しに迫るが……次の瞬間、その上半身と下半身の間で爆発が起き、泣き別れに千切れた。
「大型モンスターには擲弾を使え!」
と、ヒガ2佐が杖の先端に寸胴な火箭を、杖槍のように差し込んでは、放つ。それは鈍い噴進の音で飛翔して爆発した。
崩れたジャイアントは腸を引きずり迫るが、ニホン人は恐怖を命令で上書きして、機械のように忠実に遂行した。
ニホン人の杖が光る。
真鍮色の物が杖から舞う。
石畳の上を甲高く跳ねた。
「魔王軍が崩れたぞ」
魔法の雨のなか、鎧が、若木の葉を打つ雨のごとく魔法弾を受け流しながら進み、魔族が奇襲から立ち直る前に中央広場から追い出すことに成功した。
「ニホン人、さっさと人質を!」
迷彩服のニホン人らが、中央広場に置かれた無惨なジュデスの民を次々と解放した。彼らは、彼らの隣人で作られた骨の檻の中ですっかり憔悴しきっていた。一人では歩けず、あるいは脱走した後の仕打ちから激しく抵抗して、ニホン人二人がかりで運ぶ。
「不味いな。エル、半数を使って人質を24式に詰めこめ。長くは保たないぞ、蛮族はバカじゃないすぐに再編して逆襲に来る!」
急げば間に合うはず。
俺は楽観しようとした。
だが──影が落ちる。
「上空!」
リザードメイドが、倒したジャイアントごと空から落ちてきたものに潰された。暴風が吹き抜ける。だが僅かに動きを止められる程度だ。
「うわッ!?」
ニホン人はそうはいかないか。鉄兜に森林迷彩の男が飛ばされかけたのを救出する。リザードメイドらも手近なニホン人歩兵を救助する。
「す、すまない、ありがとう!」
「……礼は早そうだぞニホン人」
想像よりもずっと速く来たか。
「魔王か……」
「魔王だ……」
激しい喧騒が一瞬で静寂した。
たった一人の登場でだ。
しかも生きているかもわからないような、ほとんど死体のようなミイラにだ。
魔王が──来た。
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