第13節「トカゲとカメ」

 蜥蜴頭と緑人が交流していた。


「まるで鉄の亀か鉄の馬車ですね」


「ちょ、ちょっと少し用事をです」


 白鷲傭兵団とニホン軍偵察戦闘大隊の面々は、お互いおっかなびっくりしながら少しずつ距離を縮めている。16式機動戦闘車を自慢気に話していた隊員がヒガ2佐に怒られていたり、対戦車ミサイルなるものや電子機器の説明を教師のごとく語っていた隊員もヒガ2佐に怒鳴られていた。


 16式よりもさらに最新である24式装輪装甲戦闘車の人員が裏でこっそり、まだ実戦配備は内緒なことをリザードメイドの子供に自慢気に話ながら乗せている。そんな微笑ましい大問題に、ヒガ2佐が大股で近づいて殴られるまで気がつかれていなかった。ヒガ2佐はシノビかもしれんな……。


 ニホン人を笑っている場合じゃない。


 俺は、蜥蜴頭が『アイルの大砲』についてペラペラ喋っていたので拳骨した。仮にもソブリンの対ニホン軍兵器だぞ、まったく。


「仲良くしすぎも困りますな」


「悪いことでは無いのですがね……」


 と、ヒガ2佐は異文化交流の中で憔悴しているようだ。大丈夫なのだろうか。ニホンではリザードメイドに限らず、ワーメイドやらなりで異文化に晒されないのかもしれない。


 ということは本当に人間だけなのか。


「どうかされましたか、ヒガ2佐」


 ヒガ2佐の表情は、ゆるい部隊交流に呆れているというよりも、より緊張していて硬い。リザードメイドなんて亜人種──これもややこしい分類ではあるのだが──と、いきなり人間のように振る舞えというのが無理だろう。


 ソブリン育ちでも特殊だ。


 ソブリンには人外連隊いるからな。


 コノエや俺は亜人と縁が昔からあるし、王族や皇族は人外連隊の名誉連隊長を必ずつとめる。帝国だからな。


 まあ普通は抵抗があるものが少なくない。


 見た目も文化も何より心が違うのが多い。


「慣れていなければリザードメイドは厳しいでしょう。我々は傭兵団に組む程度は慣れているのです。無理をしても負担ですよヒガ2佐」


 ウォールウォッチの賢人も嫌ってるしな。


 ぶっちゃけリザードメイドの見た目は、モンスターと大差はない。オークやスキュラにラミアみたいな傭兵もいるし文化もあるが、やっぱ慣れと、適切に知ってないと駄目だしな。


 パワーはある。


 戦働きも良好。


 ただし色々あるのだ。


「ヒガ2佐?」


 ヒガ2佐は、表情を殺している。だがその内心が滲み出ていた。苦痛あるいは後悔とか懺悔。


 戦場帰りによく見る顔だ。


 誰にも話せず押し黙る顔。


 戦争犯罪の熱狂から晴れて、自分のしたことを善人に戻ったあと重い心の負担となり心が奇形になってしまうことが多い。


 精神性は多くの部分ニホン人は似ている。


 戦場での心理も似たようなものなんだろ。


「……昔、俺はソブリン人外連隊というのに所属していたことがありました。さっき話していたやつですね。傭兵団を起業する前、ソブリン帝国正規軍の外注、植民地警備の任務で、ドラクドラコニスタンという国に派遣されたのです」


「はい」と、ヒガ2佐は相槌する。


「ドラクドラコニスタンというのは、昔は列強だったのですが一時落ちぶれて、多民族の叛乱や好き勝手に皇族が国家を分断して独立させていたり、諸国がドラクドラコニスタンの債務を回収する債務管理の機関があり土地開発やらで利益に変換されていたような国です」


「はい」と、ヒガ2佐は相槌する。


「ビスク・ゴーレム、ヴァンパイア・ゴーレム、ガン・アンデッド……素焼きされた人形や肉袋が秘技で歩き出し、固まった血を落としながら土色の肌と腐臭で戦場を覆い、簡易生産されたビスクのぬめっとした人形どもと戦っていたんです」


「それは……異様に感じます」


「えぇ、俺達にもです。情勢は不安定で反政府的な氏族は多いので俺と人外連隊は派遣されました。集落を襲撃する術者の排除、治安維持、色々です。ある日、村の掃討を命令されました。いつものことでした」


 それは──。


 ドラコ暫定政府軍を一つ前の戦闘で撃破した氏族の集落で、町に近かった。政府軍は敗北し、捕虜にされたが、交渉の末に解放されて徒歩で帰路についた一時間後、死体供の追撃を受けて生存者は二名を残して虐殺された。


 人外連隊はワイバーンでの徹底した空撮と、ドラゴン重爆飛竜団を投入しての一掃作戦を展開して、最終的な地上戦での突入には、人外連隊が投じられた。


 村というよりは町だ。


 数万人が、地図にない町にいた。


 人間ではない、背中には、翼だ。


 有翼人のハーピーが中心だった。


「我々は任務を遂行して、町は消滅しました。ただこれには後日談があり、捕虜を虐殺したのは別の氏族だったのです。専門家の話では町のハーピーは様々な種族が混在していて単独の氏族ではなく付近からの難民が寄り添っていた可能性があるとのことです。我々は難民を虐殺したのか? 真実はもうわかりません。我々だけが生き残っています」


「……興味深い話です」


 ニホン人とリザードメイドが遊んでいた。俺は二種族を遠目に見守る。柔軟性があるものだ。愛嬌があると距離が縮みやすい。……心が拒絶すれば逆も然りだ。


「手違い、こんな筈では、というのは、ありふれていますね、ヒガ2佐」


「……まったくです、ソブリン団長」


 ところで、と、ヒガ2佐は立ち上がる。


「少し体を動かしませんか」



「行けー!」


 サッカーと言うのだそうだ。


 似たようなものはしたことがある。


 ボールを手を使わずに蹴り、二つに分かれたポストのうち敵側のほうに蹴りこめば特点というものだ。


「どわぁ!?」


「体格違いすぎだろ!」


 上半身裸体リザードメイドのエルが、ひとまわり小さいニホン人を力押しで吹き飛ばしながら──ついでに尻尾を使い偶然に『掃除』しながら圧倒的な力を見せつけていた。


 競技とは違う何かだな……。


 俺は最初のぶつかり合いで休憩だ。


 かすり傷のヒガ2佐が帰ってきた。


「こりゃかなわん」だ、そうだ。


 おいおい、あんまり体力使うなよ?


 ウォールウォッチの連中は、ニホン人の働きに期待しているんだぞ、まったく……。


「悩みか懸念は今言っておいてください、ヒガ2佐。いつ魔王が見つかって、出撃となってもおかしくないですよ」


「すまない、ソブリン団長。……待っているだけで、腹が落ち着かなかっただけです」


「よくあることですね。いつまで待てば良いのか、先がわからないままだと焦る。俺も運動会では自分の競技が始まるまでどうも気が急いていましたよ」


「運動会があるのですね」


 ふッ、と…てヒガ2佐の表情はゆるむ。


 ヒガ2佐はリザードメイドを見ていた。


「リザードメイドという種族ですが、どういう存在なのです? 良い娘達なようですが」


「人肉喰いの化け物ですね」と、俺が冗談に

を言うと、ヒガ2佐はギョッとした表情を浮かべる。俺はニホン人を数人引きずるエルを見ながら話を続けた。


「ニホンの装甲車に似ています。硬くて速い。ただ、みんな心まで体ほど強いわけではないですね……うちの子らは避難中に襲撃にあった過去を引きずっています」


「……人間と変わらないのですね」


「全然違いますよ。でも似てるかもです」


「……」


 いつのまにかサッカーは終わっていた。


 リザードメイドが、力比べをしていた。


 最終的にはエルが24式装輪装甲戦闘車を怪力で引いたことでニホン人をドン引きさせていた。

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