第12節「海は七色」

 対策会議というにはお粗末だな。


 傭兵団の代表として出席したが……。


 国王に重臣にと並んで話し合っている。


 いや言いたいことを投げているだけか。


 魔王復活ならこうなるのだろうか?


 ソブリン帝国の反面教師にしよう。


 しかしニホン軍はどこだ?


 対策会議にいるのは大長壁で見覚えのある顔触れだけだ。四八賢人、ウォールウォッチの戦団長達、武装研究局の輩に、傭兵団長……大長壁に配置された戦闘を管理する職種だ。


 通訳で来ただけの俺の仕事はまだ無しか。


「ふむ……」


 白髪頭、四八賢人の一人であるペトロカが潰れて白濁した目で焼け爛れたまぶたの隙間から見渡す。見た目はともかく悪漢ではないのだが、どうも苦手だ……。


「件の傭兵はまだか」


 ペトロカの疑問には、ウォールウォッチの戦団長の一人であるライノスが答えた。


「道中で足をとられて遅れるとのことです、ペトロカ殿」と、ライノスはまるで拷問を受けたかのような腕を組みながら愛嬌が欠片も無い平坦な声で言う。


 それを皮切りに賢人や戦団長でお喋りが始まった。少なくともどれも明るい話題ではない。


「伝説では、魔王は勇者らによって封じられたとある。聖域だ。超越者である勇者、そして批准する物らの総力であっても、魔王の魂が時のなかで摩耗しきり意味を失うことを期待するしかなかった化け物だぞ」


「しかし……復活したとはいえまだ不完全、ウォールウォッチの総力、そして周辺各国からの援軍がいれば定命者である我らでも物量で勝てるのではないか?」


「バカを言え、空人である連中がかつてそれをやってどうなった。血吸いの化け物どもの杖は、いかなる積層術式の鎧さえ撃ち抜いてきたというのに、それよりも遥かに強力な武装と数百万を投入しておきながら滅ぼされたぞ」


「使い魔を含めてです。現代の我らで有れば、ずっと頭数を圧縮できるかと」


「物量で仕掛けるとしてどこが援軍を送る。この大長壁に。ウォールウォッチ、壁の守人がこの地に送られてから数百年では効かぬ。我らでさえ野人の地を忘れるほど時は流れたのだ。外の国は流刑地程度にしか考えてはおらんだろう」


「援軍の要請はいかに?」


「……先代の魔王の時代には、我らは村さえももってはいなかった。しかし今は石の斧と槍に代わり、我らは杖を使う」


 珍客が来た。


 案内人は困っていた。


 新しい客人はウォールウォッチでなければ公用語さえも、つたなく、酷い喋りかたで聞くに絶えないさえずりの雑音で挨拶していた。


 面々が渋い顔を隠さない。


「陸上自衛隊特別救援部隊先遣小隊のトダです」と、ニホン人は前置きした。下手な帝国公用語だった。


 言葉ではニホン人は歓迎された。


 援軍への感謝、対等な礼節もだ。


 しかし誰もがニホン人を、軽く見ているのは明らかだった。パリスを攻め落とした武力そのものは認めていないものは少数派だろう。だが、ニホン人という人間擬きに対しては、オルクネイの銀血よりはマシという感だ。


 隠せているだけマシだろう。


 翻訳するよう目配せされた。


 俺は断りを双方に入れ、そうした。


 ニホン人が俺のニホン語に驚いた。


「私は今回派遣された偵察戦闘大隊の指揮をとるヒガ・ダイキチ2等陸佐です」


 偵察戦闘大隊は確か、情報収集専任部隊でかなりの装甲と火力を増強している新しいほうの部隊構成だ。装甲馬車各種、地上捜査魔力波発生器、自動二輪車など機械化、装甲化で偵察でも強い抵抗を測ることも可能としている。


 それが上陸していて、派遣できるだと?


 ニホン軍は想像よりも大規模な戦力だ。


「今回は大長壁のウォールウォッチさんから、魔王駆除を任務として派遣されました」


 俺は少し笑ってしまった。


 魔王を駆除する任務だと?


 ニホンだと魔王は有害な畜生らしい。



「大した戦力ですね」


 俺達、白鷲傭兵団は『客人』とウォールウォッチの緩衝としてニホン軍と同行することになった。


 魔王の現在地は不明。


 ワイバーン隊やドローンを使って広域の捜索を続けているが報告はまだ無い。町や村正が消えたというくらいだ。


「よろしければ教えていただけますか」


 と、俺はヒガ2佐に訊いてみた。


 当然拒否されたのではあるが、本命は次だ。断らせてからの軽く質問ならば罪悪感から多少は口が弛む。こちらの人間との関係性のギクシャクを無視してでも任務に集中できる人間ではないと見た。


「大長壁はニホンと比べて寒いでしょう。自分らはソブリンという土地の出身なのでこたえますよ。寒い土地柄と言えばそうなのですが、ソブリンには暖流が流れ込んでいて位置から考えるほど寒くはない。ここは寒すぎますね」


「確かに寒い」


 と、ヒガ2佐の吐く息は白い。


「ヒガ2佐の車は緑ですから、もっと暖かい国なのでしょうね。雪の国であれば黒とか真っ白という印象が浅学二はあります」


「そうですね」


「やっぱり暖かい国だと魚は美味いですか? 自分は寒いところの魚のが美味く感じます。熱帯の魚はどうも合わない」


「魚ですか? いえ、こういうのもなんですが……南方よりも北の魚のほうが美味いです。もっとも本土近くの海ならどこも美味いですよ。よく釣りに出かけるのですが、釣る以上に、恥ずかしながら食べるのも好きです」


「釣りですか! 良いですねぇ、ヒガ2佐。釣りと言えばニホンでもマーメイドとかは苦労するんですか?」


「いえ、マーメイドは伝説の存在でして」


「なるほど。ならば、こちらでもし釣りをするのでしたらマーメイドに気をつけてください」


「何かあるのですか?」


「いや、可愛らしいものなのですが、自分も何度か捕まってしまいまして。人懐っこくて自慢が大好きな方々ですよマーメイドは。連日連夜の歌謡大会です。体力がもちませんよ……」


「マーメイドて本当に歌うのですね」


「えぇ、歌いますよ。暖かい海のマーメイドは激しく、冷たい海のマーメイドは優しく歌います。海で歌が違うんです」


 興味あります?


 と、俺はヒガ2佐に訊いてみた。


「少しは。こちらではマーメイドというのは幻獣や空想の中でしか存在していませんから、会えたらきっと感動するのでしょう」


「では今度、釣りと海のついでにマーメイドに挨拶をするというのはどうですか。ソブリンのマーメイドは色々なところにいます。大長壁のここからでもワイバーンで移動すればすぐでしょう」


「えぇ。魔王を駆除したら、その時にはソブリンさん、お願いします」


 と、ヒガ2佐は小首を傾げた。


「ソブリンさんて……」


「ヒガ2佐、秘密ですよ。実は本国では嫌われ者でして追放処分されて傭兵団をやっていることはバラしちゃダメな、俺とヒガ2佐のひみつです」


「こ、心得ました、ソブリンさん」

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