第11節「風聞き」

 大長壁での戦いへ、白鷲傭兵団の参加は認められなかった。遠巻きに観戦していたかぎりでは……数度のウォールウォッチによる総攻撃は失敗した。


 丘を埋め尽くすゴブリンの大軍団が押し寄せてきたわけではない。オーガが人間を頭から食いながら粗悪な棍棒で新しい『料理』をしながらやってきたのではない、スノーリッチが死体を弄んで作った武器どもが牙を向けてきたのではない。


 一人の魔王、それだけだ。


 それも最盛期には遠すぎる、干からびらミイラでしかない、搾りカスが魔王基準でかぼそい魔法を使う。


 月を落とす、大陸を破る。


 確かに比較すれば弱体だ。


 比べ物にもならないだろ。


 それが大長壁を崩壊させた。


「ソブリン様、こんなことを私達している場合なんですか? 魔王とかと戦うとかするのが傭兵なんじゃないですか?」


「蜥蜴頭、戦いたいのか」


 俺は大長壁の瓦礫を片付けながら背骨を伸ばした。数十年は終わらないのではと思う程度には、うんざりする山のような仕事だ。


 これは終わらないぞ……。


 極寒の季節の大長壁でも汗を噴くほど疲れる。凍ったら死ぬか切断ものだな……。


「そういうわけじゃないですけど……傭兵の仕事じゃないですよ。魔王が来てるんですよ。戦わないとやられちゃいます」


「俺らはやられる側だぞ。くそッ」


 俺は見かけの割に重すぎる瓦礫に仕事を邪魔された。蹴ってもびくともしない。爆発魔法を抑制的に使いひびを入れた。自重でじわじわとひびは広がり何度かハンマーで叩いていると割れた。これで動かせる。


 見上げる。


 大長壁の一部に大穴だ。


 地上から天辺まで崩壊。


 瓦礫は大長壁の外にも中にも溢れてる。


 瓦礫の丘を全て片付けるのが仕事だぞ。


 白鷲傭兵団の副団長コノエは休憩中だ。


 俺は半分を率いて掃除のさなかだが、人間以外ばかりの団員だ。どいつも嫌がりすぎだぞ。


 俺は聞き耳を立てた。


 ソブリンでは寡黙な俺様は『風聞き王子』と呼ばれるくらいには聞き耳上手なのだ。舞踏会で踊りながら近くの会話を五組は聞き分けられるぞ。


「魔王なんて実在するのか? 伝説じゃないのかよ。伝説通りなら勝ち目はねぇぞ」


「守護当番は全滅したらしい。だが、ウォールウォッチだぞ。なあに何度も突破はされてきたらしいが今回だって上手くいく。戦争は焦らずじっくり煮込んでいこうや」


「ウォールウォッチになりゃ刑罰が無くなるて言われたから志願したのにツイてねぇ!」


「ははは、そりゃあテメェが悪い。だが安心しろ。お上の腐れ畜生な賢人さまは神話には神話をぶつけるて心算らしいや」


 蜥蜴頭がこっち見ていた。


 エルは、蜥蜴頭を隠した。


「な、なんですか? エルに用事?」


 蜥蜴頭がむきーと慌てる。


 元気な蜥蜴頭なことだな。


 ふと、大長壁の大穴を見ていると、大長壁の半ば、崩落で切断されてる通路に、傭兵や奴隷とは違う身分の男がいるのを見た。


 あれは……。


 司祭のような重々しい刺繍がびっしりのフード付きローブ。ありゃあ、フードのせいで顔はわからないが大長壁のウォールウォッチャーに絶対の命令権をもつ四八賢人だぞ。


「蜥蜴頭、頭を上にあげるな。四八賢人がいるぞ」と、俺はエルにフードを被せた。


「え!?」


 と、エルは他の蜥蜴頭に素早く伝える。


 四八賢人は大長壁の中へと消えていた。


 ッたく……。


 大長壁は人間の為の聖なる施設扱いだ。


 蜥蜴頭が混じっているのはともかく、それを見かけるのは我慢ならないという賢人は少なくない。大抵の人外は、大長壁の外の警備に強制されるしな。


「ソブリン様」


「もう行った」


「ふぅ……」


 蜥蜴頭が、安心したのか無表情なのかわからない顔でため息していた。相変わらずさっぱり読めない。蜥蜴だしな。


「!」


「どうした? 蜥蜴頭、あんまり好奇心を出すな。賢人が戻ってきたら流石にバレるぞ……」


 何を見ているんだ。


 魔王が戻ってきたか?


 奴は一人軍隊で侵攻中だぞ。


 俺らの仕事とは違うしな。


 まったく、と、見上げた。


 そこには『緑の服の男』がいた。緑、黒、茶の迷彩した服はウォールウォッチの戦士達とは根本的に違う。


 ニホン軍。


 ニホン人。


 パリスを滅ぼし、オルクネイの人擬きどもを解き放っている連中の一派がそこにいた。


 何故。


 どうして。


 そんなことはどうでもいい。


 四八賢人がニホンを呼んだ。


 時期に、ニホンが押し寄せる。


 金と力に眩んだ愚か者どもが。


 俺は胸ポケットに入れておいた記憶石に触れていた。パリスまでのニホン軍の記録だ。これがあったから研究の数式をある程度は埋めることができた。


「よせ」


 俺は牙を剥き出しに『笑う』蜥蜴頭の胸を押して止めた。笑う、蜥蜴頭は喜怒哀楽の楽にあるわけでは断じてない。野生の牙を見せていた。


「復讐はしないて約束したろ」


「だがソブリン様、仇なんです」


「それでもだ。抑えろ、エル。他の連中もだ。俺達の至上命題は何か復唱しろ」


「……ニホンを知ることです」


「そうだ。ニホン軍を知るためには戦場に立つとか乱戦に引きずり込むのも悪くはないが……ゆっくり観察していこう。近づける。近づくのは、大切だ。わかったな、エル」


「……わかりました」


「それで良い、蜥蜴頭」


「さっき私のことエルて呼びましたよね」


 蜥蜴頭の尻尾が激しく揺れた。


 筋肉質な太い尻尾が瓦礫を飛ばす。


「ん? 知らんな」


「言いました!!」


「さっさと働けよ」


「誤魔化さないで。エルて呼んでみてくださいよソブリン様ー! そもそもなんで私だけ蜥蜴頭なんですか!」


「良い戦士は寡黙なものだぞ蜥蜴頭」


「エルですー!!」


 蜥蜴頭が、むきーと暴れた。


 俺が蜥蜴頭に背中を向けた。


 フリンティの阿呆に似てる。


 そういえば……あの阿呆は、しょうもないことばかりしていたな。マジでろくなことをしなかった。やっと落ち着いたのはこの数年くらいで、あいつが四歳から二五歳くらいは最悪だった。何せ、エパルタ帝国の戦士を挑発して襲撃部隊と殴り合いをするような野蛮人だからね。俺もあのせいで歯を一本無くした。


 懐かしいな、ずっと昔みたいだ。


 懐かしさと同時に、怒りが湧く。


 そんな時、普段あまり話さないウォールウォッチの伝令が来た。きっとろくなことではない、そんな確信をもって、その通りだった。


「ソブリン殿! 至急、顔を出されよ!」


「……なんだ?」


「仔細は後程。されど、魔王の対処をめぐり、ニホン人との通訳をお願いしたいとのこと」


 願ってもない機会だった。


 さあて、覗いて来ましょうかね。


「エル、コノエに伝えておけ。出てくる」

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