第21節「錬金戦車の奇襲!」

 深夜──。


 沖合から砲声が響く。


「魔力光視認!」


 青紫色の煙と紫電が見えた。


 短い風切り音の後、上空で弾けた徹甲鏃の雨が降り注ぎ各所の強化陣地に赤い森林を作り、僅かに遅れて非現実の暴風が、現実体を引き裂く。


 中には、貫通した鏃もあるだろう。


 運がない兵士は捩じくれた肉塊だ。


 戦艦級の弩砲ともなれば、その極大された矢に込められた術式の積層は現実を歪めるほどなのだ。


「魔王よ、ダーマ軍の結末はいかに」


 こしらえられたベッドから、厳重に封印された『その首』へと話しかける。デ・マヨの艦隊が撃破された海から流れ着いてきた物だ。


 魔王の首が口をきく。


「皆ことごとく討死」


 魔王の首がゲラゲラと笑う。


 この魔王には無関係な話だ。


 大臣らは無限の魔力を持つ、魔王の首を戦略兵器か何かと勘違いして、必勝を予言しているが……これにそのような価値は微塵もない。


 それでもすがらねばならないのだ。


 ソブリン帝国に、挑むのだからな。


「魔王よ、お主はどうして首になったのだ。名を聞けば堅牢な要塞さえ戦わずして降伏するお主を葬るとは大した勇者だ」


「最弱の体を斬られたにすぎん……ニホンとやらとソブリンの小僧の傭兵団にやられた。倒されたのは認めよう」


 魔王は笑う。


 自身を斬った相手、斬った戦いを。


 だがその気持ちは余も少しわかる。



「静かだ……」


 魔法で光を操作して夜目を聞かせる。夜の黒々とした海には分厚い魔力浸潤装甲を施した戦闘艦が城壁としてそびえている。


 数日間、旺盛に撃たれていた要塞の弩砲はもう久しく沈黙している。反撃の撃ち合いで消耗しているのもあるが、空で監視しているドラゴンが正確に魔力源を割り出して着弾を誘導してくるせいだ。偽装と陣地化していても砲撃が集中してバラバラにされた。


「いつもの擾乱砲撃が少し短い。上陸注意! 何かくるかもしれないぞ。全員に弁当を配れ。それと医療術師に、兵士へ強化魔法をかけさせろ」


「来ますか?」


「わからんよ」


 対艦投石機が即応体制に入る。


 偽装を外して押し出せばいつでも発射可能な装填済みの状態で待機だ。載せた法弾は対装甲対人の両用法弾に術式を切り替えた。


 対艦だが座標は沿岸だ。


 上陸してくる部隊を狙う。


 上陸してくればの話だが。


「気のせいですかね?」


 と、経験の浅い兵が言う。


 いや……何か、上陸した。


 突然──隣の陣地が火炎に包まれる。


 間接照準の法撃じゃない。


 直接照準で狙われている!


「照明弾あげろ。敵だ。警報を鳴らせ。射線に注意して撃てよ。支援法撃要請をしろ。こっちは始まった」


 目の前で……影が動いた。


 巨大鋏が陣地を叩き割る。


 天井が崩れ、迫ってきた。


「ワァー!?」


 数分、完全な暗闇でもがいた。


 生きてる。まだ生きてる!!


 瓦礫を掻き分けて這い出る。


 戦闘は終わっているわけがない。


 見たものは地獄だった。


 強化された陣地が海を睨み、例え帝国軍であろうとも寄せ付けない海岸の要塞地帯がのしかかられているではないか。


 上陸してきていた。


 予兆もなく、完璧な奇襲だ。


 装甲を着せられた甲殻類、浜辺に巨体をあげているバケクジラの巨大で、ベールのように垂れる櫛の歯を垂らす邪悪な顎から大群が吐き戻されている。


「ソブリン海兵軍か!?」


 折れた杖じゃ役にたたない。


 杖を探した。


 陣地は燃えていた。


 巨大な鋏が、法撃陣地から退避豪に逃げていく魔法使いに向けて塹壕を崩しながら押し込まれる。次の瞬間──密閉された豪が内側から爆発して肉片か土砂かわからないものが噴きあがった。


 爆風と熱。


 そして微かに甘い臭い。


 噂で聞いたことがある。


 ソブリンの悪魔の錬金戦車だ。魔法生物に特殊な鋼材を打ち付けて装甲化し、兵器として再稼働させるネクロマンスの1種だ。


 なら今クジラから出てきているのは……。


 目を凝らした。


 錬金戦車の甲殻類が次々と法撃陣地を叩き潰し、逃げ惑うダーマ戦士を塹壕ごと焼き払い、爆破する炎の中で!


 海岸線に蠢いていた。


 母なる波に洗われている。


 だが生気の魔力波は感じられず、ただどんよりと、絡みつくような、澱み、止まっている腐った波動だ。


 人間では……無いからだ!


「嘘だろ。『女王の吸血鬼』だ!!」


 眼球が腐り落ちた仄暗い穴が2つ。


 腐敗しているような皮と肉の人形。


 肉は死者、だというのに異常に小綺麗なブルーコートを纏い、死んだ目で帝国の敵を見据え、腐った肉の体を法弾や魔力弾幕を浴びても怯まない悍ましい兵士などそうはいない。


 それは団旗を掲げ、夜にひるがえる。



 沿岸要塞地帯にサイレンが響く。


 沿岸部に対して幾つもの、激しい法爆が炎と魔力光の煙をあげた。同時に海からも後方陣地に向けて激烈を極めて法撃を返してくる。


 大地が揺れていた。


「状況は?」


「それが……」


「正確に申してみよ」


 政治に明るいものは口ごもる。


 変わって何も持っていない傭兵が言う。


「防衛線の最初はほぼ壊滅。第2防衛線に下がることは失敗。現在は第2防衛線で乱戦が発生し救援は不可能と切り捨てています」


「何が起きた」


「擾乱の法撃の隙間に、ソブリンの水陸両用戦車が上陸してきました。ゴーレムです。甲殻類型の。死骸を利用した完全な奇襲です」


「……油断したか。こうも易々突破か」


「お言葉ですが連中の戦車の性能、情報と違います。それに先陣をきってきたリザードメイド傭兵を中心とした亜人戦闘団も脅威です。こちらの魔力弾を無力化しながら陣地を次々爆破されました」


 ソブリン“世界”帝国の本気か。


 たったこれだけではない筈だ。


「陛下。ニホンの顧問団に頼られては?」


「馬鹿者! 戦のこうも序盤で泣きついていられるものか、我々が始めた戦争なのだぞ!?」


「しかし……」


 将軍が続きを言うのを躊躇う。


 ダーマ王家に忠誠を誓って半生を尽くしてきた将軍だ。余の学友であり、真の友でもある。


 であるからこそ!


 軽はずみを言う男ではない。


「ニホンは対ソブリン戦争において積極的に介入したがっています。先のブラックローズ事件、デ・マヨの艦隊の事件で、ニホン兵が多く死傷したことへの怒りは狂乱に近いものがあると思料いたします、我が王よ。であれば猛犬の首輪を外し、目の前の獣へと解き放つこともありえるかと具申いたします」


「……ならん」


 却下した。


 将軍の言う通りであれば、傭兵を使うよりも容易いだろう。他民族の血で戦争ができるのであればそれにこしたことはない。


 しかしニホンという国は危うすぎる。


 腰があまりにも重いというのに、いざ事が始まれば決死でなにもかもかなぐりすて直進するが気質なのだ。ひとたび戦争へ参加すれば敵か自分が滅ぶまで戦うのではないか?


 まるで『魔王軍』ではないか!


「ならば王よ」


 将軍が声をひそめた。


「……オルクネイどもがニホンの兵器を複製した物を大量に持ち込んでおります。本戦争において連合を組んだときの見返りを使いましょう。ニホンと比べれば劣後しているそうですが技術は同じ物です」


「オルクネイがニホンへ奉仕する事で得た技術であろう。銀血どもと言うよりは、ニホンか」


「はい、陛下」


 ニホン軍に助けを求めるよりは、まだマシであった。オルクネイは仮にも、同盟してしまった国家だ。銀血どももダーマが脱落しては困ろう。


 だが……だが、である。


 ソブリン帝国へと叛逆した。


 その意味は!


 あまりにも重い覚悟であるべきなのだ。


 世界帝国は曲がりなりにも世界を平定し、帝国の秩序を確かに人類社会へもたらしていた。帝国の平和への挑戦を、ソブリン1等市民以外の諸民族諸国家は認めたがらないが……それは、不完全ながらも確かに平和を作っていた。


 他ならぬソブリンが望むものだ。


 自由……本能的な拒否感、政治的に好都合な敵という先入観を除けば、現状維持のバランス感覚がもっとも血を流さないで済んだ!


 ダーマ戦士も!


 血を流さずに済んだ!!


……いや、今更言ったところで遅い。全ては抑制できなかったこの身の不甲斐なさという他ない。誰かが間違えて、余がのった。そのような言い訳は通じぬのだ。


 人は間違う。


 間違い続けたのが人の歴史。


 余も例外ではなく、余はまた、それを正すべき王家の義務を放棄して流れたのだ。大罪である。大罪でありながら、しかし、今でもまだ最善を……。


 取り過ぎれば全て失う。


 優先はダーマの子らだ。


 ニホン人だけではない。


 熱狂の連中を盾に……。


「……増援をいつでも懇願できるよう手配せよ。それまでは陣地を下げ時を稼ぐ。始めから他国を頼るようでは後々の響くぞ、押し返す気で奮闘されよ」


 運命は逆転しないのだ。

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