第22節「大戦前夜」
海岸線が炎に包まれている。
夜を払う炎の明かりが揺れる。
沖からの艦砲射撃が内陸へと下がり、水陸両用錬金車の錬金生物が次々と頑丈の足で上陸しては鋼鉄の外骨格の上に載る砲塔から火を噴いた。
超現実の魔法が引き起こす極彩色の炎に巻かれたダーマ王国軍兵は灰と崩れ果てる。
「海岸線を確保せよ!」
白鷲傭兵団の団旗を掲げるリザードメイドが、錬金車の上に載せられたまま運ばれる。
「化け物めッ!」
全身の護符が焼け落ちたダーマ兵が、長剣を手に加速した。数秒間だけ過程を飛ばせる魔法のかかった兵士はリザードメイドの杖を潜り抜ける。
隊長に見えたらしい。
私を狙ってくる。
仇をとろうとしてる。
「ぎゃッ!!」
私は、正しい怒りをもってやってくる人間を、重力を重ね掛けたメイスで叩き潰した。
「ニホン軍!」
リザードメイドの仲間が指差す。
脳漿と頭蓋骨の破片を落としながらメイスを肩に掛けた。鎧に蝋で押した加護を確認する。
銃が来る。
だけどもう慣れた。
「ニホン軍が来たよ!」
曲射で砲弾が落ちてくる。
魔法力の弾とはまるで違う。
火薬を作っている化学火だ。
硫黄を好む悪魔が対処する。
ソブリンさんの対ニホン・レポートは正しかった。銃弾は召喚のひずみ程度で捩じ切れる。矮小な悪魔擬きを適切に召喚するだけで銃弾は無力化できた。悪魔は使い捨てで良いのでほぼ対価は無い。悪魔は特にニホン軍と相性が良い。
逆に有力だった矢避けの加護は、魔力が銃弾の力に負けて、個人術式には向いていないことが判明している。
戦艦には悪魔召喚の対価は重い。
浜の上から機関銃による弾幕だ。
曳光弾の赤いビームが砂浜を舐める。
「砲弾には注意して! 悪魔は小さい、擦り抜けられるから。前進! 復讐するは今日にあるよ!」
闇から誘導ミサイルの炎が見えた。
それは風切りの音の直後に、錬金車のヤドカリに直撃して、爆発、青白い閃光が装甲と臓腑を貫いた。
「くそッ!」
ダーマ兵の杖からも激しい攻撃を撃ちおろしてくる。海は赤く染まり、砂は血を吸い続ける。
バラバラになった同胞が宙を舞う。
こんなことになってまで本当に、私は復讐がしたかったの? いや、もう戻れない。私だけみんなを見捨てては逃げれないんだから!
「トカゲ女ども、苦戦してるな」
増援が上陸していた。
リザードメイドよりずっと小さい。
ソブリン人だ。
戦列歩兵時代からの派手な服だ。
だけど正規軍じゃない。
そんな上等な服じゃない。
派手で、下品で、だらしない。
「ランツクネヒト!? こんな戦線に出張ってきても死ぬわよ戦争屋ども!」
「お互い様。さて死にに行こう、そのため新しい服を着てきたのだから。リザードメイドのデカいケツなんて見てられないから先に行くぞ」
「あんたの股のドラゴンはダーマ人もガッカリでしょうね、槍が短くて笑いものよ」
「かっこいいだろ?」
と、傭兵は金属を打って作った股のカップを見せる。防御の一部だが、“ムスコ”の形をしていてドラゴンの頭でもある。
止まってはいられない。
海が光って、支援が来た。
バリスタから放たれた魔力法撃!
「立て、尻をあげて走れ!!!!」
炎で焼き上げられた浜で、海水に洗われて、土砂の雨を受けながら走り、走り、走るしかない。
悲鳴のような雄叫びで走る。
浜辺が光に包まれた。
空に幾つもの太陽が浮かぶ。
太陽じゃない。
傘を開いた燃える何か。
ゆっくりと落ちながら照らして──。
浜の敵が火を噴いた。猛烈な熱線魔法のような連続する光が迫り、空中で炸裂したら数千の鏃が押し寄せて来ていた。
鋼鉄の鏃が幾つも、私を貫いた。
血肉が、背中を抜けた。
飛び散るのがわかった。
もんどりうって倒れるなか、見上げた夜には幾つもの流星……ミサイルが飛んでいく火が見えた。
◇
「反ソブリン連合の裏はやはりニホンか」
「大量の非魔力機械が反ソブリン連合に流入しています。これほどの機械力を育てるには10年……いえ、彼女達の地盤では半世紀をかけても不思議はありません。ですがこの短期間で用意できたと言うことはあらかじめ持っていた大国が介入したと考えるのが自然です」
「他の可能性は?」
「密輸ルートを探しています。大亀裂の向こう側ではドワーフの機械帝国があります。ここであればニホンと似た物を作れます。しかしドワーフは魔法が基礎なので差異があります」
「……」
ソブリンの双子女王はただ黙する。
双子女王は、既に海の果てより来るニホン国についてそれなりの情報を得ていた。王位継承権を剥奪され追放されている息子からの報告だ。
オルクネイの闘争への介入。
ソブリン側監視所への襲撃。
仮面の魔王の討伐。
モォ島でのテロ。
デ・マヨ懲罰艦隊が壊滅の事件。
そして、反ソブリンの支援活動。
まさか最初から計画されていたとは考えていない。ニホンはなし崩しに、干渉が拡大した……という楽観がある。でなければ……ニホンは世界征服の為に上陸してきたことになる。
戦火は酷く拡大している。
東部世界はどこも火の海だ。
ソブリンの監視所の多くは陥落しているし、上陸作戦では血も多く流れている。
今は停戦交渉の時期ではない。
ニホンとの全面戦争は確定事項である。問題は、どのレベルでの総力戦であるかの違いしかない。
「ジョージ・ソブリン」
潰れた片眼は永遠に光を失いはした。
破片で切断された足は義足になった。
だが、コツコツと床を打ちながら、グレートソブリン島の、大ソブリン帝国の中枢である評議会への出頭を果たせた。
「ニホンはどのような国でしたか?」
祖母にあたる女王が口を開く。
私は、ニホンについて話した。
それが全てであった。
◇
ニホンは一度、踏み込み始めたら、止まるということを知らない国だと判断した。
始まりはオルクネイ事変への介入だ。
人工の複製種族である銀血らを、世界へ再回収する為の作戦を妨害したのは『ニホンの善意』であった可能性が高い。
魔王討伐のおり、共闘したニホン人からは侵略者の雰囲気を感じとることはできなかった。彼らは、侵略と略奪とは別の、極めて大善に忠誠を誓っているからこそ、自分で考えすぎるほどの自律的な行動をしている。
命令系統から外れた場合の、やるべきことが命令に遵守された行動とは思えないのだ。リザードメイドとエルフとの対応の違いからも、彼らは強い先入観、あるいは文化的な特性によって強く規律されている。
ある種の呪いだろう。
であるからこそ、事は単純だ。
無闇に戦線を拡大させたところで、ニホン人の熱狂が冷めるまでに時間がかかる。血が流れ続ける。狂乱しているニホン国を鎮める方策はあるだろうか?
ある、と考えていた。
根は単純なのだ。
ソブリンの無垢な民と大差はない。
ましてや、ニホンからピクトランドはあまりにも遠く、単純な空想で認識しているものが大多数だと思料する。
解決は単純だ。
だがその為にはまず、停戦が必要だ。
「女王陛下──いえ、母上!」
全力を──。
そう──今、全てを賭けるんだ!
勇者のようにはなれなくても!!
▶︎【√異世界融和の苦難】
母上の睨み。
口を開くことはできなかった。
母である以前に『ソブリン最高位の女』である。それは例え息子であろうとも平伏を、しなければならないのである。
隔絶した地位の差がある。
心が揺らいだまま話した。
母上に全てを告げた。
説得した。
もう血を流すのはやめよう。
ニホンは、オルクネイの民を使い、ソブリンに出血をしいている。付き合う必要などない。それよりも民主主義の銃後を狙い、国民から兵隊を支える梯子を外す為の工作で脱落させよう、と。
母は深く沈黙した。
母と態々呼んでまで変えたい。
継承権を無くした日から、決して女王陛下を母とは呼ばなかった。それがもっとも大切であり、ソブリンの為であると信じたからだ。
母と父を永遠に失う覚悟をした。
だが、今は、覚悟を曲げても嘆願する。
「今……」
失敗した。
女王の、ソブリンの口が開く。
「ことは既に、世界大戦へと進みつつある。多くのマナが消費され星に流れるであろう。調停者の一翼として見過ごすことはできぬ。始まりの小石は転がり始めている。小石で済む時期が終わり、崩れ落ちる雪崩となってなお、小事であると対処すれば失うものはより大きくなる」
つまりは──。
ソブリン帝国の総力戦。
懲罰ではない、脅しでもなく、ソブリン帝国の存亡をかけた大戦の宣言を予定しているのだろう。
個人で運命を動かす時期は終わった。
俺はただ、深くこうべを垂れていた。
▶︎【√天に星、地には……】
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