√異世界融和の苦難
◆ √異世界融和の苦難
ネットは大荒れだね。
たぷたぷとスマホを打つ。
液晶パネルのタブレットには、SNSのトレンドが上から下まで異世界に関するキーワードで埋まっていた。
自衛隊が外国軍や怪獣や熊相手でもなく異世界の軍隊と、とても戦争がやれる状態でないのの戦争を始めて1年がたつ。
中世の土人。
異世界人に対して圧倒できる、と、誰もが信じていた戦争は1年以上も、増税に次ぐ増税だけで政治家は誤魔化そうとしていたが、そんなもので戦争ができるほど甘くなかった。
人も金も資源も足りない。
自衛隊やほの官営な企業が24時間体制で自衛官に必要なものを生産できるようになったのが、つい、先日のことだ。
自衛隊が銃砲店やスーパーマーケットから物資を調達しなければならないほど弾薬も食料も生産は破綻していて、惰性的に戦争を続けている……だけだった。
『停戦はありえない徹底抗戦!』
無茶を言うよ……。
SNSでの主流派の意見だ。
ピクトランド、そのソブリン帝国から使者が来て、交渉を持ちかけてきたのが大ニュースになっているのが原因で、ネット空間は荒れている。
戦線の動きはなく飽き始めていたときにわいて出てきたビッグイベントだ。
戦争が終わる……?
そもそもなんで開戦したのかさえわからない。政治家の話ではごにょごにょとわけのわからない理屈から、ピクトランドの在留日本人の保護の為だとか、先制攻撃を受けたからだとからしいが……。
とにかく、やっと戦争をやめようと動けたのだ。誰も戦争を止めることなど言えなかった。言った人間は、数の暴力による人格否定で、精神的に破壊される。
皮肉な話だ。
日本から戦争終結の使者や交渉は「ありえない、時期ではない」と一蹴している間に、ソブリン帝国側から使者が来たのだから。
平和教育が帝国主義より好戦的だ。
『停戦交渉を望んでいるてことは弱っている証拠! 今こそ総攻撃のチャンスだろ!!』
ネット軍師が戦場を俯瞰して言う。
正しいのかは……判断がつかない。
『専門家』のコラムを開いてみた。
地球の歴史を当てはめて、さまざまな文章を書いている。中身は同じだ。国際政治学の博士号から、ミリタリーオタクの御用番まで。
停戦に応じるべきではない。
そしていかに、日本の兵器と兵士、国力が優っているか説明していて、まだまだ戦えると締めくくるいつもの構成だ。
本当にそうなのだろうか……?
「また量が減ってる」
やっと就職したプラスチック製品を作る工場の食堂、そこで出てくるカツカレーのカツもルーもライスも量が減っていた。
戦争が始まった頃あたり就職した。
今は、当時と比べて30%は減った。
トレーに載る重みが全然違っていた。
「おっと」
夜勤明けで食堂にいるせいで、食堂の窓の外から、出勤してきた上級社員が睨んでいた。
ネットサーフィンをしてる場合じゃない。
かっくらいそそくさと家へと帰るもんだ。
◇
地方都市のそれなり開けた町。
高層ビルディングになる建物が並んでいて、片側が5車線もある道路が刺さっていれば大都市だろう。
そんな交差点角のホテル。
普段は大して客がいる印象も無いのに、暇人がたかっていた。芸能人でもいるのかと、眠気でぼんやりしながら好奇心に負けた。
人間ではなかった。
いや、人間なのか?
耳が長くて、見たことない民族衣装。
エロゲーで見たことのある『エルフ』に似ていて、中東とかで女性が着るような格好をしている。それにスマホのカメラが向けられてパシャパシャと写真や動画を撮られていた。
「ネットで見た事ある。ソブリンの……」
使者として来日している、と。
東京じゃなくてこんな場所へ?
警察の護衛はない。どこを見渡しても異世界人一行が、無造作にホテルにいるだけだ。
「あれ? もしかしてヒガ2佐では?」
◇
ホテルのレストランで、思いがけない人物とテーブルを共にしている──あの魔王討伐で協力した自衛隊のヒガ2佐だ。
「禿げましたか?」
いかん、本音が口からこぼれた。
ヒガ2佐は乾いた笑いをだした。
「自衛隊を解雇されましてね。気苦労で禿げました。もっとも鉄兜を被る関係で、だいぶ禿げてはいましたが」
「それは……」
「魔王と共に戦った貴方ですから守秘義務も無いでしょう。あの場所には共にいたのですから」
「魔王絡みですか?」
「えぇ。どうも私の部隊は独断専行で戦争をやったという筋書きだったようです。命令を受けていましたが、それは、上の司令部の曖昧な指示を、確信犯で流し、部隊指揮官に解釈させて動かすのです。責任逃れですね。魔王討伐はリークされて問題になりました。戦車や最新型の歩兵戦闘車を投入していましたから」
まいった、と、ヒガ2佐は頭を撫でる。
「私は所謂、軍法会議にかかり、自衛隊から追放されたわけです。退職金とかはゼロ。今はなんとか工場で働いて生活費をギリギリ稼いで生活しています」
知らなかった。
言ってくれれば……。
俺は出かけた言葉を呑み込んだ。
ニホン人に対して失礼すぎるからではない。異世界を跨いで、果たしてできるのか、確証のない希望、でまかせを過ぎないのであれば、ヒガ2佐に言いたくはない。
不誠実だとは、この男に思わせたくない。
「ソブリン団長はなぜ日本に?」
今度はヒガ2佐に訊かれた。
確かにソブリン人がニホンにいるなんて違和感だ。エルフの引き連れているし、気になって当然だ。
「外交というやつです。リザードメイドよりもウケの良いエルフ種族を外交官に、ニホンとの橋渡しですよ。まあ冷遇されてますけどね?」
ははは、と、軽いジョーク。
ヒガ2佐は深刻な表情だった。
……いかん、余計なことは言わないほうがいい。口が滑った。話を変えないとだ。
「ニホンの料理は美味いですね。瀬戸内海の魚を気に入りました。ブリ、タイ、サワラ。ソブリンでも刺身はあり、私の好物なのですが、ニホンの魚は全然違います」
「瀬戸内海は北海道より美味いですよ」
「そうなのですか? ヒガ2佐」
「えぇ。自分は岡山の……あー、瀬戸内海沿岸の産まれです。漁村……海辺の町の出身ですから魚に関しては詳しいですよ」
「おぉ! それはありがたいです! 幸運! エルフいるでしょ、こっちのちんちくりんはミレーヌと言うのですが、もう味にうるさくて小言ばっかり! 美味しい海鮮丼? の料亭を知っていたら教えてはくれませんか!?」
「え、えぇ、いいですが……」
「ミレーヌちゃん、ミレーヌちゃん」
と、俺はミレーヌを呼ぶ。
同じテーブルでもエルフらは沈黙を貫く。まあエルフだからな。その中でももっとも気難しい大樹のミレーヌは、静かだがうるさい。
諦めたミレーヌがため息を吐く。
「わらわを楽しませられるのか? 猿」
ソブリンと日本の国交回復は苦労だな。
√異世界融和の苦難〈終〉
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