√天に星、地には……

◆ √天に星、地には……






 もしも、を、考えてしまう。


 ソブリン側の親善大使だかが来る。


 ソブリン側に日本との友好をやりなおす動きが確かにあったのだ。だが、そうはならなかった。日本の土地を、ソブリン人が歩き、観光し、日本人と少しずつ、戦争直前に至ったすれ違いを、少しずつ、修繕することはなかったんだ。


「間もなく首相の記者会見です」


 お抱えの記者クラブが、顔馴染みの顔触れで、餌を待つ犬畜生のようによだれを垂らしていた。


 日本人に対する、仮定未知世界での虐殺はマスコミを通じて一斉に報道された。報道機関は談合したわけではないが、世論に描かせたい絵は共通していた。


 悲劇に立ち上がる日本。


 悪逆非道な異世界人!!


 日本人がいかに善良であるかを極大して伝えつつ、敵であるソブリン人の蛮行も極大して伝える。


 怒り狂う熱狂は、ライブ中継を見ているテレビが無くとも充分なほどだ。人の口から耳へ、広がり、ただ1色へと転がっていく。


 刺激的なイベントだ。


 望んでも得られない伝説だ。


 それに載らないなどありえない。


 本能があるのだ。


 一眼レフはほぼ絶滅した。だがミラーレスのカメラのシャッター音を響かせる。変わらぬ光景、伝統とも言えるほど、繰り返される同じ光景だ。


 シャッター音とフラッシュ。


 一身にあびた首相が現れる。


 首相の顔は険しさを演じ、笑顔を決して漏らさない。迫真の演技であり、撮影した映像や写真はこれから発表するのに相応しい表情だろう。


「皆さんのご存知のとおり、ソブリン帝国の侵攻により未知世界ピクトランドの多くの国家で虐殺が引き起こされました。さらには戦火から逃げ遅れた何の罪もない日本人が犠牲となりました」


 首相は淡々と……と、言うには、熱を込めて虐殺という文言を繰り返す。敵が誰であるかを、ソブリン帝国という異世界の超大国の名前を繰り返した。


 虐殺。ソブリン帝国。


 この2ワードを繋げて繰り返す。


 演説は身振り手振りを交え、表情を変え、飽きさせないイベントになるよう工夫されている。


「日本人は! この蛮行に目を瞑ることは、かの大戦をえて、世界秩序と平和を愛する限りありえません!」


 記者団が「おぉ!」と驚く。


 強い首相は絵になっていた。


 かつてない、カラーだ。


 だからこそニュースだ。


「……日本政府は、日本人を守る責任があります。いかなる国家での在留邦人であろうとも同じです。例え異世界であってもです。日本は、日本国民は平和を愛しています」


 しかし、と、首相は続けた。


「話し合いの時は終わったのです。平和を愛して交渉する時期は終わったのです! 侵略者に対し、我々は力で拒絶しなければなりません! 力です! 我々の言葉は力で跳ね除けられました! であれば、我々は力で対抗し、そうして再び話し合いを可能とするのです!」


 力──。


 軍事力だ。


 平和教育が否定した、力の解決だ。


 戦争による政治の解決だ。そう、本来であれば、異世界を知る前であれば、スキャンダルだ。だが政治クラブの誰もが首相を責めない。むしろ、責める者は売国奴だと言わんばかりに首相の支持を明確にしていた。


 誰も訊かない。首相の言葉が意味するところは、異世界への本格的な『派兵』であるのにだ!


「既にピクトランドでは多くの同盟国と共同しております。すなわち我々が世界の正義であり、世界の秩序側であることは疑いようがありません。ならば、憲法にのっとり平和的な世界秩序の構築のため奮闘することこそが日本のつとめであります。同盟王国らと日本国は協力、日本人を、世界を守るために侵略者を、ソブリン帝国の侵略軍と戦うのであります!」


 過去、どれほど自衛官がピクトランドに送られた? 魔王討伐以外にも犠牲者が出ている。殉職者はたまにニュース記事になるがすぐに削除されていた。


 戦争へ疑問のあるコメントを残そうものなら、投稿したアカウントは袋叩きの精神攻撃を受ける。


 そうして封じながら、ピクトランドへ派遣された自衛隊の予算と人員は増え続け、噂では……独断での戦闘が黙認され、それが拡大している。


 無秩序な戦争の拡大だ。


 自衛隊は?本当の意味での戦略的な運用は不可能に近い、戦闘専門と言って過言ではない組織なのだ。


 だが総力戦に突っ込もうとしている。


 誰も気が付いてはいないのか?


 首相に、オフレコで話したことそ思い出す。熱弁する前の首相は言った。


「キミ、槍だとか剣を振り回すだけの土人に、現代の先進国が遅れをとると本気で思っているのかね?」


 本音だろう。


 ほとんど国民の、代弁だ。


 剣と魔法の世界に負けない。


 あってはならない。


 中世の騎士など大したことがない。


 戦闘機が爆弾を落とす。


 戦車が大砲を撃つんだ。


 ミサイルは100発100ちゅう。


 工業力や資源の生産量だって。


 中世ファンタジーなど敵ではない。


……そう、世界中が信じているんだ。


「私は陸、海、空の自衛隊に総力をあげて日本人の保護を命じます。日本人を保護し、悪しきソブリン帝国を撃破することは、あの大戦後から、永遠と日本の義務としてきた、平和への貢献へ新たな1ページを刻むでしょう! 今、日本が必要とされているのです! 平和に! 自由に! 正義に! 日本が必要とされているのです!」






√天に星、地には……〈終〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る