第2部

オープニング“ネット”

「日本の派兵なんて時代も変わった」


「比嘉2佐ッ! ちょくりーつ!!」


 先任が、神の言葉を発した瞬間、部隊の談笑は吹っ飛ばされて不動の待機の姿勢を部下達はとる。私は彼らに休むよう命じながら、どこか浮かれているベテラン新兵を見た。


 陸上自衛隊第1異世界救助派遣団。5個戦闘団へ再編されてからというもの、頭数は拡大する一方だ。それもこれも、ピクトランドでの戦闘が日に日に激化して、当初は邦人の救助活動だけに限定されていた戦闘が、政治家の強い嘆願と銃火器没収という強行までされてなお、戦闘が多発している。


 ソブリン帝国は積極的に自衛隊の迷彩服を狙っていた。幾らかの尋問の情報を共有したところによると、反ソブリン連合の黒幕は日本だそうだ。恐ろしいことに反ソブリンの諸王国兵も“そう思っている”ことだ。


 つまりはピクトランドの住人はみんな、日本がソブリンを撃破する為に策謀を使い軍隊を派遣してきた、と、敵味方で共有している。否定しているのは『異世界』の日本だけだ。


 鉄兜で禿げが進みつつある頭を撫でる。


「おつかれに見えます」


 と、刈り上げで白髪が目立つ、おっかない風貌と雰囲気たっぷりな上野1曹が多少は緊張を解いた声色で言う。そんな1曹の挙動を、先程まで談話していた下士官はもとより小隊長程の幹部でさえ緊張して横目している。


 上野1曹の人相の問題だ。


 上野の顔には、ワイバーンの熱線で焼かれた傷と、法弾で吹き飛ばされた顎が醜く形成外科され、片目は白濁し、右耳は半分ない。異様な怪物の風貌であるが日本人であることはかろうじてわかる、そういう男なのだ。


 何度も命を助けられている。


 上野は頼りになる男だが……ピクトランドでの戦況そのものを体現してもいるのだ。


「嫌な命令を受けてな。諸君、哀しめ」


「比嘉2佐に傾注ッ!」と上野1曹だ。


 休んでいた兵士が顔を向け力む。


「反ソブリン連合が、ライン平野で決戦の陣を敷いた。ソブリン側も答えて大戦では有数の戦力が集結している。我々も戦場の端から、これを支援しろという命令だ。哀しめ、本物の戦場に行くぞ」


 緊張が走ったのを感じた。


 5個戦闘団。戦闘団の実態は機甲戦力が増強された偵察戦闘“中隊”の発展型でしかないことは全員が幾度もの戦闘で経験している。しかもその書類上の戦力でさえ全ては動かせない。


 食料はともかく、弾薬も、燃料も、人や物の消耗を回復する手段にも乏しいのだ。ピクトランドに展開する自衛隊には補充する能力が著しく欠落しているという大問題を抱えていた。


 対して、ソブリン側正規兵の魔法杖はほぼ自動小銃と同等の火力がありながら無尽蔵の弾幕を展開する。幌のトラックや軽装甲の車輌では損害を重ねるばかりだと判明した。


 何が中世の土人だ!


 派遣された隊員の共通認識である。


「ライン平野に我が陸自は総力をあげて参加せよと神のお告げだ。敵を叩くぞ! 砲撃勝負は挑めない。褌を掴んでの乱戦になる。海自や空自の支援があると思うな、我々は陸自最強の実戦部隊だ! 数百年前の剣を振り回しながら片手間で現代戦をやる連中に一心不乱に鍛え上げてきた俺達の本気を見せつけろ!」


 とはいえ、嫌な予感しかない。


 マトゥーラ湾か……。


 俺達は何に首を突っ込んじまったんだ?


 自由オルクネイ軍なんて武装勢力を支援して、ソブリン帝国のオルクネイ直轄領を攻め滅ぼしたのは、自由と正義の為だったはずだ。


 ピクトランドにはどちらも無い。


 本国でも気にしていない。


 そんなことよりも、オルクネイ側から広められた『日本が欲しがる資源が大量に』流れているのが気になる。石油、黄金、ピンクダイヤ、レアアースにレアメタル……日本が地球の国際社会に秘密にしている莫大な裏取引の利益は……日本に不相応な損益の境界を踏み越えさせたんじゃないのか?


 異世界は魅力すぎた。


 きっと、もっと死ぬ。



 日本のSNSではとびっきりの話題だ。


 日本、戦後初の外地へ大規模な派遣!


:「ソブリンに勝たせるわけにいかない」大泉首相が都内で講演、反ソブリン組織支援強調


: 捕虜になったら飯抜きガリガリ苛烈拷問で死ぬ蛮族ソブリンクオリティ


: ソブリン兵の死体から日本アニメのステッカー発見。オタク戦争するのやめたら?


: 1つ歯車が違えば一緒に酒飲んで笑い会えた未来もあったのかも。でも今は死ね虐殺独裁政権


: ソブリン支配に現実味、反ソ大連合攻勢


: クラトスの街をソブリン軍が失い、次はテム攻防戦が展開する事が予想されます。テムが陥落すればソブリン軍は薄明の海へ出る重要な軍港へのアクセスを失います。反ソブリン軍はテムを狙うと思います。


: ソブリン軍兵士をモンスターで追いかけまわす反ソブリン軍。殺意が凄い。逃げるしかないソブリン軍練度低すぎ。


: 騎兵で突っ込んできて勝手に戦車に轢き潰されるの面白すぎだろ!林


: 陰謀論アカがソブリン系の流したデマを信じて嫌がらせを繰り返してるのか。陰謀論者はどこも一緒


: 民兵に戦線ぶち抜かれたアホアホ正規軍の図


:【悲報】日本政府、反ソブリン勢力に500億円の無償資金協力へ


:ピクトランドが熱くなってきた!


: ソ軍ワイバーンの大部隊がライン平野近くで消息を絶ったて聞いたんだけど対空ミサイル?本土軍団主力がソブリンに上陸してるとも。自衛隊大丈夫そ?


:はい売国奴。士気下げるとか工作員か?



「マトゥーラ湾沖か」


 艦橋で口ずさんでしまう。


 ピクトランドには幾つかの巨大な湾がある。巨大隕石が降り注いだ跡地と言うこともあり、水深が極端に深くなる青黒い海だ。大陸そのものがあちこち穴だらけではあるが、マトゥーラ湾は特に巨大だ。


 なので、ソブリン帝国海軍第14艦隊が遊弋することで海上を迂回してくる敵飛行騎を抑止するという任務は、いささかの不満がありつつも理解できる。


 汚名を返上するにも焦らないことだ。


「デ・マヨ事件以来、厄日だな」


 ソブリン帝国海軍第14艦隊は、ピクトランド任務部隊を構成する艦隊の1つで、正規龍母2隻を中核に各種の飛行騎180を装備する艦隊だ。他に護衛艦や水中対策の騎士団を抱えている。小国であれば充分な戦力だが、突発戦闘には少し不安がある。


 とはいえ、マトゥーラ湾での哨戒が主な任務とは言え、沿岸部への爆撃支援も必要だ。要塞からの法撃の射程外とはいえ、沿岸に寄せられるのは貧乏くじだ。


「要塞陣地爆撃に出てた騎体帰ってきました」と、双眼鏡を除いていた水兵が言う。低い雲の中からペガサスが高度を下げてくる。


 ペガサスは標準的な艦載飛行騎だ。ワイバーンやグリフォンと違い、足が爪ではなく蹄なぶん、少し足が頑丈である。それに軽い。ただし空中戦には比較的に不向きで、脚部はそれでも特別に頑強とは言えないので気を使う。


 損傷に強いのはグリフォンだ。ペガサスは足を骨折すると生死に関わる。それでもペガサスを大量配備するのは、通常種の馬程度の世話で済むし、世話を見れる人間も頭数も大量に抱えているからだ。


「龍騎士長、ドラゴンが見えないな」


「時期に来ます。何せドラゴンは足が遅い」


 その通りだった。


 ペガサスの編隊があらわれてから少し立ち、雲から巨大な、巨体が降りてくる。数は2。ペガサスとは比較にならないほどの巨大さ。ドラゴンだ。ドラゴンは巨体もさることながら全身の装甲や推進機や機械を装着して野生種とはまるで違う。


「ニホンの地対空ミサイルとやらは魔力が尽きたのか? 良いことなのだが、また全騎が揃っている。5日連続だな。それとも滑空爆弾に切り替えた効果か?」


「司令官。沿岸部への支援爆撃では少なくとも先日までの記録ですが、地対空ミサイルでの迎撃を受けていません。反ソブリンの対空槍による攻撃は受けていますが、広域に魔力障害を敷き、魔力発信源へは高価ですが弾道誘導法弾やドローンを急派していますので」


「……しかし早すぎる。枯渇するまで早くて1年と私は考えていたのだが……どこか重要な拠点を新設して、囮を空爆しているのではないか?」


「わかりません。ですが成層龍による航空偵察では目立った動きは確認できていません」


 サイレンが鳴り響いたのは、その時だ。


 海の魔物の悲鳴のごとき叫びが響いた。


「早期警戒騎より複数回の誘導槍とコンタクト。数は8。地上からではありません。国籍不明騎を2、誘導槍の前に確認。日本騎と推定しています」


 報告のかたわらでは接近する槍に対するチェック、味方ではないことを確認して迎撃のための誘導が始まっている。


 艦隊のデータリンク。


 捜索用魔力波を照射し、照準用魔力波で誘導して直撃させるのが旧来のやり方ではあるが、魔導工学の発展は。発射した艦と誘導する騎が別であっても当てられる。


 今回は早期警戒騎からの捜索を、先頭に出ている小型の錬金鯨が誘導する。足のある中距離誘導槍を発射する艦はまた別だ。しかしそれらは艦隊で1隻の艦のようの振る舞う。


 魔力で加速された対空槍の連続発射。

 

 艦橋からでは、それがどこに飛んでいくのか目視はできない。遥か遠くで当たる。


 暫くして──操作要員が淡々と「反応は消失しました。付近に未確認飛行物体無し」と報告してきた。

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