第1節「肉袋」

 総理大臣官邸の一室。


 ありふれたテレビ会議ではあるが、時折ある首脳会議とは顔触れがまったく違う。テーブル端に立てられた小さな日本国旗が、今まで気にしたことのない、お子様ランチの旗ほども意識してこなかったそれが、緊張する今は、重荷だ。


 大型テレビに幾つものワイプがある。


 どの国も、地球の国家ではないのだ。


 耳にかけた翻訳機は機能するのか?


 私の言うことはちゃんと伝わるか?


 それでも私は会議を中断させるわけにはいかない。会議のホスト国でもあるし……よりによって世界から突き上げを受けている戦争の当事国達なのだ。


 いまだ、ほとんどの国家が国旗と国名を一致させるどころか認知さえしているか怪しい国々の王族に話しかける。


「日本国総理の穴木です。本日の『異世界首脳会議』を開始させていただきます。ソブリン帝国との戦いでまずは独立を果たした王国の各国王族の皆様の更なる武運長久と今後を祈らせていただきます。我が国は諸国の王家の方々の苦渋の日々を支えることしかできませんが、それでも諸国の方々の今日は間違いなく、反ソブリンで一致団結した強い協力関係のお陰であると確信しております」


 長い会議の始まりの挨拶からだ。


 私は緊張を隠してモニターを見る。


 人間だが人間とは思えないような連中も並んでいる。爬虫類専門店やゲテモノ食い屋に並んでいそうな顔触れから、マンガにいそうなエルフの亜人までだ。


 王族というには高貴さを感じない。


 仮に野盗だったとしても気づかない。


 だが、日本国としてはどうでも良い。


 アメリカからの強い『自由と民主の輸出』の反動で、一時と比べれば中国寄り外交になってはいる。親中の売国奴と叩かれて久しいが……アメリカや中国と一定の対等性を、国力が弱体化しつつある数十年で、やっときたチャンスなのだ。


 日本を外国に喰われるがままになど。


「特に、ピクトランドの戦線からはオルクネイ王国の武勇は勇ましい話を幾つも聞いております」


 ピクトランドで最初に、ソブリン帝国へ反旗を翻し、世界同時に抵抗ののろしをあげたオルクネイの王に話しかける。


 腐り疫病の苗床のような醜悪な何かが口を開く。人間とも思えない怪物がオルクネイ王だ。見た目は醜悪なモンスターだが、話は通じる。人間を真似しているだけのモンスター説のほうが有力だが……。


 長い話し合いになりそうだ。


 だが地球とそれ以外の亜人との首脳会議は相変わらず難航した。獣は精神が人間と違いすぎる。



 ライン平野という場所がある。


 平野と聞けば草原くらい想像するが、ここには何もない。水は遥か超地下の水脈まで落ちて微風で土埃がたつほど乾き、雑草でさえほとんど育たないような環境だ。


 そんな不毛の地にソブリン空挺軍の第103空挺師団が展開している。兵の数で6000名が空挺の軽装備で、人海戦術を繰り返してくる反ソブリン連合兵を塹壕で迎え撃っていた。


 不毛の地に価値はあるのか?


 地図と地形では重要立地だ。


 平野は戦略的な高所を幾つも抱えていて、今は、ソブリン空挺師団が全てをおさえているからこそおびただしい数で押し寄せてくる反ソブリン兵の狂気的な攻撃に耐えている。


 それにもしライン平野を突破されれば、向かう100kmは防衛に適した地形は存在しない。地形としては幾つかの防衛の候補はあるが……どこもモンスターの脅威が高すぎる。


 反ソブリンから見れば、ソブリン空挺師団の防衛線を瓦解させれば絶望の撤退戦へと追い込み、貴重な精鋭を完全に全滅させられる好機だ。


 敵は死に物狂いの突撃を繰り返している。


 そして、大量の屍を積み上げ続けている。


 ソブリン側は劣勢にも見える。


 だが負ける気はまったく無い。


 むしろいつ勝てるのか期待した。反転攻勢は近いだろう、それまで耐えることに疑いなどなかった。耐えて、反撃して、今まで好き勝手してきた反ソブリン兵を蹴散らす!


「何やってるんですか、エルさん」


「うわッ!? コノエさんですか」


 私は慌てて日誌を片付けながら、傭兵仲間であるコノエさんに座ったまま話すわけにはいかないと立つ。


 噂では、ソブリンの元・親衛隊だ。


「日記ですか」


 コノエさんが、私が隠したようなものな日誌を見ながら言う。


「最近、始めたんです。もし私は死んでも、誰かが、私がどんなふうに生きていたのか、どんなことを考えていたのか残せると思って。私、リザードメイドですから何も持ってないんですよね」


「エルさんは既にソブリンの戦友ですよ。撤退する飛行騎に乗れば良いでしょう。あまりのんびりしていると魔法杖が壊れてから逃げようとしても遅いですよ」


「みんなを置いてはいけませんよ」


 本音だ。


 戦いたくは無いのに、戦い以外に生きる道はどんどん無くなっていく。他のリザードメイド達は稼いで、次々と引退した。


 私はどうだろう?


 充分に、稼いだ。


 村が再建できる。


 だけどまだここにいた。


「ソブリン王子とも約束しています。リザードメイドの一族の献身に報いるための居場所はありますよ。迫害は我々が責任を持ちます、エルさん」


「ありがとうございます、コノエさん」


 私は心から感謝した。


 だが、私はもう帰れない。


 すっかり手に馴染んだ戦斧を見る。


 花を手織り、畑仕事をして……そういうのは、もう私の手ではなくなっちゃったかな。


「ソブリン王子は」


 と、コノエさんが武器と私の間に入る。


「兵士は戦場にしかいられないと押し付けることこそが悲劇だと言っていたのを覚えています。かくいう私も1度は、名誉から転落して身をやつしひねくれていたところを、殴られて真人間にまで引き摺り出されましたし」


「酷くないですか? 王子が」


「酷い男ですよ、あれは特に」


 まったく、と、コノエさんは思い出しながら呆れていた。遠い過去を思い出しながら笑っている。


「ベイビル、ファレル、オズジフのアホ3人衆を知りませんか? 近衛組を総動員して探しているのですが、どうにも見つからなくて……」


「コノエさんはあの3人を探していたわけですね。さぁ、私は見てませんよ。リザードメイドばかりの場所なら人間は目立つでしょうし……」


「あぁ、気にしないでください。ちょっと縛り首体験をしてもらおうかと思っただけですので」


 ははは、と、コノエさんが笑う。コノエさんは凄く怒っているのだが、もしかしたら朝方の事件と関係があるのかもしれない。確か、コノエさんのグリフォンが足を痛めたとか。


 誰かがグリフォンの蹄鉄が弛んでいるからとはめなおそうと善意でやった結果、少し捻挫してしまっている。グリフォンがやんわり遠慮しているところを、足で挟んで固定していたのだそうだ。グリフォンも諦めて蹄鉄を打ち直してもらっていたのだが……片脚をあげているグリフォンの背後で驚かせてしまう輩がいて、その際に捻ったとか。


 それ以来、ベイビル、ファレル、オズジフが消えて、近衛が狩りをしているという話。


「あのバカどもぶっ殺してやる……」


 コノエさんと笑顔で別れて、背中を向けられた瞬間、ぼそりとそんなことを漏らしているのを聞いちゃった。


 私は、暇潰しにベイビル、ファレル、オズジフを探してみた。遠くには逃げていないだろうし、白鷲傭兵団から逃げたとかも無いわよね?


「う〜ん?」


 リザードメイドから見ると、人間の顔の区別て難しい……陣地の外で野晒しにされている戦車の場所まで来た。


 74式戦車、何度かの戦闘で鹵獲した陸上自衛隊の兵器ね。ダーマの槍兵を火力支援するために参加していたところをドローンが襲撃して破壊したもの。


 重かったが、重量級の動物兵器らが持ち帰ってきた。ドローンの強酸が融解させた装甲は、鍾乳洞の石灰石のように溶け垂れていて、中の人間は焼け死んでいた。


 今は、中にいた、たぶん人間は解剖に回されているんだっけ。身元の判別をしないことにはどうしようも。骨に再起動の刻印が打たれていても大変よね。


 傷だらけになった戦車に触れる。


 何度となく繰り返した戦いの1つでしかない中で、鉄の彼は死んだ。巨重と呼べるほど大きな物ではない彼は、日本人にとっても重要な物ではないだろう。古い戦車、老兵……。


 そんな彼は、丸っこいデザインで、90式や10式とは違うデザインであるし、装甲のレイアウトも明確に違った。


 主力兵器は古くとも脅威だ。


 105mmライフル砲は騎士の鎧を貫けるし、正面装甲は並みの魔法杖からの光弾であれば充分に耐えはしただろう。


 何万発という光弾の小さな傷だらけだ。


 だが、重魔法杖の炸裂魔法で右側の履帯と転輪諸共に車体側面に大きなダメージを与えられた。足が止まればなぶり殺しにされる。


 戦車に乗っていた人間は4人……らしい。


 ドローンで乗員はバラバラにされていたので、推定で300kg強分の人間がいたと調査をしていたヴァンパイアは言っていたわ。


 どんなことを考えながら死んだんだろ?


 砲塔を回し105mm砲を撃つ。


 耳をつんざく砲声そして炸裂。


 戦っているときは、戦車に人間がいるなんてことは想像もしてはいなかったじゃない……鹵獲して、遺体らしきものを片付けて初めて人間が乗っていたのだと私は衝撃を受けた。


 人間と殺し合っている。


 こんなことがあったわね。


 少し前の戦場で、後方の部隊が戦線を破って侵入してきた敵と鉢合わせた。機甲の小部隊で10式と他いずれも装甲と足が一体の車両と、精々馬車でしかないものとの撤退中の遭遇戦よ。


 簡単に蹂躙されてしまったわ。


 戦車は馬車に戦車砲弾を撃ち込み、薄い障壁を薄氷のように突き破って皆殺しにしたし、馬車の鼻先に戦車で塞いで横転させたあと、全力で加速して踏み潰して、戻って、踏み潰していった。


 ソブリン帝国兵のネズミ人が身動きとれないまま轢き殺されるのが……見えていた。


 私達は馬車ごと放り出されて、その場で陣地を築いて死守した。降伏しようと日本式へ白旗をあげた連中は機関銃に薙ぎ払われたわね。


 対戦車槍の弾頭をセッティング、安全装置を解除して、私達は肉弾で抗い、大きな犠牲を払いながらも撃退に成功した。


 法兵の支援もあったしね。


 日本軍は、ソブリンを皆殺しにしようとしている、と、噂が広まっている。激しい怒り、反ソブリン勢力への怒り……そういうものが渦巻いているのを感じる。


 私が、私達がエルフの子達と一緒に避難していたとき、自衛隊が私達を撃ち、エルフを保護して……私は拳を握る。


 怒りや恐怖は無い。


 リザードメイドは、感じられない心だ。


 だが感情が無いということじゃないの。


 人間は地球の日本人はどうなのかしら。



「撃つな! 敵は降伏している!」


 戦闘団砲兵指揮所にうるさい声が響く。


 155mm牽引榴弾砲とMLRSの砲撃は既に命令されている。敵を殲滅するための好機だ。そしてそれは成った。軍人として敵を滅ぼす当然のことをやった。


 数少ない高価な偵察ドローンの視覚映像がモニターされて、釘付けにされているソブリン兵らが機材諸共に宙を舞った。


 やった!と誰かが叫ぶ。


 鉄拳が飛ばされていた。


 殴ったのは確か比嘉2佐とかいう奴だ。本土では嫌われ者で、帰国もできずに最初期からずっとピクトランドで人殺しをしているシリアルキラーだ。


 えらそうなことを言っていた。


 降伏した兵士がどうのこうの。


「何故、撃った!? 砲兵への要請は出されていない! 俺の部下が目になって敵と戦っている。その部下が撃たないと判断したものをお前達は……どういう了見で撃っているんだ!?」


「ふん。敵を見逃すことのほうが利敵行為でしょう、比嘉2佐。いえ、比嘉1尉。あんたも俺も戦争をしているんだ。それに、ソブリン帝国は今まで散々弾圧や虐殺をしていたんだろ。日本人も大勢死んでいるんだ。良い気味だ」


「貴様は軍法会議ものだぞ。命令不服従に国際法違反だ。自衛隊法に幾つ抵触しているか想像もつかん。だが今は俺の権限で貴様の指揮権を剥奪し、俺が引き継ぐ。砲撃を中止しろ!」


「未知の攻撃魔法の可能性があります」


「……なんだと?」


 砲兵指揮所の同僚の言葉に、比嘉2佐がドスの効いた声で返していた。今のうちに撃ち尽くしてしまおう。撃て、撃て、撃て。


 話は続く。


「あの動きに攻撃魔法の可能性があり、武装解除をしていると保証は難しいでしょう? 我々は安全が不十分だと判断して砲撃を選んだだけです。正当な判断であると思料します。何よりも我が軍は少数ですし」


 ロケット噴射の激しい轟音。


 榴弾砲の内臓を揺さぶる衝撃波。


 総合火力演習なんて比較にならない本物の戦争を感じると興奮した。しかもリアルタイムで敵がどうなったか、俺達の仕事はどんなものか見ることができた。


 ドローンからの映像が中継される。


 数万発の子弾や破片が、虐殺と圧政のソブリン兵どもを薙ぎ倒す。引き裂かれて、死んで、ざまあみろだ。

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