第2節「小休止の狭間で」

 ソブリン帝国。


 世界中の誰もが認める唯一の超大国。その国土、植民地は惑星の歴史上最大の版図を誇り隔絶した栄え方をする陽の沈まない帝国。


 高度な技術、莫大な人口。


 世界そのものを塗り替えて、汎ソブリン語が世界共通の標準語になっていた。この星では、帝国が文字通りの世界の中心であり細々とした武装勢力を強力に抑圧することで全面戦争や過剰な国境紛争や内戦は抑制されてきた。


 日本が転移してくるまでは……。


 帝殿宮は山よりなお巨大な城壁に囲まれ、何層もの城壁の更に深奥にある。攻城砲や軌道龍の三日三晩の猛爆でも陥落しなかったソブリンの聖域だ。


 要塞神殿、市街地、数人で都市を陥落させられる強化兵士数万に莫大な市民を抱え、守られているのが帝殿宮だ。


 ソブリンは、献身と団結あってこそだ。


「帝殿宮で雑談をしようなどと、お前じゃなければ口にしないような不敬だぞ、白鷲傭兵団のジョージ・ソブリン」


「ご足労に感謝感激ですよお婆様」


 祖母にあたるソブリンの双子の女王の片割れに頭を下げた。


「長くは話せないが、移動中だと言うことにしている。再編された第116魔導師団への視察だよ」


「装甲化師団ですね。錬金車を集中している精鋭だった筈ですが消耗して本土に戻されているとは知りませんでした、お婆様」


「反ソブリン連合の人海戦術、肉弾突撃には悩まされる。兵士1人に数百人が押し寄せる始末だ。ゴブリン種族のごとく1年で倍に増える繁殖力旺盛な輩に加えて『献身大隊』は拡充するばかね」


「献身大隊……死者も再起動させているのですね。現代戦でも議論がずっと続いているネクロマンシーの領域でしょうに」


「ほとんどはゴーレムだが死者も多い。既にソブリンは失われ、制御を離れている。だが、帝殿宮や本土では、楽観的だな」


 しかし、とソブリン女王は続けて言う。


「日本め。良いタイミングで介入してきたものだ。オルクネイでの浄化作戦と反ソブリン活動のピークに、なんともタイミングが良く、我々には最悪の瞬間に放火されてしまった」


「お婆様。日本について話したいことがあって、今回は引き留めさせてもらいました」


「ジョージ。可愛い最初の孫。お前にはかなりの物資を与えた。継承権を捨てさせてしまったお前へ、せめてもの贈り物にな。私は、その結果、お前が失ったものの多さに後悔している」


「目や手足はありふれています。……それよりも日本軍がピクトランドで大規模な反攻作戦を展開するという情報を掴んでいます。情報源はリザードメイドで、反ソブリン側の領域深くで、陸上自衛隊の配置換えがあった、と。第1異世界救助派遣団の半数、4個戦闘団が完全充足の上でライン平野に移動している、と」


「ライン平野……」


 ソブリン女王が確認するように呟く。


「オルクネイ主力野戦軍を撃破する為に、我が空挺軍が展開して活動している。だが熾烈な抵抗にあっているともな。1人を殺せば100人は出てくる始末。物資の大量消費には頭を悩ませている戦線だ」


「確証はありませんが消耗の激しい補給線を締め上げて、空挺軍の撃破を狙っている可能性は具申させてください、お婆様。今、ライン平野近辺は激しい戦場の霧のせいで小さな丘の先でさえもわからない状況です」


 まして、と、私は続けた。


「……反ソブリン思想は、泥沼の美しくない戦場に厭戦が広まっているとも聞きます。大きなイベントを求めるでしょう」


「装備の軽い空挺軍の突出は絶好の獲物を狩る好機到来というわけか」


 空挺軍は戦略機動に優れた精鋭だ。ドラゴンと共にどこへでも飛んでいき展開する。だが空を飛び、ドラゴンのブレスに支援されると言っても、大口径砲の不在はもとより、杖1つでも通常の陸戦兵とは違う。陸軍のように太い補給線と踏みとどまる大戦力としては期待されていないのだ。


 だが実際はどうだ。


 精鋭の名前が1人歩きしていた。


 各地の火消しに酷使されていた。


「英雄達を救出する許可を」


 大規模な衝突をしている。


 戦場で1000人にも満たない小部隊でしかない空挺軍が、孤立して、全滅しかけている。


 開戦当初から彼らは戦っている。


 そろそろ帰してやりたい。


 という本音は隠して、ソブリン女王に、白鷲傭兵団のライン平野派遣を売り込んだ。



「一時休戦……?」


「はッ。ダーマ王。これはオルクネイ王からの提案です。反ソブリン評議会は既に通しております。度重なる消耗で双方小休止を挟もう、と。それでは、他にもまわるべき場所があるゆえ、失礼!」


 伝令の空中騎士が、空へと飛んでいく。


「ダーマ王陛下」


「余はこういうべきか。何!? 本当か!! そのような軽薄で驚きの言葉を並べるべきか?」


 ポカンとした臣下を下がらせる。


「天幕で休む。任せるぞ」


「はッ! ダーマ王!!」


 椅子に座ることができない。


 立ったまま頭の中を思考が走る。


 ダーマ王国は当初こそソブリン帝国軍との戦闘の矢面で強い圧力を受けていたが……ソブリン帝国は今や数十という国家に分裂している。世界同時革命だとオルクネイのあの男は言っていたな。


 ソブリンは実質日本国に大敗した。


 帝国が分裂状態で大混乱のはずだ。


 自殺するしかないと考えていた戦争に、ダーマ王国が生き残る道は……残された。だが果たして世界を大混乱におとしめてまで得たものは……なんだ?


 小国のダーマだけで数万人の兵士が死んだ。


 どれほどの血が、今の時点で流れているのか。ましてや戦争と混乱はまったくおさまる気配はない。


 休戦だって?


 もはや調停者であるソブリン世界帝国は存在しないというのに、どこが強制性を持って停戦を守れるというのだ。


 疲弊しきるまで戦うしかない。


 利権は、細かく砕かれすぎた。


 抑えてくれる頭はすでに無い。


 我々は、ソブリンという敵、あるいは主人を失い自立するための光景でさえも持ち合わせてはいないのではないか!?


 どッと汗が吹き出す。


 ダーマ王国の国境では不審な武装勢力が散見され始めている。それが隣国から送られてきた反王国勢力であることは分かりきっていた。


 ダーマ王国には鉱物資源こそないが、大水源を幾つも抱えている。それが狙いなのだ。


 ソブリンという監視者を失い、利益のために有耶無耶が一斉に動き始めている。すでにいくつか地区では法の効力が失われて、部族が利権の回収に重武装を始めている。


 ソブリンが崩壊したのではない。


 世界が崩壊したのではないか?


「自由と平和に万歳」いつ頃からか、ソブリンからの独立大戦だとかいうたいそうな名前がつけたれた頃から叫ばれる言葉ほど悍ましいものはないではないか。


 戦力分析の報告を思い出す。


 ある意味では気心の知れたソブリン帝国とは別の、日本国についての情報は重い意味を持たせていた。


 日本の人口は1億2千万人。


 大国に相応しい人口だが、国土は山間部が多くその食料調達能力での高い比率が輸入頼りにある。日本は、日本だけでは飢え死にするしかない太りすぎたドラゴンのような歪な国家だ。


 いつ大量に死者を出しても不思議ない。


 四方を海に囲まれた日本は、当然に強力な海軍を保有しているが、もし、海魔達を放たれれば、日本の国民の半数は餓死にするような不安定さがあるのではないか?


 ソブリンが、見逃すとは思えない。


 ソブリンが日本を停戦交渉に絞れば、日本は国民の半数を犠牲にしてでも戦争を継続する決断をできるか否か……日本が半数もの国民を死なせるわけがない。


 であれば、日本は手を引く。


……我々は復讐に燃えるソブリン兵の矢面へ、支援も後ろ盾もなく放り出されるだろう。世界の3分の2を支配できる軍事大国を相手に消耗戦?


 世界大戦でも無茶だ。


 数百万では足りない死者だ。


「なんとしてもソブリンとの講話を模索しなくては……日本が完全に手を引く前に……過激派を封じ込めて、和平の下地を作れなければ……早晩、ダーマ王国は消滅するであろう」

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【第1部・完】基礎科学が魔法の世界へ日本国がきた RAMネコ @RAMneko1

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