第4節「火花」

「お姉ちゃん急いで!」


 戦争だ。


 誰が敵かなんて……わかんないよ!


 あちこちから法撃が飛んで……。


 兵隊が殺しあった。


 私たちは焼け出されただけだもん!


 どこの誰かとかわっかんないよ!!


「……はぁー……はぁー……はぁー……」


 酷い息。


 病気もちの蚊に刺されたよう。


 いくら吸っても息ができない。


 もう少し……いや、一日歩く。


 そうすればパリスという町に辿り着ける!


……て、聞いた。お父さんに。


 村のみんな──十二歳より下の子たち──でずっと歩いてる。私は、本当は一二歳だけど一一歳てことにされた。

 

 最年長だ。


 大人たちはいない。


 私は、お母さんが現役時代に使ってた槍を引きずる。重くて、揺れて、上手くもてないけど……。


 ぶかぶかで鰭みたいなトンガリのある兜の髪で滑ってふらふらしていた。


「みんな! ここでちょっと休もう!」


 みんなを疲れさせてはいけない。


 お父さんの言葉だ。


 疲れていたら、もしもの時、逃げられない。


「枝を拾ってきて。ご飯にしよう」


 半日は何も食べてない。


 でも、もう離れたから?


 乱れた息を戻しながら見渡す。


 食糧と燃料調達に出た子を除けば、二〇人。


 みんな私よりも、さらに小さい。


 それでもずっと訓練に使ってきた小さな剣や、小さな弓を持っていて、食糧も少し抱える、小さな軍隊だ。


 水を飲む。


 みんなは各々で土を掘り土窯を作る。


 五人で固まって、鍋は一つだ。


 火を起こすが煙はあがらない。


 お母さんが教えてくれた通り。


「……」


 泥だらけ擦り傷だらけの腕をさする。


 他のみんなも大なり小なり同じもの。


 お母さんとお父さんに任されたんだ。


 私がみんなを守らないと!


 疲れた体に力を入れさせた。


 干し肉を噛みちぎりながら考える。


 大人たちは武装して敵をおさえた。


 私たちは少しでも早くパリスへ行く。


 パリスへの到着が目的だ。


 お母さんお父さんの願い。


 他の子たちの親にも託された。


「頑張らないと……」


 少し休もう。


 とても眠い。


 まどろんだ。


 お父さんが鎧を着ていた。


 いつもの情けない父ちゃんと違う。


 顎まで兜で固めて変な声だったな。


──叫び声が聞こえた。


 夢へと落ちかけた意識が戻る。


「き、き、騎馬隊だ!」


 騎馬。


 馬に乗った連中!


 厄介な、速い!!


「騎馬隊だ!!」


 見張りの子が全力で走りながら叫ぶ。


 その子はただただ森を抜けていった。


 恐怖がみるみる広がっていく。


 不安な小声が大きくなっていく。


「落ち着いて! 武器をとって!」


 迎えうつの?


 それともバラバラで逃げるの?


 迎えうてば全滅してしまう。


 それぞれ勝手に逃げればお互いを囮に、運が良い子たちは生き残る。仲間を見捨てて……でも森の視界で散れば確実に誰かは……!


「エル姉ちゃん」


 と、産まれた日も知ってる子が、不安気な顔で見上げていた。私の名前を呼び、見ていた。


「え、円陣防御よみんな!」


 私は、みんなと一緒を選んだ。


 大丈夫、もしかしたら、大丈夫だから。


「お互いの背中を守って! 武器以外の荷物は捨てるの! 隣の仲間を信じて! 訓練と同じだから!」


 馬のいななきが届いた。


 蹄が森をむさぼる音も。


 森の中を馬が走ってる。


 だけど、まだ見えない。


「見えた!」


「どこ?」


「木のせいで視界が悪い」


 だけど熱を感じる。


 巨大な蛇みたいに繋がってる。


「いた! 近づいてくる!」


 小さな丸盾、小さな槍。


 みんなで丸を描くように並んだ。


「殺されるの?」


「死なない」


「お父さんみたいに」


「お父さんは生きてる」


 弱気な声が聞こえた。


 励ますような声もね。


「……神様」


 私は祈った。


 村ではバカにしてた。


 村の、私達の神様だ。


 リザードメイドの神様。


 それはすっごく大きな石造だ。


 お母さんやお父さんは、石造の神様をご先祖様なのだとも言ってた。


 怪しい!おかしい!


 と、困らせたっけ?


 だって、私達と全然違うもの。


 私達は神様よりずっと小さい。


 伝説では──。


 リザードメイドの神様は嵐神だという。


 嵐神は、晴れることのない大嵐を引き起こして、そこでは地上の物も地上に縛られず、時間さえも川の流れへさからうかのように乱れてしまうのだそうだ。


 石の都を空に持ち上げ、私達のご先祖の都が滅びつつるときは、風で掻き集めて吹き溜まりの都へとご先祖達を集めた……らしい。


 赤雷の槍を放ち黄金の血を流す人々を焼き、石の肌はどんな魔法も寄せ付けず、神々の都の城壁さえも遂には崩したという神様だ。


 お母さん達は、本当のだと言った。


 私は信じてない。


 だけど私は祈る。


「来るよ」


 騎馬隊が──迫る。


 バシネットをおろす。


 川海老のような兜だ。


 後頭部へと長く伸びている兜。


 お父さんのはやっぱり大きい。


 二つ下のペレラが叫ぶ。


「情けなく戦うな!」


 だがかえって静まった。


 私はペレラに合わせた。


「私たちを敵に刻みこんでやれ!」


 おう、と、一心の声が森を震わせた。


「突撃ィッー!!」


 と、騎兵隊がランスの先端を下げる。


 言葉が、暴力として押し寄せてくる。


 馬は草食なのにそれはどんな猛獣の群れと目があったときよりも恐ろしくてたまらなかった。


「こ、怖いよ……」


「……私も、だよ」


 騎士団は絶叫をあげていた。


 馬たちが駆け寄っていった。


 近づくたび体の震えが大きくなる。


 体がこわばって目が離せなくなる。


「リザードメイドに近づけさせるな!」


 森が叫んだ。


 私たちの声ではない誰か。


 閃光が走り、雷鳴が轟く。


 光が降り注ぎ、大地が焼き尽くされた。


 光の雨が私たちを襲う騎兵を薙ぎ倒す。


 何が……。


「目が……」


「大丈夫、眩んだだけだよ、戻るから」


 咄嗟に目を守った私だけが、騎兵の末路を見れたみたい。光に引き裂かれ、焼かれ、馬も人も、鎧ごとバラバラにされていた。


 森が動いた。


 だけど目を凝らしてもよくわからない。


 トレントみたいな木の怪物とは、違う。


 だけど全身から木の枝やらを垂らして、森の中へ虫や獣が姿を誤魔化すように、そいつらは森に化けていた。


 リザードメイドの舌で熱を取りこむ。


 熱の形を見た。


 よくわからない。


 生き物だ。


 熱は、ある……気がする。


 でもとても冷たくて、陽にあたる木々よりも熱は無い。冷たくて冷えた枯れ枝みたいに静かな熱だわ。


 人間では……違う?


「驚かせてすまない。我々はピクトランド評議会軍の人間だ。キミたちは……リザードメイドの氏族か?」


 木の化け物は人間みたいな声で言う。


「え、えぇ、村を焼かれてパリスまで」


「良かった」


「え?」


「エルフどもを道中で拾った。彼女たちもパリスまで連れて行ってはくれないか。我々には敵の斥候……あー、さっきみたいな連中を追い返す仕事があるんだ」


「それは……良いけど」


 パリスまで送ってくれないんだ。


 私は少し落胆しながら恩人の頼みを聞く。


「ファレル隊長」


「ありがとう、オズジフ」


 木の化け物が、人間を連れてきた。


 森に隠していたらしい。


 人間とは耳が長くて熱が違う。


 エルフて言っていたよね。


 ハイエルフやダークエルフじゃなくて、ハーフエルフ。混血の妖精たちか。


「パリスまで頼んだ。食糧と水、それに自動杖も渡しておこう。使ってくれ、そのくらいしかできん。ベイルト、彼女達に渡せ」


「了解。お嬢ちゃん、名前は?」


「エルか。自動杖の説明をするぞ。危ない武器だ。お姉ちゃんに任せる。防具もな。パリスまで、さっきの馬に乗った兵士くらいまでならなんとかなるだろう。ただし、冷静にな。まあさっきはよく頑張った。あんな風にいれば辿り着ける」


 長く話していたわけじゃない。


 たぶん一〇人くらいいて、そのうちの数人とだけ喋った。ファレル、オズジフ、ベイルト。


 男かも。そういう声だった。


「お嬢ちゃん、健闘を祈るよ」


 と、ベイルトてのに託された。


 私は強くうなずいた。


 話ではパリスは近いそうだ。


 もう少しの辛抱だった。


 大丈夫、みんなで……。


「空中けいかーい!!」


 ファレル達が一斉に空を見る。


 木に身を寄せて、隠れていた。


 私たちは呆然としていた。


 人間でも竜でもない腹の底から震える音だ。


 私達の上に、空を飛んでいる奇妙な船──ワイバーンのように左右に翼を広げているが金属質で、さらにはそこから、巨大な回転する羽根がグルグル回っていた。


 上から強い風が落ちてきた。


「ニホン軍!」


 と、オズジフが叫ぶ。


 丸い赤丸の紋章が見えた。


 空から轟音が響き落ちた。


 そして木々を薙ぎ倒す。


 枝が千切れて飛んでいた。


 大樹の幹に何か喰いこむ。


 鏃よりもずっと小さくて鋭い物だ。


 ファレル達が何かを、叫んでいた。


 あれ? エルフはどこにいるんだろ。


 探さないと。お姉ちゃん任されたんだ。


 オズジフやベイルトが、自動杖を、私に教えてくれた通りに使っていて、頭の上のワイバーン擬きに魔法を射かけている。


「あれ?」


 みんなが倒れてる。


 私も足から力が抜ける。


 気がついたら頭が地面に落ちてる。


 腹這いで水溜まりに沈んでいる。


 気持ち悪い……早く起き上がって……。


「ペレラ?」


 ペレラが目を開けたまま倒れている。


 ファレル達が、空からの途切れない魔法に追い散らされて下がっていくのが見えた。


 その時に「動くな」「すぐ戻る」とも。


 空の轟音が止んだ。


 ロープで緑の服を着た人間が降りてきた。


「要救助者確保! 怪我はありませんか?」


 緑の服は、エルフ達に話しかけている。


 エルフの子達は震えて声を出せてない。


 私が伝えないと……声がでない。


「モンスターに襲われて間一髪でしたね」


 緑の服たちはそれからエルフの子達を次々とロープでくくって、空のワイバーン擬きに載せていく。


 それが飛び去って、私達は残された。


「ペレラ。みんな」


 痛いのがお腹に広がっていた。



「でかした!」


 狂喜乱舞ものの報告だ!


 大使館に残ったのは正しかった。


 自衛隊が、エルフを救出した。


 評議会軍の生物兵器か何かのリザードマンを退けて、エルフの子供達を五人も救出したのだ。


 エルフは衰弱していて、飛行機を使って日本の病院に緊急搬送されたが命に別状はないそうだ。


 でかした。


 私は海底の光ケーブルがまだ通じている、ネットがあることを確認してスマートフォン、ルーター経由で地球側のSNSにこの正規の救出劇を投稿した。


 反応は最高だ。


 ニホン人が、そして西側が傾いた。


 オルクネイルを助けなければならない。


 そのための協力をするべきだ、と。


「よし! よし! 一世一代の好機だ」

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