第6節「古い艦隊」
「遂に動きました」
冷静をよそおう副官の声は震えていた。
無理もない。
仔細を聞かなくとも想像がつく。
評議会の河川艦隊と言えば、母港はポンペイ、代将はバスコー少将か。彼がポンペイ艦隊、装甲艦一〇〇隻を率いて遡上してくるのだろうな。
双子蛇の川だ。
法撃は河川の端から端まで届く、決闘窪地での艦隊戦となるだろうな。守るのに、そして決戦にも都合が良い。
「デュモノニーポートの艦隊は?」
「砲艦五、装甲艦一〇、それに自発的に参加を打診してきた武装商船が五〇が出せます。ですが……」
「かまわん。率直に言いたまえ、グレンビルくん」と、私は帽子を手にとり被る。
副官のグレンビルくんはやっと口を開く。
「虐殺されます、ドレーク艦隊司令」
私は席を立ち、軍港を見た。
そこには幾度となくピクトランドでの艦隊戦を経験してきた古兵らがいる。人も艦もだ。
彼らは忙しなく働いている。
勤勉な水夫らは物資を運ぶ。
薄明の海からへと続く、双子蛇の川に接して作られたデュモノニーポートの艦隊で、海を知らない海軍。
「敵は四〇〇隻強。伝統軍装備でさえなければ大した敵ではないのですが……」
無理もない。
一〇〇年では足りない古い設計の装甲艦だ。
グレンビルくんも不満が多いことだろうな。
戦争の無秩序な拡大を防止する国境沿いの戦力制限が無ければ、艦隊はオルクネイを三回焼いても余る火力で整備できるというに。
「提督、最高戦争指導官からも命令です」
伝令がノックの後、紳士に言う。
最高戦争指導官か……。
眉間に皺を作らないようつとめた。
「読め」
「はッ。本日未明、ニホン国より援軍として四隻が出航した。開戦への参加にさいし充分に注意されたし、と」
伝令が退室する。
「……四隻か」
その程度で何ができるのだ。
何より我々が戦争すべきだ。
◇
「ドレークめ。情報にない新造艦だ」
「例のニホン国の艦でしょうか」
側近であり監視役でもあるレンスロット卿が
淡々としたくぐもった声で言う。兜で顔を隠すことと言い好きにはなれん。
「タロルカン中将。オルクネイ地上部隊は要塞線の突破に成功しております。艦隊は地上砲撃で支援せねば、ポンペイからの長距離法撃で壊滅してしまうかと」
「時間との勝負なわけだ、レンスロット卿」
「目が浸透しつつあります」
「ニホンに色気付きおって」
反吐が出た。
オルクネイの人擬きどもめ。
人間扱いされる慈悲も忘れて、蛮族の手先としてはむかってくるとは!!
怒り、憎しみはあった。
何よりオルクネイ人が気に入らない。
しかしそのような感情はおしころす。
「討伐艦隊はいつ観ても美しいな」
「伝統軍装備ではありますが」
「水をさすなレンスロット卿」
大河原をゆく鋼鉄艦だ。
今では見られない独特の美学がある。
連綿に受け継がれてきた職人の技術。
鋼を折り曲げ、鋲を打ち、巨大な連装砲塔を一基搭載した程度で排水量のほとんどを使う。
原始的な動力砲艦だ。
甲板より上には艦橋も何もない。
水線ギリギリで海へもでられん。
だが、美しい芸術品だった。
「使うのはおしくなる」
「タロルカン中将。始まります」
「水をさすな、レンスロット卿」
竜か?
オルクネイ艦隊から影が飛ぶ。
目を細めながら「砲撃戦用意」と命令を出し、レンスロット卿の復唱から伝声管を通じて艦隊に広がる。
それは虫のようだ。
激しくはばたいている。
ある種の虫や鳥が空中で静止するように、頭上で巨大な翼を回転させる飛行機械だな。オルクネイの連中ではない。
やはり、ニホンか……。
フリンティめ、たまには当たるのか。
『こちらはニホン国海上自衛隊。あなた方は国境地帯での大規模な虐殺を展開している』
拡声器か。
『こちらはニホン国海上自衛隊。あなた方は国境地帯での大規模な虐殺を展開している
。ニホン国は国際秩序と基本的な人命の保護の道義から。これ以上の虐殺を認めるわけにはいかない。現地点より侵入せず、直ちに母校へと引き返しなさい。繰り返す……』
私はこのニホンの無配慮さに怒りを抑えるのに必死であった。虐殺をしているだと?
オルクネイの人擬きが。
きゃっつらを知って物を言っているのか。
我が方の国境要塞地帯突破のために何が使われたのか、何が引き起こされたのか知っていて、我々を虐殺者だと!
秩序と人名の為に排除するというのか!?
「タロルカン中将」
「少し頭が冷えたぞ、レンスロット卿」
ニホンの艦は四隻か。
頭上を飛ぶ飛行騎と同じく、技術体系が違うな。そう大きくはない。主砲は小口径砲が一門、ただし隠している武器の可能性はある。頭上のセンサ系は性能は高くはないだろう。出力が出せるとは思えん。
クソッ。
竜がいれば空爆させる絶好の標的だ。
砲はまさか単発ではあるまい。
自動発射するタイプであれば厄介だ。
伝統軍装備だからな。
射程外から抜かれるか。
それも、薙ぎ払われる。
艦隊戦をするのか?
さて、どうするか。
『転回せよ、引き返せ。転回せよ、引き返せ。さもなくば貴船への発砲が許可されている。転回せよ、引き返せ。転回せよ、引き返せ。さもなくば貴船への発砲が許可されている』
蓄音機でもあるまいに繰り返すな。
ニホン人は記録と再生ができないのか?
魔力照合は……。
千里眼の要員が首を横に振る。
無しか。
「敵艦発法!」
閃光。
法炎か?
僅かに煙。
着弾はかなり遠かった。
小石を川に投げた程度の水柱が断続的にあがり、最初の水柱が崩れるまでに何本もの水柱が昇る。
まるで水竜だな。
速い回転速度だ。
美しいまま次々撃てるのか。
「慌てるな。警告だろう」
彼我の戦力は少し厳しい。
最初の法撃から、こちらが再装填する間に、艦隊の半分以上は撃沈されることだろう。河川艦隊の増援の望みは薄い。
もし艦隊が壊滅すれば封鎖できん。
「下流だしな」
「全艦会頭ー」
と、レンスロット卿が命令を出した。
確認が早すぎるぞレンスロット卿よ。
ニホンとはまだ早すぎるだろうな。
さて、地上軍には悪いことをした。
基地航空隊と連携して追撃を切る、ポンペイからの長距離法撃ための観測を封じるポイントはあるさ。
焦らずに……。
その時である。
艦が、大きく揺れた。
先程の威嚇の比ではない。
艦隊全体を覆わんとするほどの、大質量砲弾による斉射を浴びていた。
バカな。
動揺した。
艦隊は回頭の途中で横腹を、順番に晒している最中での卑劣な奇襲を受けていた。
オルクネイの艦隊から撃たれた。
「イルデパン、マレー、轟沈します」
目を走らせた。
先頭で回頭していた二隻には特に火力が集中して、火災が深刻だ。見るからに大穴が開き、沈みつつあり、そしてそうなった。
大爆発を起こし衝撃波と黒煙が高く昇る。
卑劣な奇襲に対して、艦隊の各艦は独自の反撃を散発的におこなっていた。
ニホン艦が急加速する。
白波を激しくたてて肉迫してきた。
まるで水上を走るドラゴンだった。
ニホン艦は艦首の自動砲を振る。
途切れることのない静かな法撃は、艦隊の装甲艦を肉と区別などなく破壊し尽くして、あっという間に過ぎ去った。
鋼の暴風か、あるいは馬上槍を受けたか。
私が意識を取り戻した時に終わっていた。
炎上する艦が川の流れに任せられていた。
その隣を白波たてるニホンの軍艦がゆく。
オルクネイでも評議会海軍でもないのだ。
一つの時代の終わりなのだ。
それをこの時私は確信した。
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