第7節「自動杖」

「歩兵なんぞに貴重な竜を渡せるか!」


「だから俺は重騎士だ! 渡せよ!!」


 ベイビルが竜を貸せと暴れていた。


 彼は重騎士であり最初にニホンと接触して『生き延びた』のだから優秀なのだろうが、今じゃ俺らと一連托生の歩兵だ。


 要塞地帯の第一、第二層から精々軽傷で撤退できたのは奇蹟に近いんだがな……。


 俺は手に馴染んできた自動杖を磨く。


 刀剣や長槍ではなく、自動杖が緊急配備されつつある。つまり意味するところは、国境での紛争拡大を防ぐつとめが放棄されつつあるということだ。


 重都市パリス。


 要塞地帯をオルクネイの連中に食い破られ、大規模な陣地帯から市街戦に入ろうとしている。それもこれも、ポンペイに配備されている忌々しい長距離砲のせいだ。


 オルクネイは悪魔の兵器を使っている。


 要塞突破のための怪物砲だ。


 丘よりも巨大で、重爆種のドラゴンより重い巨弾を大量に撃ち込まれては要塞の大半は吹き飛ばせえるし、強化された陣地も直撃すれば一撃で爆散した。


「くそッ! 竜のチンゲどもめ!」


「まだ言ってるのか、ベイビル」


 不機嫌いっぱいのベイビルが、がさつに自動杖を扱う。自動杖の黒い汗を精油で綺麗に磨き始めた。


 俺は終わり、と。


 歴史上、竜は最強の生物だ。


 空を飛び、火や毒を吐いた。


 並みの地上生物じゃ対抗できない。


 竜こそが生態系の頂点なのだろう。


「自動杖も良いもんですよ」


 と、俺はベイビルに言ってみた。


 俺だって元々は竜に乗ってたよ。


「ファレルさんは悔しくはないんですか。ワイバーンを降ろされて!」


 と、ベイビルくんはすっかり曲げている。


 ベイビルくんは若いな、素直そのものだ。


 叫んだところで今は変わらんよ。


「地上戦なんかで死にたくない! 死ぬなら空だ! いや、妻が……」


「生きるか死ぬか案じたところでどうにもなりませんよ、ベイビルさん。今を考えたうえで生き残る方法を探しましょう」


 ワイバーンの世界は遠ざかったしな。


 今の俺の仕事は自動杖がメインだよ。


「要塞地帯を突破した軍隊にはニホン軍がいた。なんでもオルクネイ人虐殺の犯人として、パリスの防衛司令を責任者に逮捕するらしい。ニホン軍はそのための警護だとか」


 と、俺は、オズジフの帰りを待ちながら、聞いた話を思い出していた。


「ニホン軍は三万人を展開。一個軍くらいか。オルクネイとの戦争へ本格介入するとは、オルクネイとニホンは密通していたわけだな」


「薄明の領域にあらわれた異世界だとしても、もはや敵対関係は確定だな。噂じゃあ本国は予備役の動員と派遣に関してほぼ消化したらしい。工場での増産もな」


「国際問題になるだろうな、ベイビルくん」


「国際連盟は対オルクネイ敵対条項発動の審議に入り、気の早い列強は派遣軍の編成を進めている。ソブリンが筆頭だ。大戦争になるさ。オルクネイだからな」


「まったくだ、ベイビルくん」


 オルクネイ──。


 蛮族との要衝で重要な土地。


……と、言うわけではないのだ。


 聖地グレシャスがあるからこそ、伝統軍に兵器を限定させていたものが、ニホンの介入によるオルクネイ蜂起によって、こうも易々と枷を外してしまうとは……。


 血が流れすぎてる。


 オルクネイ人の思う壺だな。


「おい、見たか!?」


 と、席を外していたオズジフだ。


 オズジフは椅子にすべりこんだ。


「ドローンが山積みされてたぞ!」



「信じられん……」


「事実です、閣下」


 ケイネス将軍が引き入れた、どこぞからやってきたニホン海軍の戦果を聞く。


 壊滅。


 壊滅である。


 ポンペイにいた艦隊戦力の九割強が轟沈したと、ケイネス将軍は言う。


 河川が閉塞されかけるほどの総排水量だ。


「信じられん……」


「事実です、ドレーク閣下」


「ケイネス将軍。ニホン海軍はどのような魔法を使ったのだね。これは……悪い冗談のようだ」


「ドレーク閣下、敵を撃破できたのです」


 ケイネス将軍が忠告を言葉に含めた。


 だが、私は言わざるをえないのだよ。


「たった八隻で、伝統軍装備とはいえ虐殺可能な指揮権と兵力を私の管轄に入れたのだぞ」


「お言葉ですが先程からドレーク閣下のご懸念をはかりかねます。オルクネイの解放は悲願であり、重大な一歩だと言うのに、なぜそれほど迷うのでしょうか」


 私は、ケイネス将軍の目を見た。


 溶けかているがまだはっきりした瞳には、赤ではなく白銀の血の流れる血管が細く、細かく走るのを見た。


 私と同じオルクネイの血筋だ。


 穢れた血筋だ。


 やがて人間らしさのない我々の血は、我々自身をむしばみ、指先から機能を奪い、醜い骨と肉の巣と変容する。


 であるからこそオルクネイに追放された。


 若い頃は不当な扱いだと決起にはやった。


 だが……だが、オルクネイの宿命を目の当たりにしすぎた。命令であるのであれば従おう。


 我々を弾圧する軍に挑戦したい。


 そういう趣味も最近もっている。


 オルクネイは広い。


 考えない石にならなかったからこそ、オルクネイ自身の手で、軍備も、文明も、見るに堪えないありさまではなく、むしろ進んでいる。


 醜いオルクネイなりに誇りもある。


 だが……ニホンはどうなのだ?


 ケイネス将軍が、評議会に勝つためだけに引き入れた外様のニホンは。おそらくケイネス将軍は、無知なニホン国を騙しているのだろう。


 でなければ、あるいは何を売ったのか。


 私には疑念がつきない。


 何よりも深く危惧している。


 オルクネイ悲願のパリス攻略だ。


 血気盛んな、オルクネイ民族運動なるものに酔っている義勇兵が大量に集結していると聞く。熱病に浮かれ、殺しをうとわない狂乱した若造連中だ。


 我々の正体さえも疑わぬもの……。


 オルクネイもまた多勢死ぬだろう。


 ケイネス将軍が設計した戦争か?


「ドレーク閣下」


「白髭には少々、刺激が強かったよ、ケイネス将軍。河川艦隊の観戦部官として将官が直々にというのもいかがと思うたが、なるほど、良いものが見られたのであろうな」


「えぇ、新しい時代を見ました」


 と、ケイネス将軍は短く笑う。


 私は彼を絞め殺したくなる顔を隠した。



「手短にな」


 と、みすぼらしい男は言った。


 公海上の、おんぼろ船の上だ。


 月明かりは弱く、良く隠していた。


 光学、魔導、あらゆる面で警戒だ。


「ニホンという国を知っているかい」


「知らん。なんだそのニホン国とは」


「新興国家……というにはいささか古い国です。ただし漂着してきた。我々の世界に。次元の穴が開き侵攻しています。あのオルクネイの土地でね。今はピクトランド共和国軍が対応していますが……」


「蛮族にてこずっているのか?」


「ふふっ。フランドフィネ国やドラクドラコニスタン国だったら、そうは言いませんよ、ゴッドランドのソブリン王子」


「名前を呼ぶな。いや、狙いだな、フリンティ」と、ソブリン帝国の王子は言う。


 今回の密談にソブリンがいた記録だ。


 ピクトランド共和国とソブリン帝国の秘密の話しあいだ。気づかれては面倒だが、独断ゆえ、口を閉じていただく保健も欲しい。


 ソブリン帝国は今、もがく季節だ。


 経済も国際関係も大国病が深刻だ。


 暴走する民衆に、国家が隷属する逆転した病理のせいで、王族が他国で『外遊』しようものなら絞首台か断頭台が叫ばれる。


「ソブリンはオルクネイ自治区を支援しましたね。幾つか記録があります。まだ生きている首もありますが聞きます?」


「どこも多少の干渉はしていよう? それを叩くと言うなら貴国が少数民族への工作をしていることをつつかざるをえなくなるぞ、フリンティ王子」


「いえいえ、誤解なきよう、ソブリン王子。私が知りたいのはオルクネイが暴走するほどの『武器』を与えたのか確認がしたいだけです」


「知らんな」


 と、ソブリン王子に言われてしまった。


 そうか、それは……とてもとても困った。

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