第8節「法撃と使い魔」

「オルクネイの畜生どもめ。最初から伝統装備じゃないな。横陣なんて誰も敷いてはいないぞ」


 土煙をあげながら、榴弾の直撃の被害を減らすために機甲戦力で猛進する楔形陣形の一団が迫ってくる。


 それを激しい法撃のなか観測を続ける。


 巻き上げられた土砂が雨のように降る。


「見てるな!? 地雷原に入り次第、ドローンと法撃要請を! オルクネイめ現代戦を知らないな。今じゃ大規模な突進は容易に補足され叩かれると教えてやれ!」


 オルクネイの機甲部隊は追われていた。


 正確な観測射撃で法弾が追ってくるのだ。


 オルクネイの戦車兵どもは最大速度のなかで直撃弾を受けて死ぬか、みずから地雷原の死地へと飛びこむ。


 踏んだ地雷が一斉に炎をあげた。


 短い炎と激しい煙が流れていた。


「足が止まったヤツを狙え」


 ベイビルはカニ眼鏡に爆風を浴びながら、塹壕の中からオルクネイの侵攻の監視を切らさない。


「ファレル!」


「わかってる!」


 俺はベイビルが照合する地図のマス目に合わせて、法兵部隊に要請を出した。重法兵部隊は間に合わなかった。


 だが軽便な迫撃法兵は手に入れられた。


 火力は弱いが、貴重な戦力だ。


 まだ俺達の主力は伝統装備だからな。


 槍や剣……自動杖の配備も充分じゃない。


 その代わり使い捨て対装甲槍は幾らかある。


「ファレル。戦車だけじゃない。奴らどこからかバトルジャックまで走らせてるぞ」


「魔導ドォレム! まるで正規軍だな」


「オルクネイどもめ止まらないな。戦車を使い捨てにするか。戦車の通った“わだち”をバトルジャックどもが進行中だ──わッ」


 爆風が塹壕を掠めた。


 カニ眼鏡があおられ倒れる。


「今のはヤバかった」


「おかしい、ベイビル。オルクネイの野戦法兵にしちゃ今のは強力すぎる。80mm級じゃない。100mm……いや、150mm級の破壊力だ」


「なんでわかるんだ、ファレル」


「俺が新人の頃の仕事は法撃の弾着観測だ。その時に使われていたのは90mm野戦法。オルクネイはやや細いが同じようなもんだが、今のは全然違う」


「……パリスに使う攻城法か」


「それもたぶん違う、ベイビル」


 風を切る高速音が響く。


「近い!」


 頭上で爆発した?


 黒煙と熱風、破片が降ってきた。


 黒い花が咲く。


「法弾の質もおかしい。ただの魔法弾じゃないぞ。そうか、ニホン軍が法撃しているんだ。奴らは魔法を使わない。だから法弾も!」


 さらに一発、塹壕の上で炸裂した。


「ニホン軍が地上部隊を送ったのか!?」


「空軍と海軍がいるんだ、おかしくない」


「だが……だが……!!」


 言いたいことはわかる。


 オルクネイへの本格的な干渉だ。


 列強でさえ公然とオルクネイを擁護はしない──できないのである。それをニホン人はしているのだ。


「大戦を引き起こしたいのか……」


 竜か?


 空爆もくるか。


 上空を、見る。


 遥か上空を灰色の機械が轟音を伸ばしながら、凄まじい速度で飛んでいた。


「バカッ! 頭下げろ!」


 法弾が空中で炸裂する。


 熱風だが、冷たかった。


 甲高いジェットの音だ。


 オルクネイのワイバーンめッ!


 目を上に向ける。


 ワイバーンの特徴的な皮膜の翼と、騎士のちっぽけな姿が見えるほどの低空を飛んでいた。


 ワイバーンには動力が付いていた。


「強化装置付きだ」


「王立空軍は何をやってんだ」


「いや来たぞ、遅いんだよ!」


 白煙を引きながら、制空権を握っている空軍のワイバーン部隊が頭上の空へ侵入してくる。


「やっつけろ!」


 王立空軍のワイバーンから何か分離した。それは魔法の燐光を薄く散らしながら空を泳ぐ。


 空対空槍だ。


 オルクネイのワイバーン部隊は障壁をばら撒いて回避をしようとするが甘い。空対空槍は障壁をかわして次々とオルクネイ側ワイバーンを撃墜した。


「やった!」


 瞬く間にワイバーンでの空中戦は一方的だ。煙をあげまがら消し炭に落ちてくるワイバーンは、全てオルクネイのワイバーンだ。


「王立空軍万歳!」


 地上では法撃の中なのに歓声があがる。


 オルクネイの法撃が弱まった。


 謎の実体弾による砲撃も、だ。


 ワイバーンに空を抑えられたからな。


 思うようにはいかないだろうさ!!


「勝てるぞ!」


 士気が上がっていた。


 王立空軍ワイバーンが陣地上を過ぎる。


「なんだ?」


 オルクネイの方角から高速で何かが飛んでくる。それは小さな炎を尻から、ドラゴンやワイバーンとは逆向きに出していて、大気を震わせるような甲高い音をあげている。


 そして……ワイバーンに直言した。


「おい、なんだあれは?」


 ワイバーンが砕け散った。


 肉片がバラバラになった。


 焼けていた。


 だが誰も見てはいない。


 更にその上を見ていた。


 何かが俺達の頭の上まで、先程のワイバーンを撃墜した物に似たものが飛んできて、そしてそれはもっと大きく、頭の上で何かを種蒔きするように落とした。


 落ちてくる。



「要塞の上じゃワイバーンがバタバタと墜ちた。ありゃあオルクネイじゃないぞ」


「同感だよ、ベイビル」


 野晒しの病院で、包帯のミイラにされた姿で話す。あちこちからうめき声、腐った肉の臭い、小便や糞が混じった最悪の艦橋だがな。


「ワイバーンを墜したのだが」


 オズジフが考えながら続けた。


「うちで扱っていた地対空魔槍に似てる。原理や形状は違うが、飛来してきた角度や、ワイバーンを精確に当てたところから似たような代物だ」


「地対空兵器か」


「それも……たぶんニホン。オルクネイとは根本から違う。つまりは我々の技術体系とも、だが」


 警報が鳴り響く。


 オルクネイと開戦して何度も聞いた、腹の底から震える嫌な音が鳴らされた。


「警報! ニホン軍陣地に動きあり!」


 このクソ忙しいときに!!



 パリスでの市街戦だ。


 建物一つをめぐって、召喚獣と市民兵が血みどろの戦いを演じ、ビスク・ド・マスケッターが大通りで激しい弾幕を展開する。


「武器庫のマスケットを派手に開放してるらしい」と、窓枠から顔を出した瞬間、オルクネイの狙撃兵から熱線の魔法を撃ちこまれた。


「危ねぇッ! 頭が真っ二つだった!」


 パリスの北門が破られてから速いな。


 ニホン軍陣地から、鉄の箱が一二両出てきて、大出力魔法の斉射で吹き飛ばされたせいだ。


 古竜でも北門を一撃は無理だぞ。


 人の腕より巨大な矢だったらしい。


「召喚獣を注入してパリス全域で押してる。身動きがとれなくなるぞ。どうする?」


 と、ベイビルが数人で突撃してくるオルクネイ兵を自動杖の連射で薙ぎ倒した。


「ここも長くは保たない」


「……フリンティ様のところへ行くか」


 と、オズジフが言う。


「まだ渡してない記憶石がある」


「死ぬぞ。今、突っ切るのは」


「オズジフには妻子がいるだろ」


「みんなそうだ。だが義務もある」


「忘れちまえ! 生きることを考えよう」


 ファレルが部屋から体半分出る。


 そして、廊下の左右を確認した。


「行けそうだ。真下までこられちゃいつ爆破されて突入かわからん。引き上げよう。パリスはどうにもならねェ」


「お前達は行け」


 オズジフが自動杖を持って言う。


 ゆっくりと兜のバシネットをおろす。


「フリンティ様の下に走ってくる。お前らの記憶石を寄越せ。生きて辿り着ければ渡しておいてやる。後生大事にしておくな」


「……」


 俺とベイビルの目が合う。


「うるせぇクソ団長、白髪で走れるか!? 一人で行くならここで首を吊ると同じだとわからないくらい耄碌かよ!」


「初老のクセに召喚獣とかけっこできるなんておこがましいぞ! 援護してやる走れよ」


 パリスの政庁へ走りますか……。

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