第9節「とある戦の終わり」

「おぉ! 王子様じゃないか!」


「フリンティ王子万歳!」


「なぁにが万歳だよ。お会いできてなんとやらです、フリンティ王子!」


「ファレル、ベイビル、オズジフ、何をしている。パリスは時期に陥落するぞ。反対の門はまだ開いている、さっさと逃げられよ」


 私が少なくなった部下とともに、政庁の補強をしていたときだ。見覚えのある三人組が通りを影から影へ走ってやってきた。


 いや、蜥蜴頭もいる?


 どういう組み合わせだ。


 まあ、なんでも良いな。


 パリスの市民兵は、伝統装備での決戦はできても、敗走を踏みとどまるような能力はない。


 大半の兵は使いものにならない。


……議会陸軍の援軍は拒否された。


 パリスは陥落する。


「逃げ遅れちゃいましたよ」


「これお土産です! 閣下!」


「地べたのドラゴンでもいれば良かったですが、もう諦めましたよ。最後の砦はここで?」


 煤けた三人の顔だった。


 召喚獣の群れを錐のごとく切り開いてきたのか、自動杖は高熱を帯びているし、抜き身のままの剣や槍からは滴る血さえ拭われてはいない。


……すまない。


「状況は?」


「既に城壁を破られ市街戦が始まっております。しかしオルクネイどもも攻めあぐねている様子で、建物一つ、一つをめぐって攻防が継続中です、閣下」


 それはつまり長くはもつまい。


 評議会はパリスを生贄に、これ以上の懲罰活動は益無しと試算している。覆ることは無いだろう。


 最高評議会からの通告だ。


 王家の首なら価値があろう?


 過去、幾度もそうしてきた。


「これ以上は人的資源の浪費か。数百万人を戦場に送るのではなくパリスから逃がし、五分の一でも生かすほうがピクトランドの将来のためである」


「まあ仕方がない。やれることをやろう。戦線はいまだ固い。退去がまだ完了していない民を順次、分散して強制連行させよ。護送車でもなんでも放り込め」


「宝物庫から好きに使え。新しい生活には物入りであろうからな。こっちではもう必要ない。鋳潰せ。護衛の竜は?」


「二〇〇騎いますが充分な体力があるのは五〇騎ほどでしょう。護衛の竜の状態にあわせて道を選別します」


「よろしい。一任する」


 政庁の深奥までが攻防、最後の砦だ。


 そこに座ると“いよいよ”を自覚する。


 オルクネイの連中が押し寄せてくる。


「防げ! 一秒でも長く!」


「ファレル! 伏せろ!!」


 敵は、もうそこまで来ている。


 パリス市内での戦闘中だろう。


 連続した機械的な音が響いた。


 魔法とはまるで違うそれだ。


「自動小銃てヤツだ! 撃ちかえせ!」


「オズジフ! 槍を持ってきてくれ!」


「どけ! どけ! 対戦車槍が通る!」


 使い捨てにした者達が集めてきた記憶石に記録があったニホンの自動杖だろう。記録と、実際に聞くのは少し違うね。


 記憶石に、最後の声を入れる。


 近衛兵の悲鳴が届いてしまった。


 まだ残っていたのか……。


「死んでも抜かせるなァッ!」


「法撃の切れ間を狙え!」


「ドローンはまだか!?」


 ピクトランドの標準語と違う悲鳴。


 戦闘の煙が、扉から、流れてきた。


 連続的な爆発音が、響いた。


「エルとやら」


「は、はい!」


 側の兵もみな消えて残るは蜥蜴頭だけか。


 なんとも奇妙ではあるがオルクネイの銀血ではない蜥蜴頭であるらしい。贄にされた民であることは、その傷から赤い血が流れていることからも明白だ。


「これは記憶石。記憶する石だ。お前に託す。ある人物に渡してほしいが……そこまでは求めん。エル、これを持って逃げよ。ニホン人にはその蜥蜴頭さえ隠せば手出しはできまい」


 と、私は外套をエルに着せた。


 色褪せた私の幼少の頃の外套だ。


 何度もこれを着て、ソブリンの王子とともに小さな……本当に小さな冒険に出たことがある。


「さぁ、行け、蜥蜴頭」


 私は蜥蜴頭をフードで隠す。


 エルは、政庁の奥へ消えた。


 上手くやることだろう、彼女は。


「化け物めッ──うぐッ!?」


「このファレル! 剣には自信があるぞ!」


 僅かな静寂のあと扉が爆破された。

 

 煙とともに緑色、茶色、黒色の模様で偽装している連中が入ってきた。腕には四角い白に赤丸だ。


 笑ってしまう。


 その服は森で着るものだろう。


 他にも何人か青い服の者もいる。


 装備が違いすぎる。


 緑の服と青の服は別組織か?


「ニホン国、警視庁のマツモトです」


 青服が言う。


 あまりにも酷い我々の言葉を話した。


 虐殺。


 責任者。


 逮捕。


 そう言うことらしいな。


「ニホンよ。我々は我々の責任で戦争をしていた。ニホンよ、貴様らがどのような責任で戦争を始めたか知らないが、遠からずこの報いは受け止めることになるぞ」


 ニホン人の誰もが言葉を聞いていない。


 両手に手錠がかけられた。


 つくづく、ふざけた国だったな。



「これがあのパリスか」


「ソブリン様」


「目立つことはせん。そんなことよりもお前たち、難民にもっと上手く紛れよ。近衛の風格が臭うぞ」


「……はッ。ソブリン、危ないぞ」


「それで良い。火事場泥棒はしないさ。ただ、そう、呆然としている」


「呆然?」


 近衛隊長がしゃがれた声で言う。


 長年の功労者で近衛隊長であり、神殿騎士でもある、並みの貴族など歯牙にかからない男が、らしくない声で、だ。


「フリンティとは友人ではなかった」


「知ってる」


 近衛兵が、こちらの様子をうかがう浮浪者どもを睨む。パリスで家を失った住民かもだ。焦げた身なりは、浮浪者とは遠いものだ。


「おい、そこの奴ら」


 浮浪者どもがビクリと肩を震わせた。


 浮浪者どもは逃げようとする。


 だが、すぐに近衛が捕まえた。


「そう急ぐな。お互い家無し。おい、食うに困るだろ? 一緒に傭兵をやろう。支度の金子は出してやるぞ」


「よ、傭兵たってどこに!?」


「ニホン軍に決まってるだろはが。頭数がいるぞ。お前の仲間を集めて見ろ。命を捨てられる連中だ。金なら──」


 俺は懐から宝石を出した。


 掌に美しい石が転がった。


「──ここにあるぞ。お前、死ねるか」


「ここは地獄さ。どこも地獄なら……」


「よろしい!」


 今後の方針が決まった。


 気楽に言ったが……俺は、けっこう怒りに震えている。俺達の友が、ニホンで処刑されるのだ。


 虐殺者として裁判に掛かっている。


 それをパリスの進駐軍が話していた。


 命ではない、紛い物どもが、である。


 許せるものではない。


 我が生涯を捧げよう、友よ。


 俺は、友が寄越した記憶石に触れる。


 ニホンに関する資料を編纂した物だ。


 幾万の命よりも、重い、それなのだ。


 だが残念なことに、俺の手にあるのは、ピクトランドの王立空軍、王立海軍はもとより、評議会陸軍でさえニホンとの戦闘が少なかった時期の記録でしかない。


 もっと情報があれば……。


「あの……」


 と、汚らしい蜥蜴顔が塞ぐ。


 近衛が剣に手を添えるのを制する。


「なんだ、蜥蜴顔」


 蜥蜴顔は煤けていて、襤褸のまま立ちすくんでいた。焦るな、という内心と、いらつく俺がいたが、後ろの俺を抑えつける。


「フリンティ様が、これを渡せば、安全を保証してくれるだろう、と」


 近衛が完全に剣を抜く。


 瓦礫漁りの浮浪者どもが逃げだした。


「誰かとは言いません。しかしこれを」


 俺は目を見開く。


 蜥蜴顔の、鱗の手にある物……。


 まさか記憶石なのか。


「どう使うかは任せる、と」


 蜥蜴顔は言う。


 人間ではない亜人だ。


 肌も目も、違うもの。


 だが無下にはできん。


「貴重なものだ。お前の命などとは比べものにならん、かもしれん。それゆえに報いよう。例え中身が屑であってもな。パリスから出たければ、手引きする。望みはあるか、蜥蜴顔」


 蜥蜴顔が人には理解の難しい表情をする。


「私の名前はエル。望みは一つです」

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