第5節「蝿がたかる黒い果実」

「散兵帰りでいきなり建築労働だぞ」


「ぼやかないぼやかない落ち着いて」


 厄日だな。


 都市パリスから出ての攻撃偵察に同行させられて、エルフやリザードメイドを拾って、おまけにニホン軍の襲撃だ。


 厄日すぎる。


 ニホン軍の襲撃から生き残ってから、負傷したリザードメイドの収容やら後始末をしていたら強制的に要塞増築強制労働だ。


「ッたく……記憶石にニホンの絡繰について吹き込んでおかないと」


「あれなんで回転する翼で飛んでるんだ?」


「オズジフさん……」


「オズジフ、あれはワイバーンの翼と同じだ。羽ばたきが回転運動になっているのだろう。その方が楽なときもある」


「ふぁ、ファレルにベイルトそんな諭すように言って、呆れたような顔するなよ……そうかお前らワイバーン乗りだから知ってるな!?」


 塹壕の土留めに使う丸太を三人で運んでいると『伝統兵』に睨まれた。


「目を合わせるな、ベイルトさん」


「なんで俺が名指しなんですか」


「お前が一番喧嘩しそうだったからです」


 オズジフには大ウケしていた。


 ベイルトはチンピラて感じなのだ。


「背中の自動杖のせいですよ。俺たちは杖がありますが、要塞や他の兵士の大半は伝統装備です。やっかみもしますよ」


 自動杖の兵器がある。


 あるが剣を支給される。


 政治的な都合で命の危機が増す。


 そんな中に特例があれば嫌味な感情だって起きるもんだ。文句を吐かれていないだけ温情がある。


……そういうことにしておこう。


「ん? 口笛吹いてるか?」


 風を切る高い音が長く続く。


 鳥の鳴き声では、なかった。


「伏せろッ!」


 オルクネイとの国境沿いに建造された要塞地帯にて赤い砂嵐が巻き起こる。近くにいた、赤い砂嵐に巻き込まれた兵士らは、迷宮じみた塹壕のほんの少し先で、血を吐きながら臓器を破壊された。


 溶けた内臓が塹壕の水路に流れる。


「持ち場に戻りましょう」


「ベイルト、オズジフ、生きてます?」


「奇蹟が起きてますよ」


「たぶん死んでる」


 オルクネイ導師団の攻撃魔法による奇襲。


 防毒兜を付ける余裕のなかったものは倒れたが、生き残った兵士らが構うほどの余裕は残されていなかった。


 始まった。


 倒れた戦友を回収する暇もなく、主要防御陣地より前へ展開する監視用陣地と地雷源に対して激しい砲撃が集中していることは、遠雷のような、腹を揺さぶる震えですぐさまわかった。


 途中、ヘザー中隊長と副官が話していた。


「こっちは始まったぞ。被害を受けてる」


 油断していた通信兵の崩れた肉から、通信用発振水晶板を取って後方に繋ぐ。術式が乱れて上手く頭で再生できない。


 妨害も念入りか……。


 新しい暗号パターンがバレてるな。


「ヘザー中隊長。オルクネイの裏切り者どもが先制攻撃してきました。小隊は陣地に展開中です」


「わかった。監視点にいた兵員の収容状況はどうだ。数キロメートルを走ってここまで辿り着くのは至難だぞ」


「対騎士地雷原の散布は現在進行形ですが数が少ない。オルクネイ側も正確な地図はありません。処理している間に、自動二輪で駆け抜けてきています」


「よろしい。中隊は迎え撃つぞ。オルクネイの連中は新しい法撃装備をプレゼントされたらしい。だがやることは変わらんぞ、ファレル」


「はッ。中隊戦力の報告を急がせます」


 持ち場へとついた。


 私の墓だと言われた場所だ。


 土壁を挟んでベイルトとオズジフがいる。


 私はカニ眼鏡に目を当てる。


 半年かけた第一防御線だ。


 簡単に抜かれることはない。


 地面に降ろされて最前線巡りだ。


 運のない……要塞地帯の最前線。


 哨戒線よりは後ろだが、真っ先に衝突することになる場所への配備はいよいよヤバい配置になったわけだ。


 オルクネイの導師団の制圧法撃の嵐が見えていた。既に頭上を過ぎて、後ろの防衛線に向けて法撃が移動している。


 オルクネイの突撃はもう近くだろう。


 要塞都市パリスから五〇キロメートル。


「法撃にしては大きすぎるぞ」


「デュモノニーポートにデカい大砲が据えられたて噂だ。パリス前面まで射程内だとか」


「大きそうだ」


 長距離法撃や大型ドローンを相手には不安な縦深は、伝統装備を前提にした陣地だからだ。塹壕は単純なものだし、充分な資材も投入されていない。


「もうすぐかな?」


 と、防毒兜で顔を覆うオズジフさんがくぐもった声で言う。


「どうでしょうね」


 塹壕は迷宮だ。


 人間よりも高い壁だ。


 丸太で土留めされている。


 梯子が無ければ、どれほど跳ねても外の様子を見ることはできない。あちこちでは導師団からの法撃からの立て直しが急ピッチで進んでいる。


 大半は伝統装備の刀剣。


 死傷者の移動、再配置。


 爆破され崩落した豪の修復。


 監視役が遥か頭上で警戒を強めていた。


「ニホン軍がいるだろうか?」


 と、ベイルトが空を指差す。


「どうだろ。今のところは通常通りて感じ。召喚獣隊が露払いして、重装甲兵が射程内に侵入、法撃戦て流れが主流。地上、空中ドローンが飛び交うから、目を光らせないと」


「ファランさん、詳しいな」


「座学では空の前に地上戦からなんです。空中戦適正が無ければ陸戦ワイバーンに乗りますから」


「あー。そういえばありましたね。哨戒飛行ばかりだから陸戦ワイバーンてほとんど見たことないです」


「防空部隊配備だったからよく見ましたよ」


「へぇー」


 とか、ワイバーン談義が続いた。


 法撃の音が遠ざかり、笛が鳴った。


 戦闘配置につく合図だった。


 梯子を登り射撃地点につく。


 一人、一人が、土の壁に囲まれて、立つとちょうど自動杖が地面と水平になるような作りだ。


 土の湿った空気が流れてきた。


 土の臭いと法撃の臭いがした。


「…………来た」


 法撃で下草や木々が腐った灰色の地面を、六本足に獣が足の半ばまで泥に染まりながら歩いてくる。


 数が多い!


 召喚獣だ!


「知ってるか?」


 オズジフさんが緊張の混じった声で言う。


「基礎魔法学では、魔力てのは計算で導き出せる。伝統装備の時代と現代は違い、環境モデルから魔力総量を推測できる」


「へぇー。魔力なんてあらためて考えたこと無いな。なんとなくで使ってた」


「バカ。その魔力を練るのだってプロセスがあるんだベイルト。魔力分子の周囲をスピンするエーテル子に……」


 中隊長から攻撃の笛が鳴らされた。


 据え付けの大型重自動杖から、無数の光弾が規則正しく吐き出される。光弾は召喚獣をバタバタと薙ぎ倒す。


 撫でるように銃口が横に滑ると、何匹もの召喚獣が面白いようにひっくり返るのが見えた。


 召喚獣は獣型がいれば、天使に似た形がいる。どちらも召喚魔法で現実化した魔法生物系群だ。


 こっちの世界の生物とは違う。


「異次元に帰りやがれ!」


 露払いの召喚獣が砕け散る。


「ん!?」


 景気良く光弾が召喚獣の津波に吸い込まれていた筈が、突然、跳弾に変わる。目に見えない壁が張られた。


 直後。


 重自動杖の陣地の一つが爆発した。


 高い黒煙と土煙あるいは焦げた肉。


 俺たちじゃない奴らが吹っ飛んだ。


「一筋縄とはいかないか!」


 オルクネイの導師団だ。


 それから激しい波状攻撃を受けたが、要塞地帯の第一防衛線は良く耐え、突破を許さずオルクネイの総攻撃を跳ね返した。


「やったな!」


 陣地に歓声が満たされたのは、オルクネイどもが引き上げて、攻勢が何時間も無くなってからのことだった。


 歓声。


 オルクネイの第一波は撤退だ。


「勝ったな」


 気が弛む。勝つのは気分が良い。


 そこへ、破滅的な法撃が落ちた。


 陣地には直撃せず俺達よりずっと前にズレたが、その衝撃波のようなものは感じた。


 通常の法撃より遥かにデカい、と。


「デュモノニーポートから贈り物か」


 放置されていた死体に蝿が止まっていた。



「現状を報告せよ」


 オルクネイ解放戦線軍戦争指導者の言葉に、答えなければならない貧乏くじを引いた。


「……はッ。パリス方面軍による要塞地帯に向けての第一次総攻撃は完全に失敗しました。現在は損害の穴埋めと再編、次の総攻撃に備えているところです」


「なぜだ?」


 戦争指導者は言う。


 答えられるものはいなかった。


 いや、答えはあるのだ。


 口にはしないだけだな。


 総司令部には戦争指導者に真実を言えるものはいなかった。何故ならば、戦争指導者の目論みと実戦場とあまりに乖離していたからだ。


 戦争指導者は平野での古式の戦場を想定していた。だがパリス方面軍が直面したのは長い地雷原、法撃やドローンの襲来、塹壕地帯からの重自動杖の激しい弾幕だ。


 あまりにもかけ離れ過ぎている。


「最高司令官殿、よろしいでしょうか?」


「発言を許可する。ケイネス中将」


「実は、戦闘が始まる寸前にニホン大使館から連絡がありましたようで、ようやっと今しがた報告がのぼってきました」


「内容は?」


「はい、誠に失礼ながら戦況かえりみて要約させていただきます。ニホン政府は、評議会軍武装勢力による虐殺に関し、これを重大な国家的犯罪行為である虐殺として、とても見過ごす事は出来ない。評議会軍によっておこなわれる全ての軍事作戦の即刻停止、徹底した調査で虐殺に関与した武装勢力の実行犯の逮捕を要求する。なお、オルクネイ抵抗軍からの要望があればニホンは、オルクネイ抵抗軍に対し支援の準備がある、と」


 ケイネス中将が芝居の臭いで断言する。


「ニホンが援軍を送るといった意味です」


 司令部内がざわついた。


 ニホン国が参加するだと?


 理由はなんだ。


 誰も、何も知らない。


 最高戦争指導者も同じだろう。


 いや……ケイネス中将は……。


 最高戦争指導者が重いまぶたを開ける。


「参加したいというのであれば拒絶はできん。ニホンに支援を要請せよ。衣服、食料や飲料水程度であれば我が軍から惜しみなく提供する手筈を。またニホンの陸海空の行き来を無制限に認めるとも伝えよ──ケイネス中将!」


 耳を疑った。


 それはニホン軍が、オルクネイを自由に通行し、作戦する全権をくれてやると言うことだ!?


 正気で即断したとは思えない言葉だ。


 ニホンは、ほんの半年前にあらわれたばかりのまったく未知の国家なのだぞ!?


「はっ!」とケイネス中将は満足気だ。


「全騎士団及び飛龍部隊に通達──」


 最高戦争指導者が睥睨する。


 神にも等しい言葉をくだした。


「──ニホンの参加を周知させよ」

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