基礎科学が魔法の世界へ日本国がきた

RAMネコ

第1節「接触」

「未確認飛行体とコンタクト」


 雲が少なく、目視で簡単に見つけられた。


 あれか?


 早期警戒に引っかかった未確認騎てのは。


 偵察用ワイバーンが腹下に装備したジェットが青紫の炎を吹いて加速するのを全身で感じながら高度を下げる。


 眼下には、薄明の海が広がっている。


 たびたび蛮族が侵攻してくる薄明の領域との、境界にあるような海だ。蛮族……と、油断できるような劣った技術の集団ではない。


 重竜戦士の訓練を思いだせ。


 私は呼吸マスクから一息深く吸った。


 風避けの防空兜が情けない顔を隠す。


 しっかりしろ、重竜戦士だろ、俺は。


「ベイビルしっかりしろ。接触するぞ」


 本来であれば二騎一組の相方で先輩は、ワイバーンのエンジンが氷結して基地に帰投した。俺が不明機と接触しないとなんだ。


 落ち着け。


 訓練通りでいいんだろ?


 薄明の領域の連中じゃない。


 たぶん、確信は無いけども。


 薄明の土人連中ならば撃墜されてる。


 被視線探知機や魔力波の検出も無し。


 警戒装置の口は、沈黙を保っている。


「落ち着いていけ」


 不明機にワイバーンを近づける。


 高度はこちらが上だ。


 上から確認しつつ速度を合わせる。


 しかし嫌に速いじゃないか。


 速度計を見る。六〇〇超え。

 

「イザルト、踏ん張ってくれ」


 相棒のワイバーンに頼んだ。


 イザルトとは卵の頃からの付き合いだ。


 俺は火事場のイザルトを信用している。


 イザルトは、ワイバーン用の呼吸マスクとゴーグルが一体化した軽量兜の頭で短く応えた。


 翼手を縮めて、更に加速する。


 見えた。不明機の詳細を見た。


「ワイバーンじゃないな。長距離飛行の翼と違う。ドラゴン、グリフォン、ペガサス、いずれもシルエットが一致しない。強化装備の有無じゃないぞ。もっと根本的に種族が違う」


 通信はアクティブだな?


 防空管制司令部にいる術師連中ともリンクしている。細かい分析は向こうに任せよう。管制して誘導されたあとは、こっちの判断が最優先だ。


 防空管制司令部から新しい警告は無い。


 今、見えているだけ、というわけだな。


「翼とは違うな。固い。補助翼に酷似したものを両翼に伸ばしている。翼にはおそらくエンジンだろうものを確認できる」


 少なくとも生物ではないな。


 純粋な機械だけでの構成だ。


 イザルトが無理な飛行に息切れしていた。


「踏ん張ってくれ。数十キロメートルは向こうが優速。高度からの変換が切れれば抜かれるな」


 時間はあまりない。


 大きな体をしている。


 翼手は完全に固定されて羽ばたかない。


 翼に付いたエンジンは四つだ。


 全てにプロペラがついて回る。


 翼端と尻尾側に点灯するものを確認。


 機体は白、胴体と翼に赤丸があった。


「魔力波通信による警告を試みる──貴騎はピクトランド領空に接近しつつある。速やかに針路を変更せよ」


 繰り返すが返信や変化は無い。


 防空識別圏から領空へ侵入する。


 防空管制司令部から指示が出た。


 実弾法撃の許可と警告だ。


 さっさと引き返せよ……。


「警告。貴騎はピクトランド領空を侵犯している。速やかに領空から退去せよ。警告。貴騎はピクトランド領空を侵犯している。我の指示に従え」


 イザルトが翼を広げて合図を送る。


 開いた翼のせいで減速してしまう。


 追いつけないか……。


「一連射見舞うぞ、イザルト。当てるなよ」


 任せろ、と、イザルトが喉を唸らせる。


 ワイバーンの回路術式が展開、魔力変換。


 魔力子弾の高速弾幕が不明騎の鼻を掠る。


 だが不明騎は警告を無視して飛行を継続。


 プロトコルに従えば撃墜が許可されている。


 イザルトに装備されている兵装には、自衛用の短距離魔導誘導槍が二本装備されている。空中戦では敵ワイバーンやドラゴンを相手に放ち、串刺しにするか、近距離を通ったとき数百の鏃に分裂して破壊する一般的な術式だ。


 撃つのか?


 遅すぎた。


 イザルトが警告のために翼を広げたことでの減速は、俺の想像よりも大きく、不明騎は既に遠く離れつつある。


 間に合うか?


「イザルト、魔力波を当ててくれ」


 イザルトから不明騎に魔力波照射。


 俺は短距離魔導誘導槍を放った。


 炎を吹く、細長い、スカイフィッシュ型ロケットが二本だ。姿勢制御の鰭を空中でなびかせながら不明騎の上空から、見下ろし、不明騎への未来位置に当たるラインに乗る。


 途端、不明騎はそれまでの鈍い飛行が嘘かのように急旋回する。不明騎はその際に、炎導師の歩兵が放つような火の飛沫を幾つも出した。迎撃魔法か。だが不明騎の魔法はこけおどしである誘導性は無く、放物線を描いてただ落ちていく。


 しかしこれを、不明騎からの迎撃魔法の弾幕と判断したのだろう。短距離魔導誘導槍のホムンクルス脳雷子回路は、回避を選択して、直撃コースにいた短距離魔導誘導槍は軌道を修正できず……外した。


「防空管制司令部、我、不明騎の要撃に失敗。追跡は不可能。追跡は不可能。そっちで監視していると思うが奴は本土の方角へ向いているぞ」


 何者だ?


 蛮族の飛行船ではないな。


 あれはもっと遅く大きい。


 薄明の海を横断するようなのとなれば……ワイバーンのような飛行生物を運用する甲竜母艦といものを噂では聞いたことがある。


 だが、薄明の海にはいない。


 不明騎は軍艦から飛んだ?


 いや大きすぎるじゃない。


 現実に飛んで薄明の海を横断した。


 存在している、と考えるべきだな。


「大変なことになってしまったな?」


 イザルトが大きく鼻を鳴らした。



「侵犯騎、なおも直進」


「地対空槍部隊の配備は?」


「既に完了しています。法撃管制魔力波探知機でコンタクト済み」


 蜂の巣をつついたような騒ぎだな。


 偵察用ワイバーンを振り切った不明騎が、ピクトランド共和国の一〇〇万都市フォルトリウに直進しているとなれば当然か。


 土人どもめ!


 三〇年もたてばもう忘れたか!


「北部防空艦隊は全騎、不明騎へ対応せよ。不明騎はフォルトリウへ急接近中、発見次第これを撃墜。繰り返す、不明騎を発見次第撃墜せよ」


 北部防空管制司令部は、パニック状態だ。


 無理もない、三〇年前の実戦が最後だぞ。


 三〇年前のドルド戦争の終結後、恒久平和策だとかで五〇〇万人が軍から追放されたからな……だが今更だ、やらなくてはならない。


「ファーラ殿。状況はいかがか?」


 と、私を呼ぶ声に背筋が凍る。


 声の主は護衛をはべらせた貴族。


 いや貴族などと生優しくはない。


 王族の第九王女フリンティだぞ。


「はッ。フリンティ様、三〇年ぶりの薄明の領域より侵犯騎が出ました。性能の詳細は不明なれど良い性能です」


 と、俺はフリンティに正直に話した。


 防空管制司令部のなかには、俺の明け透けすぎる言葉にギョッと、一瞬、空気が凍りついた。


 無理もない。


 共和制であっても王政の権威は強い。


 叛乱戦争の妥協の産物なのだからな。


 共和評議会と王権議会は不倶戴天であるし、北部防空管制司令部は共和派であり、王権派が土足で入ってこれることが、パワーバランスを物語っている。


 フリンティの護衛──正真正銘の近衛騎士だ──が、不敬だと言わんばかりに恐ろしい剣幕となる。土人の技術を誉めることは不敬だ。


 ピクトランドを、王家を侮辱だ。


「……」


 フリンティが近衛騎士を制する。


 聖剣の柄を、指先で叩いていた。


 そういうことだ。


「北部防空艦隊が上がっています。大軍縮の後でも、比較的良質な艦隊ですし、不明騎には、フォルトリウ侵入前にギリギリ接触できるでしょう。高度一万メートル強、時速一〇〇〇キロメートル弱という高速騎ですので、運もありますが」


「つまり確実ではないのですね、ファーラ殿」


「……その通りです、殿下。我が方の戦闘用ワイバーンも九〇〇キロメートル以上の速度は出せます。ですがそれはカタログスペックで、実際には高度を使わなければ達成できません」


 私はファレルの顔色を見ずに続けた。


「不明騎は当初、おそらくは渡り飛行の水平速度で八〇〇キロメートル以上、接触した際には加速して水平で九九〇キロメートルまで増しています」


「ワイバーンには高い場所がいるのですね?」


「はい、フリンティ様。高度をエネルギーに不明騎へと被り、撃墜をはかるはずです。私が指揮するのであればそうします」



「外部噴進加速装置点火。各騎、我に続け」


 飛行艦の左右に張り出した『蜻蛉竿』と呼ばれる物にぶら下がるワイバーン達が、次々とロケットモータを点火して空へと吸い込まれていく。


 北部防空艦隊のゲイボルグ級八番艦テオ・アンダーウッドから飛び立ったワイバーンは、制空用マギテック装備で固めた騎竜が一二騎だった。


 ファレル隊、一二騎の全力出撃だ。


 蒼暗い空へと吸い込まれていった。


 不明騎と接触することは、簡単だ。


 艦隊の管制官の誘導に従い、ファレル隊は不明騎に対して垂直のスクリーンを形成して、網をかけるように降下する。


 これは、薄明の領域よりしばしばやってくる弾道竜の迎撃に際して編み出された戦法であり、音の数倍速い弾道竜に対して、より高速の空対空誘導槍と探知器の併用で迎撃率をあげてきた。


 本国では、直撃方式で、弾道竜と最小のライン、正面から当てるという相対速度から考えてもおよそ現実的とは思えないようなマギテックを研究しているそうだが、少なくともファレル隊、そして地対空ユニットには配備はああれていなかった。


「あれか、速いな」


 不明騎よりも高空をとった。


 報告よりもやや速い印象だ。


「全騎、シーカーの目を開きダイブ」


 誘導槍のホムンクルス脳を覚醒させ、光の波長を捉える目玉のセンサーが連動して標的をおさめる。


 ワイバーンは翼をひるがえした。


 不明騎の水平速度は九九〇キロメートル。


 高度では一万三〇〇〇メートルだった。


 ワイバーンの鱗が凍りつく寒さのなか、ファレル隊は二〇〇〇メートルをなんとか稼ぎだし、それは、不明騎の正面上部に空対空誘導槍を、充分な時間と推進剤を残して送り届ける。


「空対空誘導槍──部隊斉射」


 懸念があるとすれば──。


 ファレル隊も、ワイバーン達も、空対空誘導槍のマギテックも、高度一万メートルオーバーでの空中戦はほとんど経験が無い。


 ましてや実用高度を超えていた。


 弾道竜であれば弾道飛行中から、翼展開の隙を撃墜すれば良いのだが……不明騎はこの高度を水平飛行している。


「空気が薄い」


 空対空誘導魔導槍、四八本。


 それほどの本数が一騎を狙う。


 打ちっぱなし式の魔導槍だ。


 私は寒さと速度で、あまりにも過酷な攻撃の環境に半ばパニックになっているワイバーンをなだめながら水平飛行を取り戻そうと試みた。


 ワイバーンの心臓の激しさを感じた。


 翼手が凍りつき、思うように展開できないことでワイバーンはパニックになる。このままでは墜落する、と。


 氷の除去も重戦士の仕事だ。


 ワイバーンが荒く白い息を吹く。


 私は雷撃の魔法を用意した。


 擬似杖機関に魔力を流し、回路で変換された性質は雷撃として出力される。ワイバーンの翼手に紫電が走り、氷結は電撃の熱で、一瞬で、剥がれ落ちた。


 氷の破片の飛行騎雲を引きながら、自由を取り戻したワイバーンは翼を広げた巡行姿勢へと安定した。


「怖がりすぎだ。もっと信用しろ」


 私はワイバーンの背中を撫でた。


 このワイバーンはまだ経験が浅く若い。


「……外したか」


 私は高度を失った空の底から見上げた。


 不明騎が悠々と。飛んでいく姿を見た。


 太陽の繭搭載騎であればフォルトリウと一〇〇万の民は蒸発することだろう。だが、私は、ファレル隊はどうすることもできなかった。


 迎撃は失敗したのだ。



 フォルトリウ防空騎士団。


 騎士団長オズジフは、水晶球に映る不明騎を固唾を飲みながら睨みつけていた。


 管制車の中は殺気に満ちていた。


 ファレル隊からの迎撃失敗の通信をリレーしてからは、僕は、不明騎が進入してくる空を見上げていた。


 ワイバーンが振り切れた。


 それも。たった一騎に対してだ。


 恐ろしく速いが弾道竜ではない。


 水平飛行で九〇〇キロメートル。


 到達した高度は一万メートル以上。


 ワイバーンでは難しい空の世界だ。


 それは、地対空誘導魔導槍のユニットの一員として、何度も繰り返してきた演習の中での経験から知れた。


 しかし、いったいなんだ?


 世界の終わりを考えながらも思う。


 どこの国が開発したのだろうか?


 ワイバーン部隊で追いつけない不明騎。


 それがフォルトリウ上空に現れるのだ。


 遥か遠くからの音が聞こえた。


 地鳴りのような、間伸びした音。


 青い背景の中に、小さな飛行物体が白く、そして地上から見るぶんにはゆっくりと飛んでいく。


 不明騎はフォルトリウ上空を旋回した。


 太陽の繭を落とす場所探しか。


 僕は、妻から貰ったお守りを無意識に掴んでいた。汗ばんだ手が、最後の瞬間くらいは、妻の……。


 遠雷にも似た音が遠ざかる。


 不明騎はひとしきり旋回すると、元来た空へと帰り始めていた。音が遠ざかりやがて聞こえなくなった。


 地対空誘導魔導槍は全て発射されていた。

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