第2節「波紋の広がり」

「フリンティ。過失はないと?」


「指揮所で見ました。あれ以上は不可能」


 ピクトランドの代表が集まっている。


 昨日の大事件についてに緊急の話だ。


 ピクトランドの大都市フォルトリウへの不明騎への侵入……二度の要撃の失敗と、地対空槍を外して不明騎を悠々と帰還させたのは大失態だ。


 フォルトリウが蒸発していたかもだし。


 とはいえ、不明騎が異様な技術も事実。


 写真判定や性能の分析からも間違いない。


 ピクトランドで広く普及しているマギテック・ワイバーンとは根本から異なる技術体系であることにおいては識者らで一致している。


 今のところはそれだけではあるけど。


 ピクトランドは一枚岩ではない。


 最近では、オルクネイで分離活動が活発化している。オルクネイ王国……血筋はあるという事実は歴々も頭が痛くなるかな。


 それを支援しているのは別大陸の大国。


 ピクトランド侵攻の足掛かりなのも明白。


 予算と人材。


 未知の文明か、オルクネイか。


 不足する物をどちらに割り振るかの会議では、少し揉めている。ワイバーンを超越した技術を持つ国家は無視できない。だがオルクネイでの火種は大火となりかけていて、大量の死傷者を既に出しつつある。


 ピクトランド評議会、議長を見る。


 アルトリア三世。


 黄金色の小麦に似た髪色、海よりも深い緑の瞳、円卓の騎士団長であり、自身もまた伝説をもつ高明な騎士の人。


 そんな彼女は重く沈黙を続けている。


 荒れる川のなかの巨岩のごとく静か。


 不能の王とも呼ばれているけど……。


「報告」


 と、私の対面にいる確か、オルクネイの代官が耳打ちされている。


「状況はさらに複雑になった」


 と、オルクネイの代官は言う。


「本日明朝、ピクトランドの北端に一〇〇メートル級の複数の巨大艦があらわれた。北部艦隊でこれの臨検に成功したが、この未知の艦隊には『ニホン』という国の特使がいた」


 会議がどよめく。


 ニホン。聞いたことがない。


 勘の鋭い物はこのタイミング、フォルトリウへ侵犯してきた不明騎との繋がりを見るだろう。


「ニホンの特使は、ニホンはいかなる国家とも敵対の意思は無いと伝えてきた。そして幾つか判明したことがある」


 特使は随分と長くお話されたようだ。


 初めはどよめいていた会議だったが、面々の表情が、オルクネイ代官の話が進むほどに険しく、なかには怒りあるいは殺意が混じり始める。


「ニホンという国は突如、この世界と繋がった。ニホンはチキュウと言う惑星に存在し、未知の空間異常に対して哨戒騎による偵察を強行した。要撃を受けるも、誘導を無視したのは、言語の問題の擦れ違いだった。また状況把握を優先した現場判断であり、いかなる理由でもピクトランドを軍事的に脅かすつもりはなかった。一方的に領空侵犯し、通告を無視したことを深く謝罪する……だ、そうだ」


 会議は重い空気。


 私は扇子で口を隠す。


 笑っているからなの。


 なんと、傲慢なのか。


「ついては……」


 オルクネイ代官の声が震える。


「……ピクトランドと会談を望む、と」


「予備役の動員を。戦時体制に必要な、準備を始めよ」と、声が降る。


 アルトリアⅢ世だった。


「フォルトリウへのおどしの後での交渉か」


 そして艦隊を率いて、門を開けよ、と。


 ピクトランドにいる全員が思いだす筈。


 かつて、大陸間戦争のときも、ドルド戦争のときもそうだった。平和主義を語り、暴力を、武力を盾に、祖国に噛みつき生き血をすすり、反抗すれば武力でもって非情な鎮圧をしてきた国家と──同じではないか。


 戦争になるわね。


 数十年振りに、大きな戦争が。



 ニホンが現れて半年が経つ。

 

 ニホンと物流が結ばれてから半年後。


 ピクトランドは大きく変化していた。


「なんだこの食い物は?」


 ピクトランドでは見ない野菜あるいは果物を市場で見つけた。ドラゴンフルーツと言うらしい。見た目から南方産なのだろうか?


「おい」


 と、脇を小突かれる。


 俺は「へいへい」と慣れない陸の仕事だ。


 市場で見たのはニホンの食糧だが、交易全体を見れば、ピクトランドからニホンに送る食糧は桁違いの量なのだそうだ。


 ニホンに売っているわけだ。


 ピクトランドの良質な土地は、有り余るほど食糧を生産できるだけの土地の改造をえて充分な数のある輸出品となっている。


 他にもレアメタルだとかいう資源が──ニホンによればだが──大量に埋没しているらしい。


 対価はニホン式インフラストラクチャー。


 つまりは道路や通信、公共設備に関する産業の根幹たるものがニホンから導入されている。


 馬車が鉄道を走り、町には電気が通い、魔力波の通信ではなく大通信量電磁波通信の配線が地下に空に張られていた。


……海底ケーブルを薄明の海に沈めるとか。


「随分美味いリンゴだな」


「ニホン産のリンゴだぞ」


「だと思ったよ」


 ニホンが提供するインフラ。


 高価値な物品の輸入。


 ピクトランドでは、かつてないほどの物流の加速と、経済の流れが激しくなりはじめていた。


 ニホンからの善意なのだろう。


 より豊かにするための手段だ。


 だが、路地を見れば、ニホンの経済様式から弾かれた人間が積み重なり、ニホン人の心象が悪くなるからと町まで追い出されようとしていた。


 物乞いの両手をムチで叩かれる音が響く。


 ニホンで禁止されていることをするな、と。


「資本主義、民主主義、て、やつか」


「ニホンの勉強をしているようだな」


 と、ファーラさんが言う。


「……私の肌には合わないな。ベイルトさん、君は……」と、ファーラさんが言いかけてやめた。


 スーツ姿で肌が綺麗で、脂があり、健康に気をつかって体形を維持しているニホン人が、すぐそばを歩いた。


 ニホンのエリートが商売に来ていた。そのぬニホン人が離れて、ファーラさんは話を続けた。


「たまらんな」


「ニホン人、やはり良い尻をしています。我々よりも腕一本は背が小さいが、あの尻は良い……」


「ベイルトさん」


「すまない、好みのタイプだった」


「これだからワイバーンの重戦士は」


「ニホン人はナンパを好まないそうなので、チャージはかけないよ」


 と、言いながら俺は、仕事である張り紙を打ちつけた。動員の知らせと、志願兵募集のチラシだ。


「ニホン人は気づいているかな」


「ベイルトさん。ニホンのあるチキュウでも徴兵の国はあると学んだ。ニホン人得意の人権が、民意が、自由が、は、まだ政治レベルだ」


「インフラと贅沢をばら撒いて、言うことを聞かなければ停止か。えげつない。普通なら贅沢しなかった生活に戻りたくはない」


 ニホンから入ってくる物は、どれも生活を根本的に変えてしまった。


 町は昼間でも明るく。


 水はどこでも飲める。


 良い薬も手に入る。


「豊かにはなったんだろうな」


 ピクトランドの諸国は実際、潤っていた。


 少なくない自治首長らは、ニホンを歓迎している。ピクトランドという民族の連帯を無視してだ。


 噂ではニホンから軍事援助を、なんて、根も葉も根拠が諜報部にもない陰謀論が、市井に流れては、ニホン人のせいで転落した同胞間で嘯かれている。


 二極対立てやつか。


「失業者が兵隊で回収する。予備役の動員も、失業者対策なとこあるしな。長いするなら軍は、案外居心地も良い。飯が美味い、飯が美味い」


 とは、俺の持論だがな。


「あッ」


 相棒を組まされているファーラさんから小石が落ちた。ただの小石ではない記憶石だ。


「ファーラさん」


 俺は記憶石の土を手で払う。


「すまん、どうも慣れん」


「フリンティ様の直属で渡されたものですよ、大切にしましょ。ニホンについて記憶石に入れておかないと」


「そうだな、ベイルトさん」


 俺もフリンティさんと同じ記憶石を持たされている。ニホンについて記録するためだ。


 フリンティ様の配下にはニホンとの接触で閑職に追いやられたものは少なくない。だいたいが大失態の叱責を受けているからな……。


 フリンティ様は嫌いだが悪くない。


 ニホンをもっと知らないと、だな。


「おーい!」


 と、変なおっさんがきた。


 あッ。ファレルさんじゃないか。


 フリンティ様直属の消耗品軍団が揃ってしまった。対ニホン内定特攻部隊だ。


 名誉だな?


「ニホンの玩具を買ったぞ! 経費で落ちるだろうか? この玩具、樹脂と金属で作ってていて、しかも五体で合体するんだ。バトルジャックみたいになるんだぞ!?」


「おりるわけないでしょ。飯も自腹なのに」


 予算なんてない。


 だから市馬でうろついている。


「まあまあ。ニホン産の資料ですよ」


 と、ファーラさんも買い物していた。


 ニホン語の技術書だ。


 ニホンの民間人が大量に放出している。


「……規制はしていないんだな。専門書じゃないか。持ち帰って専門家連中に対応する言語の体系を作らせないと」


「ベイルトさんはこの本がわかるのか?」


「ファーラさん、専門家ではないから詳しくはわからないが……電磁波を使った探査システム、半導体回路? 他には魔法の術式を機械に組み込んだり、自律ホムンクルスの機械やらについての本ですよ」


「収穫だ」


 玩具はともかく、ニホンで溢れている。


 だが、最初に接触しているらしいオルクネイではどうなのだろうか。噂ではニホンを参考にした新兵器を生産していると聞く。


「……本当に進んだ大国なのだろうな」


 戦争は回避できそうにない。


 ニホンは考えてもいないのだろう。


 俺たちを路肩の小石か、あるいは、蛮族だとか、害虫みたいに見ているのかもしれない。


 俺は本の表紙に触れた。


 知らない肌触りだった。

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