第26話 「なら、諦めろ」

 それから1週間後、クラウディアは全快した。

 彼女が寝ている間に、王立の医療機関、各研究機関が総力を上げてコレラの囲い込みに協力し合った。

 隔離かくりと消毒、洗浄などを徹底したお陰で、大流行には至らず、小規模の感染で押さえ込まれた。


 体調が回復してくると、クラウディアは救済病院のシスターを手伝って他の患者の看病をした。

 

「クラウディア、患者に飲ませる保水液を作るから覚えてくれ」

 ラモーンに言われて、クラウディアは彼の顔を見上げる。


(ラモーンが私を看病してくれたのよね。そうだわ、私ラモーンにお礼を言っていなかった……)


「ラモーン様……ずっと私の看病をしてくださったんですよね……」


 その途端、ラモーンの顔がみるみる真っ赤になった。

(えっ? ……なにこの反応……)


「そ、その……ごめん、なるべく着替えとか、排泄……はシスターにやってもらっていたんだけど……夜中までは手が足りなくて……」


「……?」

 なおさらにラモーンは赤い顔を下に向けた……


(え……もしかして、もしかすると……私……ラモーンに……しもの世話まで……?)


 クラウディアは頭の中が真っ白になった……


「君のことは僕が責任を持って、け……結婚するからっ……」


(イヤぁぁぁ――――――――っ!!!)


 クラウディアはみ上がりと思えない速さで、その場から走って逃げた。


 ハァ、ハァ、ハァ……息をひそめて柱の影に隠れる。

 心臓の鼓動が “ドッグ、ドッグ、ドッグ” とますますうるさくなって来て、頭の中にさっきのラモーンの言葉が蘇る……


(き、着替えとか、排泄……って! は、恥ずかしすぎるっ! もう私、ラモーン以外とは結婚できないってこと……?)


「クラウディア?」

 誰かに名前を呼ばれた。

 振り向くと、アランだった。


「あ、アラン……」

「だいぶ良くなったって聞いたよ。少し家に帰って休んだらどうだい?」

「ありがとうございます。先生があまり早く退院して、他の人に移るといけないので、もうしばらく様子を見た方が良いそうです」


「そうか。……クラウディア、僕が言うのも何だが、君が一番大変な時、付きっきりで看病したのはラモーンだよ。

 あいつは『絶対、クラウディアを死なせない』って必死だった。

『クラウディア、大好きだ、死なないでくれ!』って叫んでた。

 僕には真似ができなかったよ。……あいつの気持ちを汲んでやってくれ……」


「ラモーンが……?」


「さっき、あっちでセドリック室長が探していたよ」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 クラウディアは今言われたことを考えていた……

(アランがあんなことを言うなんて……もしかして……わたし、死にかけた?)


「コラッ、病人はウロウロしてちゃダメだろう!」

 兄に見つかった。


「もう少しだけ、大人おとなしくしていてくれ。おまえ、死にかけたんだぞ……」

「やっぱり、そうなんですね……」

 

「明日には父上も母上もお見えになるからな……ここには連れてこないつもりだが。しばらくホテルに滞在して頂く。お前に医師の許可が出たら会いに行こう」

「……わかりました」


「……クラウディア、ラモーンのこと聞いたか?」

「……さっき、聞きました……」

「アイツと結婚できるか?」


「……それ以外の選択肢があるんですか?」

「……無いこともない……一生独身とか……」

 

「それは、イヤです」

「なら、諦めろ」


* * *


「ちゃんとラモーンと話をしろよ」


 兄に言われてようやく、クラウディアはラモーンと面と向かって話すことになった。皆が気を利かせてくれて、救済病院の礼拝堂で二人きりになった。


「あ、あのラモーン様…」

「何だい、クラウディア?」

「私を助けていただき、ありがとうございました…」


「…クラウディア…君が助かってよかったよ」

「ずっと付きっきり看病してくださったのですよね」

「……ごめん、どうしても君を失いたくなくて…」

「謝らないでください…わ、わたしには意識が無かったので…」


「クラウディア…君は僕のことが嫌い…なのかな…?」

 唐突にラモーンが訊いた。


「えっ?」

「僕なんかに看病されて、イヤだったのかな…?」


「な、なんでそんなこと聞くんですか…?」


「僕は…アランみたいに君を楽しませることもできないし…優しくすることもできなかった。…ただ1年間、一緒に研究しただけだ。…君には苦痛だったんだろうか…?」

 ラモーンの深い藍色の瞳の中に、憂いと悲しみが浮かんでいて、クラウディアはグッと言葉を飲み込んだ。

(ラモーン、切なそうな顔…こんな顔、見たことない…)


「…僕は、安心してしまっていたんだ…君に交際を申し込んで、君が僕を受け入れてくれたと思ってしまって…」

「ラモーン様…」

「…でも、君はずっと僕を『ラモーン様』って呼んでいるね。…君は僕の “助手” のままが良かったんだ…」

「そ、そんな…」


「僕は、二人で研究して、いろんなことを発見したり、実験の結果に一喜一憂したり、君も僕と同じに楽しんでいると思っていたんだ…」


 クラウディアの頭の中に、ラモーンと過ごした1年が蘇る。


 二人で『土の中の小さな生き物』を採取するため泥だらけになったり、『汚物の中の小さな生き物』を鼻栓して顕微鏡で観察したり…これが研究かと思うようなことも二人してやってきた。


『それがイヤだった?』と問われれば、間違いなく言える。


『意外と楽しかった』と……


「た、楽しかったです…!」


 クラウディアははっきりと答えていた。ラモーンの瞳にほのかな希望の色が浮かぶ。


「本当?」

「嘘じゃありません。あなたがラモーンと呼んで欲しいなら、これからはそう呼びますし、結婚すると言うならそうします。ただ…」

「ただ…?」


「私だって普通の女の子なんです。私のこと好きなら『好き』と言って欲しいし、普通のデートだってしてみたいんです!」


(言っちゃった!…こんなこと今更言うなんてバカよね…)

 ラモーンの顔に驚きと喜びが、ない混ぜになったような表情が浮かんだ。


「…クラウディア…大好きだよ…」

 そう言うとラモーンはクラウディアを腕の中にギュッと抱きしめた。

「…ラモーン…」


 ラモーンの温かな胸の温もりが服越しに伝わって来て、クラウディアの心臓もドキドキと鼓動が早くなる。


「…もっと早く言ってください…」

「ごめん……」

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こじらせ錬金術師の執着愛 銀黒 @choukinshi

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