第24話 常に人手不足なのに気がついていますよね?

 翌朝、ラモーンは救済病院の地下にある礼拝堂で目を覚ました。

 他のθシータラボのメンバーは皆昨夜遅くに帰って行ったが、彼だけはマザー・ロザンヌに頼み込んで残らせてもらったのだ。

 礼拝堂の硬い木の長椅子に横になって、短い睡眠を取った。

 

 こうして少なくとも同じ建物の中にクラウディアがいると思うとほんの少し安心できた。

(たとえ彼女がコレラに罹ったとしても、僕が絶対に助ける……!)


 固く決心して、白衣に白帽、手袋をはめてクラウディアのいるはずの部屋へ向かって行った。

 だが、クラウディアのいる筈の部屋はもぬけのカラで、誰もいない。

 探しながら進んでいくと、病室から声が聞こえて来た。


「大丈夫ですよ。いったん中身を空けて来ますので、ちょっと待っていてくださいねー」

 クラウディアの声だ。

 病室から、大きな桶を持ったクラウディアが出て来た。

「クラウディア、 何をしているんだ?」

 ラモーンの声にクラウディアが振り向いた。


「何って、せっかくここに居させていただいているので、元気なうちは皆様のお役に立ちたいと思って……」

「君はそんなことしなくていいんだ」

「ラモーン様、ここは常に人手不足なのに気がついていますよね? 元気な者が働かなくてどうするんです?」

 

「……そうだな……君の言うとおりかもしれない」

「じゃあ手伝ってください」

「……わかった」

「私は別の桶を取りに行って来ますので、ラモーン様はこれを裏庭の穴まで運んでください」

 クラウディアは運んでいた尿でいっぱいの桶をラモーンに渡すと、さっとどこかに行ってしまった。


(クラウディア……)

 

 ラモーンはクラウディアに言われたとおり、桶を持って裏庭に向かった。

 裏庭にはいくつもの大きな穴が掘られていて、糞尿はそこに投じるらしい。病室よりもさらに凄まじいまでの匂いが渦巻いている。


(ここは土をかけて埋めるだけなのだろうか……?)

 そんな疑問が頭に浮かんだ。


「ラモーン様!」

 後ろから呼ばれて振り向くと、別の桶を持ったクラウディアが立っていた。

 

「まだ、沢山ありますので、もう少し早く動いていただかないと……」

「クラウディア、ここも消毒の必要があるんじゃないか?」

 ラモーンがクラウディアをさえぎるるように言葉を重ねた。


「そうですね……ですがさらし粉やブランデーというわけにはいかないですよね」

「……ロシフォール研究所に石灰があっただろう?」

「あ、はい。ですが……あれが効果あるでしょうか?」

「僕はあると思う。……研究所に取りに行って来る」

 

 そういうと、ラモーンは急いで外に辻馬車を捕まえに行った。


(ラモーン、何かひらめいたのね!)

 クラウディアは彼の後ろ姿を見送りながら思った。


(何かひらめいた時のラモーンはすごくキラキラして、活き活きしてステキなのよね!)

 

 クラウディアはラモーンの傍で1年間、たまにしか見せないその瞬間を目撃して来た。

 普段は鬱々うつうつと研究している時間が長い彼なのだが、まれに何かがひらめき目を輝かせる瞬間があることを彼女は知っていた。


(忘れてた……ラモーンのあんな顔……)


 クラウディアは桶の中身を空けると、また病室へ戻って行った。


 * * *


「おはようございます、ルッソ副所長。どうしたんですか、こんなに早い時間に?」

 研究所の守衛に門を開けてもらって、中に入る。

「所長はまだ来ていないか?」

「所長なら先ほどアラン様と2人で、ここを通られました」

「そうか、ありがとう」


 ラモーンは所長室へ急いだ。

「所長、ルッソです。よろしいですか?」

 ラモーンは所長室のドアをノックしながら、声を掛けた。

 

「入ってくれ!」

 声がしてドアを開けると、エルウィン所長とアランが向かい合って座っていた。

「おはよう、ラモーン。昨日は大変だったようだな」

 

「いいえ、できるだけのことをしただけです。まだ、引き続き消毒が必要です」

「クラウディアがまだ『救済病院』にいるそうだが、様子はどうだ?」

「先ほど会いましたが、元気でした。まだ、症状は出ていません」


「君はもうクラウディアに会って来たのか?」

 アランが2人の会話に割って入った。

「昨夜は僕も病院の礼拝堂に泊まらせてもらいましたので……クラウディアは朝から病院の者を手伝っています」

 

「クラウディアらしいな……」

 所長が苦笑する。

「それで、お願いがあります」

 ラモーンがそう言うとアランと所長が顔を見合わせた。

 

「今もアランと、コレラ患者の隔離かくりと消毒の件を話していたところだ。コレラ患者の受け入れを打診したところ、救済病院以外のところは全て断られたそうだな。それならば、いっそあの病院へコレラ患者を集めて隔離すべきだと言っていたところだ」


「同感です、その方が管理が楽です。他の病気の患者は転院させ、集中管理するべきです」

「昨日は『さらし粉とソーダ』を用いて消毒したそうだな。洗浄にはアルコールを用いたと聞いた」

 

「もうひとつ、追加したいのです。患者から出た糞尿がどんどん溜まっています。穴を掘って埋めていますが、消毒ができていません。そこで、石灰を使いたいのです」

 

「石灰?」

 所長とアランがラモーンを見つめる。

 

「昨年、地中に住む小さな生物 “微生物”と僕は呼んでいるのですが……これを研究した時、地中の環境を変えるのに『石灰』を使用しました。その際、微生物が石灰によって死滅したのです。もともと『さらし粉』も『石灰』も似たような物、これは、コレラにも有効ではないかと考えます」

 

「そんな、まだ確実とも言えない方法を……!」

 アランが反対の声を上げようとしたが、エルウィン所長はラモーンに許可を出した。

「よし……やってみてくれ」

 


「ありがとうございます。石灰の追加注文と、塩と砂糖もお願いします。できたらきれいな水も」

 ラモーンはそうお願いすると、石灰を探しに倉庫へ走って行った。

 


 ラモーンが石灰を持って救済病院に着いた頃、異変は始まっていた。


「ウッ……おえぇっ……」

 クラウディアが発症していた。

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