第25話 これで死んでしまったら、お兄様怒るでしょうね…

 ラモーンはロシフォール研究所から、石灰を持って救済病院へ戻ってみると、クラウディアはコレラ患者の病室に移されて、ベッドの上で桶を抱え込んでいた。


「クラウディア…!」

 ラモーンが近づこうとすると、医師のジェファーソンに制止される。

「君まで移ったらどうする、近寄らないでくれ。それより、隔離と消毒を徹底してくれないか?」


 ラモーンは仕方なく引き下がって、排泄物の消毒の承諾を得るためにマザー・ロザンヌを探した。


 王立錬金術研究所θラボのメンバーが、廊下でマザーと何やら話しているのを見つけ、駆け寄った。

「セドリック室長!」

「ルッソ君…」

「聞いたか?クラウディアのこと…」

「今見て来ました…ジェファーソン先生に、隔離と消毒の徹底を頼まれました」


「そうか…そうだな。…その君が運んでいるのは何だい?」

「石灰です。以前研究に使ったものの残りがロシフォール研究所に残っていたので、もらって来ました」

「ほう、それは良いな。さらし粉だけでは足りそうもないからな」


「室長、他の病気の患者の転院、移送を開始しました。引き続き、スタンホープ侯爵家、ロシフォール伯爵家から各病院への協力を要請してみますわ」

 サンドラは自家の貴族の権限を最大限利用して、交渉してくれている。


「僕は排泄物の穴にこの石灰を撒いて来ます。それから、患者に与える水のことで、後で提案があります。後ほど話を聞いてください」

 ラモーンはそれだけ言って、裏庭の穴へ向かった。


 * * *


 クラウディアは内蔵まで吐き出しそうな勢いで吐いていた。

 絶え間なく波のようにやってくる吐き気で、水を飲むのも難しい。

 気がつく間もなく下痢になり、身体中の力が抜けていく…


 苦しい……

 最初のうちは自分で桶に跨って排泄していたが、もう起き上がる気力も無くなった。床にへたり込んでベッドに上半身だけ乗せている。


(わたし、思い上がっていたわ…先生を手伝うなんて言って…たいした準備もなく自分の身を危険にさらして…。これで死んでしまったら、お兄様怒るでしょうね…ラモーンにも…あれほど言われたのに…)


 体が言うことを聞かず、目を開けることさえままならない…


 誰かが抱き上げてベッドに寝かせてくれた。そして、口の中にわずかに塩味のある甘い水を流し込まれた。ちょっとずつ、ちょっとずつ…何度も吐いてしまい、落ち着くとまた飲まされた。



 クラウディアは夢を見ていた。

 あの夜の夢だった。


「クラウディア、母が僕たちのことを『このままでは上手くいかない』って言うんだ。

 すまない、クラウディア…僕は今まで、自分の気持ちを君にちゃんと伝えていなかったと思う。

 僕はずっと君に僕のそばにいて欲しい。君のことが必要なんだ…君のことを考えると、嬉しくて切なくてどうしようもないんだ。

 君が、君が大好きなんだ、クラウディア…」


 そう言うとラモーンはクラウディアをそうっと抱きしめた。



「……ラ、モ……」

「気がついたか、クラウディア?」

「…に、い…さま…」


 目を開けると、兄のセドリック室長が心配そうな顔で覗き込んで来る。

 夢を見ていた気がする…ラモーンがずっとそばにいてくれた気がするが、兄だったのだろうか?


「あの…ラモ…ンは…?」

「あいつは今、寝ている。あいつ、お前にずっと付きっきりで看病していたんだ。5日間もずっとな…その間中、周りが照れちまうほどお前のことを…んん…なんだ、これは後で本人に聞け…」


 兄が珍しく言葉を濁した。


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