第23話 まずは消毒を考えねば

 セドリック室長、ラモーン、ヘンリーの3人は、取り急ぎ研究所に戻った。


「まずは消毒を考えねばな」

 セドリックがそう言うと、ラモーンが提案する。


「消毒のための薬品ですが、最近隣国でさらし粉と炭酸水を混ぜた液で消毒をしています。試してみましたが、有効でした。噴霧ふんむするにはそれが良いかと考えます。手指等の消毒にはブランデーなどのアルコール度数の高いものが有効かと……」

「同意だ! よく研究しているな。当研究所でもさらし粉を用意できる。ブランデーは……」

 セドリックが言いかけると、ヘンリー・ホランドが

「ブランデーならお任せください! すぐ手に入れて来ます!」

「そうか! なるべくアルコール度数の高いもので頼む!」


 3人はバタバタと薬剤や噴霧器、着替え、雑巾などを用意し始めた。


 そこへ、サンドラとアランが戻って来た。

「どうなさったのですか?」

 サンドラが尋ねる。


「ああ、帰ったね、君たち。ソーホーに行ったクラウディアがコレラ患者と鉢合わせしてね、消毒と隔離の準備をしている」

「クラウディアが?」

 アランが心配そうな顔を向けた。


「君たち2人は隔離する病院を手配してもらえないかな?」

「わかりました」


 * * *


(クラウディア……あれほど言ったのに……)

 

 ラモーンは消毒液の用意をしながら、後悔していた。

 自分が一緒に行っていれば、クラウディアを危険にさらすことなんてなかったはずだ……自分がそこにいさえすれば……

 そう思うと、一緒に行ったのにクラウディアを置いて帰って来たヘンリーにも、一緒に行かせなかったセドリックにも猛烈に腹が立った。


「買って来ました〜」

 ヘンリーの緊張感のない声が響く。ブランデーを入手しに行ったヘンリーが帰って来たようだ。

 

「さらし粉とソーダを混ぜるのは現地の方が良いだろう。馬車で揺られるからな。みんな準備はいいか?」

 全員白衣に着替えて、マスクを着ける。髪が落ちてこないよう白衣と同じ生地でできた帽子もかぶる。

 3台の馬車に分譲して、消毒用の薬液やソーダ、ブランデー、噴霧器、着替えの服などを積み込んでソーホーへ向かった。


 ソーホーの診療所の近くに馬車を止め、白衣の集団が馬車から降りて来ると、あたりは物々しくなった。

「こっち、こっちです!」

 ヘンリーが道案内して診療所への狭い階段を登る。

 通路にたむろしていた人々は、コレラ患者に怯えていなくなっていた。


「センセーッ! クラウディアッ!」

 そう叫びながら、ヘンリーが診療所のドアを開けた。


「来ましたか? お疲れ様です!」

 クラウディアの元気そうな顔がのぞく。それを見て、セドリックもラモーンもホッと胸を撫で下ろした。

 

「こちら医師のジェファーソン先生です」

 先生は患者の横で桶を支えながら『よろしくお願いします』と言った。


「患者の容態はどうですか?」

 セドリックが聞く。

「あまり良くありません。嘔吐と下痢を繰り返しています。クラウディアが少しずつ水を飲ませていますが、それもすぐ吐いてしまって……」

「受け入れてくれる病院を見つけましたので、そちらに移動しましょう。ジェファーソン先生もご同行お願いします」

「そうですか、わかりました」


「ここはあと、消毒をして締め切ります。ご不便でしょうが、そうさせてください」


 セドリックはそう言うと、持参した担架に病人を乗せ、狭い階段を4人がかりで運ぶ。患者の受け入れを承諾してくれたのは、あのマザー・ロザンヌのいる『救済病院』だけだった。

 患者とジェファーソン先生、クラウディアの3人を乗せた馬車は『救済病院』へ向かう。残ったメンバーは部屋の中の汚物を片付け、噴霧器で消毒を施していく。

 部屋の中と廊下、階段の清掃を終えると、もう夕方になっていた。


「さて、申し訳ないがもう一仕事だ。我々も『救済病院』へ行くぞ」


 セドリックの号令に皆、疲れた体に鞭打って馬車に乗り込んだ。


『救済病院』では、シスターたちに混じってクラウディアが患者たちの世話をしていた。

 グランヴィル先生も、他の患者たちを診ている。



「マザー・ロザンヌ、この度はありがとうございます」

 セドリックがお礼を言うと、マザーは

「お礼を言わなくてはいけないのはこちらです。優秀な先生に看護師まで連れて来ていただいて」

「ああ、あの娘は私の妹で、看護師ではないのですが……」

「そうなのですか? 知識もあり、なかなかてきぱきと良く動いてくださって、大助かりですよ」

「お役に立てたなら、光栄です。このあと少し病室を消毒させていただきますが、よろしいですか?」


 セドリック室長はマザー・ロザンヌから『存分にやってください』というお墨付きをもらい、ラモーン、アラン、ヘンリー、サンドラ皆総出で消毒と清掃を行った。


 食事を摂ることも忘れ、皆クタクタになるまで働いて、その大変な日は終わった。道具を片付け着替えをしていると、マザーがスープを作ったので食堂にどうぞ、と声を掛けてくれて一同にほっとする。


 ジェファーソン先生とクラウディアは感染の疑いがあるため、別の部屋で食事をっていた。

 ジェファーソン先生がスープを口に運びながら、クラウディアに言った。

 

「君、僕の助手になってくれないかなあ?」

「へっ? ……先生、私医療の知識は無いですよ」


「君がいいって言ってくれるなら、奥さんになって欲しいなあ」

「……先生、冗談が過ぎます……」

「アハハハハ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る