第22話 大悪臭
セイムズ川の南に向かっていたアランとサンドラは、川が近くなるにつれ、なんだかひどい悪臭が漂っていることに気づいた。
サンドラはハンカチで鼻を抑えながら、
「なんですの、この匂い……」
と顔をしかめる。
アランは噂に聞いていた “大悪臭” というのがこれと知ってもまだ、信じ難い匂いだと思った。
持参したマスクをして、手袋をはめて馬車を降りる。議事堂に近いセイムズ川の近くで、兄の友人の1人が診療所を開業している。
アランは馬車を降りるサンドラに手を貸しながら、周りを見渡した。
歩いている人々は皆、早足で通り過ぎようとしているようだ。川の中を見渡すと、濁った茶色い水が流れていて、その中にさまざまなゴミが浮かんでいる。
(これがこの悪臭の原因か……)
「どうやったら『川に物を捨てる』という悪習を一掃することができるのかしら…」
サンドラが隣で川を覗き込んで呟いた。
「さあな、罰金でも取るか?」
「そんなことで、人々の意識を変えることができるとでも?」
サンドラは少し怒ったような声でアランに言い返した。
「そこが診療所だ、行こう」
アランは道の向かい側にある診療所を指差して、サンドラを促した。
東の下町に向かっていたセドリック所長とラモーンは、教会が建てた『救済病院』に到着した。
商業地区と下町の境に建てられた病院は、どんな身分の者でも受け入れるという教会の庇護の元にあり、入り口の前まで病人で溢れている。
身なりの良い2人が入って行くと『お恵みを…』という物乞いの手が方々から伸びて来る。
所長は責任者であるマザー・ロザンヌに面会を求めたが、マザーは自ら手の足りない病室を回っていると言う。
案内のシスターに付いて大部屋の入院患者室へ行くと、マザーがぐったりとした女性患者の傍に寄り添っていた。
「すみませんマザー・ロザンヌ、王立研究所の方がお話しを聞きたいそうで、お連れしました」
シスターがそう言うと、マザー・ロザンヌはこちらを見上げて言った。
「このようなところへ研究所の方々がおいでとは、いったいどのようなご用件でしょうか?」
「私たちは今流行しつつあるコレラの感染源の調査をしています。どうかお話をお聞かせください。申し遅れましたが、私はセドリック・クラウカス、王立錬金術研究所の者です、こちらはラモーン・ルッソ、同じく研究員です」
マザーは立ち上がると、2人を一丸奥の部屋に案内した。
10床ほどベッドが置かれている部屋に患者がぎっしりと詰め込まれている。あたりは糞尿と嘔吐の匂いですさまじい悪臭を放っている。
「コレラの患者です。人でも足らず、薬もないのでこうして死を待つしかないのです」
セドリックとラモーンはあまりの環境に絶句した。
「患者から聞き取りをした記録があります。どうぞこちらへ」
マザーについて執務室に入ると壁が一面棚になっていて、患者についての記録がアルファベット順に整理されていた。
マザーがこれらの患者の記録を出してくれた。
「お持ちいただくことはできませんので、よろしかったらこちらで閲覧してください。私はまだやることがございますので、終わりましたら誰かにお声をお掛けください」
そう言うとマザーは部屋から出て行った。
セドリックとラモーンは手分けして記録を読んだ。記録は患者の名前、住所、職種や職場の他に、記載者が気づいたことなど細かく書かれていて、参考になった。
2人は持ってきた地図に、患者の住所と職場を別々の色でマークした。
こうして、2時間ほど没頭していると、だんだん地図の中に共通点が浮き彫りになって来る。
そろそろ昼かという時に、バタバタと部屋に駆け込んで来る足音がした。
「室長、大変です!」
そう言いながら入って来たのは、クラウディアとソーホー地区に行ったはずのヘンリー・ホランドだった。
「どうした?」
息が上がっている、急いで来たのだろう。ヘンリーは息を整えながら、
「ソーホーで医者の話を聞いていたら、ハァ、コレラ患者が運ばれて来て、ハァ、クラウディアが……」
「クラウディアがどうした!?」
セドリックもラモーンも “クラウディア” に反応した。
「……残って医者を手伝うって……」
「なんだって!?」
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