第27話 今度、デートしてください…
クラウディアはラモーンからの告白にドキドキしながら、そっと微笑んだ。やっと血の通った温かい気持ちが自分の中に流れ込んで来るのを感じた。
ラモーンが嫌いだったわけではない。『結婚を前提に交際を……』と言ってくれた時は嬉しかった。
なのに、いつも研究にばかりに夢中でこちらを見てくれない彼に腹を立てていたのかもしれない。少しでもこちらを見てくれないかと、一生懸命に心を尽くしているのに全く気付いてくれないラモーンに、いつしか意地になっていた。
救済病院の礼拝堂で抱き合いながら、いつ離れたらいいのかタイミングもわからず、お互いの心臓の鼓動だけが高鳴っていく。
「……今度、デートしてください……」
クラウディアは目を伏せて言った。
「う、うん……今度しよう……」
ラモーンは上気した顔で返事した。
「約束ですよ……」
クラウディアはもう一度、ラモーンの胸に顔をうずめながら囁いた。
* * *
今日のクラウディアは一張羅の薄いブルーの綿モスリンのドレスに、大きなリボンが付いたレースの帽子を被り、兄のセドリックにエスコートされてリンデンの伝統あるホテルの前で馬車を降りた。
田舎の領地から、クラウディアの両親が出て来たのだ。馬車で三日もかかる距離にあるため、ここ1年は顔を見に帰郷することもなく久しぶりの再会だった。
クラウディアとセドリックの実家クラウカス家は伝統ある男爵家ではあったが、今や時代も変わり領地から農作物を地代として納めさせるだけでは対面を保つのにギリギリな状態だったため、これからは子供たちが個々の能力を生かし、己の力で生きていけるように教育に力を注いできた。
こうしてセドリックとクラウディアは『
とは言え、大切な娘がコレラで死にかけたのだ……両親は大パニックだった。
『コレラ』と言えば、死の病だ。罹れば誰もが『死に魅入られた』と思っても仕方がない。
もう生きて会うことはできまい、と覚悟して葬式の支度までして出て来たのだ。
「お父様、お母様……ご無沙汰しております。それにしても……なぜ喪服なんですの?」
ホテルのロビーで再会した父と母は、何故か黒い衣装でクラウディアと対面した。
「クラウディア、元気そうで良かったわ……」
母がクラウディアをハグして安堵の声をあげる。
「クラウディア、顔を見せておくれ……本当にお前なのだね!」
父もクラウディアの手を握って、信じられないものでも見るように感嘆の言葉を漏らした。
「お父様ったら……大袈裟ね。こうして生きておりますわ」
クラウディアはことも無げに返すが、それは本人が危篤状態だった自分の姿を知らないからであろう。
兄は妹が発症してから徐々に悪化し死にかけて、皆が絶望する中ラモーンがずっと声を掛け続けて、奇跡的に回復した一部始終を見て来たので、誰よりも感慨深かった。
「まあ、父上も母上も少し落ち着いて、あちらに座りませんか?」
兄のセドリックはロビーに置かれたソファに皆を誘導する。
「ごめんなさいね。慌てて出て来たもので、外出着はこれだけなの……」
母が申し訳なさそうに
「それもしても、しばらく来ないうちにリンデンはまた偉く変わったものだな! 近々、鉄道とやらも開通すると聞いたが……」
「おや父上、鉄道に興味がおありとは知りませんでした」
「わしとて貴族の端くれ、世の動きには常に耳を立てておかんとな」
「そうですか、それではぜひ鉄道が開通したら、共に乗ってみましょう!」
父と兄は楽しそうに最近のトレンドの交換をしている。
クラウディアと母は、別のことで話し合っていた。
「クラウディア、瀕死だったあなたを救ってくださった方がいると聞きました。しかもその方は、あなたが働いている研究所の副所長様だと言うじゃないの……ぜひ、その方にお会いしてお礼を申し上げねば。……でもその前に、私たちの衣装をどうにかしなくては外に出ることもできないわ」
「わかりました、お母様。知り合いにお借りできないかお願いしてみますわね」
(う〜ん、ドレスをたくさん持っていそうな知り合いねぇ……サンドラに聞いてみようかしら?)
兄の同僚のサンドラ・スタンホープ嬢はかのスタンホープ侯爵家の令嬢だ。きっとドレスなら腐るほどたくさん持っているに違いない。
* * *
それから数日後、サンドラは快く母のドレスを貸してくれ、ついでに父の服も貸してもらえた。
「本当に素晴らしい方ね。侯爵令嬢でいらっしゃるのに、私たちにもこんなに優しくしてくださって!」
母はサンドラ・スタンホープ侯爵令嬢に痛く感心してしまったようだ。
「王立研究所のお仕事もしていらっしゃるのでしょう? これからは、あのような方が女性をリードしていくのね〜」
その週末、両親と兄とクラウディアは市街地にあるラモーン・ルッソの自宅を訪れた。
両親が『どうしてもルッソ殿にお礼を言いたい』と願ったからだ。
ラモーンは
「それなら、うちで食事でもご一緒に」
と言ってくれて、お邪魔することになった。
呼び鈴を鳴らすと、待ち構えたように中からラモーンの母のルッソ夫人がドアを開けた。
「ようこそお越しくださいました。私、ラモーンの母レティシアと申します」
丁寧にドレスを摘んで挨拶されて、父も母もそれに応ずる。
「このようなところではございますが、どうぞお入りください」
ラモーンの顔も今日はかなり緊張している様子だ。
ラモーンの家は広いとは言えないが、掃除の行き届いた家具や調度品が落ち着いた暮らしぶりを表しているようだった。
応接に案内され革張りの長椅子に腰掛けると、ラモーンが口を開いた。
「本日はようこそいらっしゃいました。私、当家の当主のラモーン・ルッソと申します。こちらは母のレティシア、隣は妹のロクサーヌです」
クラウディアは緊張していたが、ラモーンの隣に立っている若い黒髪の女性に妙な既視感を覚えた。
(あら、この方……どこかで会ったような……)
相手も気がついたようで、目が合ってにっこりと微笑んだ。
次に兄が立ち上がって、父と母を紹介した。
父はラモーンの手を取ると、
「うちの娘を助けてくださったそうですね。ありがとうございます、どうかこれからもクラウディアをよろしくお願いいたします」
と、力強くラモーンの手を握りしめた。
(え? どんな話になっているの……もしかして、あの病院でのことをお兄様がお父様に話した?)
「ふつつかな娘ではございますが、よろしくお願いいたします」
(って、ええっ……お母様まで!)
なんだか知らぬ間に話が進んでいないだろうか……?
「いえいえ、こちらこそ。こうしてお会いできて光栄でございます。男爵様も奥方さまもお掛けになってくださいませ。今、お茶をお待ちいたしますわ」
ラモーンのお母様と妹がお茶を取りに行っている間、クラウディアは兄に小さな声で尋ねた。
「お兄様、もしかしてあの話をお父様とお母様にしたの?」
「あの話って、なんのことだ?」
「……私の看病を……ラモーンが付きっきりでしたことよ……」
「当然だろう」
あまりに当たり前のように言われて、クラウディアは上気して顔が熱くなった。
ラモーンにも聞こえたのか、彼も恥ずかしそうに目線を泳がせている。
「おまえはもう、ラモーン以外とは結婚できないと言ってある」
「…………」
(恥ずかしい……恥ずかしすぎる……もしかして、ラモーンのご家族も?)
クラウディアは目線を上げてラモーンに問いかけた。
「もしかして……お母様にも話した……?」
ラモーンの顔が一気に赤くなった。
(わかった……聞かなくてもわかるわ、その顔。そう……そうなのね……私以外はみんな知ってたのね……)
「つまりは、今日が両家の顔合わせということだ」
兄のセドリックがはっきりと言葉にして宣言した。
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