第28話 あなたのことがもっと知りたい
「お式はいつ頃にいたしましょう?」
結婚は家同士の決めごとであるとはわかってはいたが、ここまで自分が口を出せないものとは思ってもいなかった。
クラウディアは顔に笑顔を貼り付けたまま、両親と兄が話を進めるに身を任せていた。
「……で、それでいいかなクラウディア?」
何を問われたのかわからないが、兄に問われるまま『はい』と答えようとしたところで、
「ちょっと待っていただけませんか?」
という言葉が耳に入った。
ラモーンの妹、ロクサーヌの声だった。
「差し出がましいことを言って申し訳ありません。……ですが、少しだけお時間をクラウディアさんと兄にいただけませんか?」
全員の目が一斉にロクサーヌに注がれる。
「クラウディアさんと兄はデートもまだなんです。結婚するにしても、もう少し二人がお互いを知る時間をあげて欲しいんです」
「僕からもお願いします……クラウディアと約束したんです。今度デートするって……」
そう言うと、ラモーンが深々と頭を下げた。
一瞬みんな呆気に取られたが、クラウディアの母が口を開いた。
「……そうですわね。二人の気持ちが一番大事ですもの…今度はぜひ、皆さんでうちに来ていただきたいわ」
「そうだな。考えてみればクラウディアも治ったばかりだし、これからゆっくりと両家の交流を図れば良いな……」
父が援護してくれて、クラウディアもラモーンも少し安堵の表情になった。
(ありがとう、ロクサーヌさん! あなたが言ってくれなければ、きっとデートもできないまま結婚式、なんてことになっていたわ!)
その後は両家とも和やかに
「嬉しい! 私、妹か姉が欲しかったんです!」
ロクサーヌが嬉しそうにベッドや寝巻きを用意してくれた。
「あの時書店で花の図鑑を取ってくださったのは、クラウディアさんだったんですね。私が兄に助言したのがバレちゃいましたね、ウフフ……」
以前書店で会った女性がラモーンの妹だったとは、すごい偶然だ。
クラウディアは長かった今日1日が無事に過ぎたことを考えながら、用意された客間のベッドに倒れ込んだ。
コンコンコンと小さなノックの音がした。
クラウディアはベッドから起き上がって
「はい、どうぞ」
と返事をすると、遠慮がちにドアが開いてラモーンが入って来た。
「ちょっといいかな……」
「ラモーン……」
ラモーンは客間の椅子に座ると
「……今日は大変だったね」
と言った。
ラモーンもおそらくこれほど事態が進むとは思ってもいなかったのではないか、という気がする。
「そうね。私たちの結婚なのに、私たちはそこにいないみたいだったわね……」
「君は……本当に、僕と結婚したい?」
「え?」
何を今更……とは思うのだが、こう正面切って訊かれるとどう答えたらいいのか……
「えっと……」
「君が結婚したくないのなら、僕は強制しない……いいんだ、君にもし好きな人がいるなら……君は何も負担に考えなくていいんだ……」
ラモーンが椅子から立ちあがろうとした。
「……ちょっと、待ってラモーン!」
反射的に体が動いて、クラウディアはラモーンの腕に抱きついていた。
「クラウディア……?」
「待ってってば! あなたのこと好きだし、結婚してもいいって思ってるからっ!」
「……クラウディア……ほんと?」
ラモーンの腕がクラウディアの体に回され、二人は抱き合った。
クラウディアは寝巻き姿のラモーンを抱きしめながら、こう呟いた。
「でも、私はあなたのことがもっと知りたいだけなの……」
ラモーンの両手がクラウディアの頬を包み込んできて、彼の深い藍色の目の中に自分の姿が映った。
(私って、ラモーンの目にはこんなふうに映ってるんだ……)
彼の唇が降りてきて、クラウディアの唇に重なる。
柔らかい感触が唇に伝わる……
初めてラモーンの熱い気持ちが垣間見えた気がした。
* * *
翌日、ラモーンとクラウディアは “デート” に出かけることになった。
ロクサーヌのおすすめで『リンデン動・植物園』に行ってみることになった。
クラウディアは昨晩のキスが頭にちらついて、なかなかラモーンを見ることができない。
(私、こんなんで結婚なんかできるのかしら…)
4人で朝食の卓を囲みながら、気恥ずかしさが先に立って何をどう言ったらいいのか戸惑っていた。
「クラウディア、昨夜はよく眠れたかしら?」
「はい!それはもうぐっすり!」
お義母様に応えながら、もくもくと朝食を口に運ぶ。
「私もロクサーヌももっと早くあなたを我が家にご招待したかったのよ」
「そうなのですか?すみません、そんなこととは知らず…」
「あなたが悪いんじゃないのよ。ラモーンたら『クラウディアは僕のことをわかってくれてるから、そんな必要ない」なんて言って…本当にごめんなさいね」
(ラモーンはご家族にそんなことを言っていたのね…ふーん)
クラウディアがちらっとラモーンの方を見ると、ラモーンはピクリとして、頬を赤くした。どれだけ彼はクラウディアのことを信頼し切っていたのだろうか…
そう思うと、あの時の『母が、僕たちがうまくいかないって言うんだ』という言葉も、何か誤解があったのかもしれないと言う気がしてきた。
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