第5話 この葉っぱを摘んでください。たくさん必要なので


 おそらく女性に誘いを断られた経験などないだろうアランは、ほんの少し傷ついたような表情を見せた。

(あ、今一瞬アランの顔が曇った…いけないわ、何か代わりを考えなくちゃ…)


「その代わりと言ってはなんですが、とっておきの裏メニューがありますの」

 クラウディアは思いついてニッコリする。


「一緒に薬草園に行ってくださいます?」

「薬草園?ああ、敷地の端の温室?」

「そうですわ。さあ、まいりましょう」

 クラウディアは思い切って、アランの手を引いた。


(私ったら、大胆…胸がドキドキするわ)


 アランは自分より年下の可愛い助手に手を引かれて、ちょっとドッキリした。


『花で一杯にしたら喜ぶかも…』なんて、思いつきでバトラーのジョゼフに言いつけたら、思いのほかすごいことになっていて、正直焦ったんだけれど、この可愛くて賢い助手のリカバリーで、部屋はあっという間に片付いていた。

 そんな彼女に手を引かれたら『次はどんなことで自分を驚かせてくれるのか』とつい、期待してしまう。


 温室の一角の薬草畑の隅に、黄緑色の葉が鮮やかなハーブが植えてある。

 クラウディアはその葉を摘むと、アランの前に差し出す。

「ほら、いい匂いがするでしょう?」


 受け取った葉を指で押しつぶすようにすると、確かに嗅いだことのあるハーブのいい匂いがする。

「ほんとだ。イタリア料理みたいな匂いがするね」

 アランの指先が鼻に触れて表情が緩む。


(うう…イケメンはそんな仕草もカッコいい…)


 心の中の声が漏れないように気をつけながら、

「はい、この葉っぱを摘んでください。たくさん必要なので」

 とクラウディアはバジル摘みに集中する。


 アランは思わず笑いが込み上げて来て楽しくなる。薬草園の隅で自分にハーブを摘ませる女の子なんて、滅多にいない…湧き上がる新しい感情にアランはときめいた。

 ひと抱えほどバジルを積んでラボに戻った二人は、キレイな葉の部分を摘んで茎と分けていく。


「ごめんなさい、アラン。私もう少々必要な材料を調達してまいりますので、アランはこのまま葉を摘んでいてくださいますか?」

「ああ、いいよ」

 アランはラボに一人残される寂しさを感じたが、それ以上にこの後の展開が楽しみで、了解した。


 クラウディアは実験動物の飼育室に行くと、餌の保管庫に入って松の実と胡桃を少し頂戴した。そして、食堂の厨房に行くとフライパンと二人分の皿とフォーク、パスタ、塩、パルメザンチーズ、オリーブオイルを借りてラボに戻った。


 すでにアランはバジルを解体し終えて、クラウディアを待っていた。


「おかえり、クラウディア。何を持って来たんだい?」

 アランはフライパンやら皿を担いできたクラウディアに、少し怪訝けげんな表情になった。

「お待たせしました。これからバジルソースのパスタを作ります!」


 クラウディアは抽出機を外すと、加熱部分の上にフライパンを乗せ、水差しから水を注ぎ入れる。


 後は湯が沸くまでのあいだに、乳鉢でバジルの葉と胡桃くるみ、松の実を粉状に粉砕するだけだ。アランは乳鉢でごりごりと胡桃をすり潰しながら、

「…こんなことするのは初めてだよ。薬品以外を乳鉢ですり潰すなんて…」

 と思わず正直な感想をもらす。


「大丈夫です!私が後で完璧にキレイにいたしますので、ご心配いりませんわ」


 クラウディアは内心『ちょっと強引だったかしら…』と思いながら、にっこりと笑顔で返した。

 湯が沸くと少々の塩とオリーブオイルを入れ、パスタを茹で始めた。


 パスタが茹で上がるのを待ちながら、すり潰した材料にオリーブオイルとパルメザンチーズ、塩を加えて混ぜ合わせる。鮮やかな緑色のソースが出来上がった。


 茹で上がったパスタにバジルソースを絡めていると、誰かがドアをノックする。


「何をやっているんだい?薔薇の香りがしたと思ったら、今度は美味しそうな匂いがして…」

 隣の部屋まで匂いが届いてしまっていたらしく、所長が顔を出した。


「なんだエルウィン、いいところに来たな」

「所長、すみません。この匂いでお仕事の手をお止めしてしまいましたでしょうか?」

「やあクラウディア、いい匂いだね」


「おいおい、兄さんの分は無いよ…厚かましいやつだな」

 アランが牽制けんせいするも、

「だってこの匂い、気になって仕方ないだろ」

 と言う。


 兄弟喧嘩になってしまうのは申し訳ないので、クラウディアが

「せっかくですから、お召し上がりになりますか?お口に合うといいのですが…」

 と引き留めた。


「私の分は、もう少しパスタをもらってまいりますので、どうぞ」

 皿に二人分を盛り分けると、クラウディアはまた厨房へ向かった。

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