第30話 この世の女性のために!

 クラウディアのコレラ罹患から半年が経った。

 王立錬金術研究所とロシフォール錬金術研究所の合同プロジェクトは、一定の成果を見て解散となった。


 その後、アランとサンドラの婚約が発表され、アランは多方面で忙しくなっているようだ。おそらく婚姻後、スタンホープ侯爵家の事業を受け継ぐ準備も始まっているのかもしれない。


 クラウディアはラモーンのラボに戻ることになった。ラモーンと婚約したことで、対面を保たなくても良くなったせいだろう。

 職場でのラモーンは節度を持ってクラウディアに接してくれている。


「ラモーン……」

「ん?」

 ラモーンの深い紺色の瞳がクラウディアを見つめて、クラウディアはちょっと甘えたくなってしまう。


(ダメダメ! ……今は仕事中なんだから、仕事に集中よ!)

 自分を叱咤してお仕事モードに戻る。


「入院患者に飲ませていた “塩砂糖水” の割合を変えた実験結果のレポートなのですが、“塩砂糖水” という名前があまり良くないと思うのですが……」

「ウ〜ン、僕はそう言うのはどうもなあ、あまり得意じゃなくて……君なら何て書く?」

「そうですね……体助水とか、助命水、体癒水? ……難しいですね……」


 

 最初のデートから始まって、最近では色々なところに二人で出かけるようになった。

 お互いの気持ちを素直に伝え合うことで、以前のようなかたくななところも無くなり、笑い合えるようになった。

 

 (以前のラモーンからしたら、全然別の人かって言うくらい変わったと思う!)



「副所長、クラウディア、所長が呼んでます」


 そう呼ばれて、二人して所長室に向かう。

「今日は何でしょうね?」

「特に聞いてないな……」


 コンコンとノックをしてドアを開けると、意外な人物が待っていた。


「お久しぶり! クラウディア、ラモーン」

 アラン・ロシフォールの婚約者サンドラ・スタンホープだった。

 王立錬金術研究所に勤める彼女とは、半年前のコレラ撲滅のためのプロジェクトで、共同プロジェクトのメンバーとして共に協力しあった仲間だ。


「ごきげんよう、サンドラ。お久しぶりです」

 久しぶりの再会にクラウディアは目を丸くする。


「実は、今回はクラウディアに提案があって呼んだ。みんな、座ってくれ」

 みんなが着席したところで、エルウィン所長が切り出した。


「今度、新しいラボを開設しようかと考えている。そしてそのリーダーとして、サンドラを迎えるつもりだ」

「サンドラを? ……でも、サンドラはアランとご結婚なさるんですよね?」

 

「そこだ……! それで君たちを呼んだ」

「え?」

 クラウディアとラモーンは顔を見合わせて『どう言うことか?』という表情を浮かべる。

 

「まず、ラモーンに聞きたい。君は結婚後、クラウディアを退職させて家に置くつもりか?」

 突然の所長の問いかけに、ラモーンが少し考え込むような表情になった。


 僅かな間会いのに後ラモーンが口を開いた。


「僕は……クラウディアが働きたいならぜひ、仕事を続けて欲しいと思っています……」

 その答えに、クラウディアは内心驚きを隠せなかった。


 何故なら『女性は結婚したら家に入るもの』という概念が当たり前の世の中だからだ。

 実際にクラウディアがラモーンに問いかけてみたことはなかったが、そうすることが世間的にも良いことだと思っていたのだ。


(ラモーンがそんなふうに考えていたなんて、意外だわ……)

 

 一般に良家の子女であるほど女が働くことは良しとしない。ましてや貴族の令嬢が働くことなど、例外中の例外なのだ。『働く』などと口にしただけで家門の品位をおとしめたと後ろ指を刺される世の中なのだ。

 サンドラのような貴族の名家の令嬢が『働く』ということで、どれだけ貴族社会で中傷されて来たことだろうか……


「そうか。では、クラウディアはどうかな、結婚後も働くことは可能かな?」


「わたし、私は……」

 言いかけたところで、ドアのノックと共に

「失礼します。お茶をお持ちしました」

 とお茶が運ばれて来た。

 

 そして、そのお茶を運んできた人物を見て、もう一度驚くことになった。


「ロクサーヌ?」「何でここに?」

 クラウディアとラモーンが頓狂とんきょうな声を上げる。


 セドリック所長がニヤニヤしながら紹介する。

 

「ああ、今日から当研究所に採用になったロクサーヌ・ルッソ嬢だ。よろしくな」

 

「しょ、所長っ、よろしくじゃありませんよ! 何で教えてくれないんですか!」

 ラモーンが呆れた声を出した。

 

「何でって、その驚いた顔が見たかったから、かな?」

「やりましたね、所長!」

 ロクサーヌがグッと親指を立てる。

 

 所長が話を続ける。

「話の腰を折ってしまったが、できれば今ここにいる女性3人に新しいラボを任せたい」

 

「えっ? 『女性だけのラボ』ですか?」

 クラウディアが目を輝かせる。


「そうよ。この世の半分は女性なのに、男性研究者ばかりなのはおかしいでしょう? 私たちは、この世の女性のために研究をするのよ!」


 サンドラがそう言うと、ロクサーヌもその言葉に賛同した。

「この世の女性のために!」


(この世の女性のための女性の研究者による研究……!)

 

 そんなことができるようになるとは思ってもいなかった。女性の自分が研究機関で働かせてもらえるだけでも幸運なことだと思っていたのに……


(それ以上だわ……!)


「私も……私もやりたいです……そんな研究……。ラモーン、私結婚しても続けていい?」

 クラウディアの問いにラモーンが答える。


「もちろんだよ。君の才能を家の中に閉じ込めておくなんて、才能の無駄遣いさ。君は君の研究をやるべきだよ!」


 こうして史上初の女性のための女性によるラボが誕生した。


 クラウディア、サンドラ、ロクサーヌの3人は結婚後も様々な研究を続け、世の中の女性の助けとなる沢山の発明をしたという。

ac

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こじらせ錬金術師の執着愛 滝久 礼都 @choukinshi

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画