第17話 会話は1分以内、余計なことは言わない


「おはようございます、所長。ながながと休みをいただいてしまい、申し訳ありません」

 ラモーン・ルッソは1週間ぶりにロシフォール錬金術研究所に出勤した。


「おはよう、元気そうになったな。また今日から頼むよ」

 エルウィン所長は顔色の良くなったラモーンを見て、ホッとした。


(やはり、ラモーンの妹と話したことは正解だったようだな……)


 ラモーンの後ろ姿を見送りながら、所長は隣のラボのクラウディアのことを考える。

(あとはクラウディアの反応だな……)

 


 ラモーンはポケットから、妹に渡された紙を取り出した。

 そこにはこう書かれていた。


  ① 出勤したら、所長に挨拶――長く休んだことを詫びる


  ② クラウディアさんに会ったら「いろいろ迷惑をかけて済まなかった」と詫びる

(決して自分から会いに行かないこと! 会話は1分以内、余計なことは言わない)


  ③ 今後1週間は、クラウディアさんとの会話は挨拶のみにする



(会いに行っちゃいけないのか……)


 ラモーンは所長室の隣のラボをチラリと見て前を通り過ぎながら、自分のラボに向かった。


 いつも通り自分のラボのドアを開けて……驚いた!


(キレイになっている……どうしたんだろうか? 所長が片付けさせたのか?)


 いつもゴチャゴチャの広い実験机の上がすっかりキレイに片付いている。

 ほこりひとつない……

 実験道具は全て棚や箱の中に片付けられ、1週間前までやっていた実験の過程が、実験ノートに記入されている。


 間違いない、クラウディアの字だ。


 ふと見ると、壁際かべぎわに架けられた白衣も洗い立てで、ピンとアイロンがかけられている。


 ラモーンは白衣を手に取ると、そっと匂いを嗅いだ。

 洗い立ての石鹸の香り……

 彼は心の中に込み上げて来る、嬉しいような切ないような気持ちを噛み締めていた。


 * * *


 アランとクラウディアはようやく手に入れた海藻を、半分は日に干して、半分は煮出して、凝固剤を作ろうと実験を繰り返していた。


 最初の日は、一緒に購入した鰻のプディングを作るのに1日を費やしてしまった。独特の味で好き嫌いの好みは分かれたが、興味深かった。


 今は腐らせないために、どんな薬品を使うか試している。


「やはり、ソーダ灰かな」

「そうですね、問題は配合でしょうか?」

 最近では工業化が進み、ソーダ灰の活用されているものがとても多くなった。



 昼になって、研究所の食堂へ向かっていると見慣れたその姿を見かけた。


(ラモーン、今日から出勤したのね……また、何か言われないと良いけど……)


 研究所の大体の者は、この研究所内の食堂でお昼を食べる。ただ、メニューは3つしかないのですぐ飽きてしまう。近くの定食屋やカフェへ食べに行く者、パン屋に買いに行く者、家からランチボックスを持参する者もいる。


 アランとクラウディアは、今日は食堂で済ますことにした。

 野菜のキッシュのランチプレートを取り、窓際の席に向かい合って座った。


(こんな素敵な人と毎日ランチが食べられるなんて、幸せ……)


 窓から差し込む光が彼の金髪をキラキラと反射させて、思わずウットリする。


 食べ終えてトレイを片しながら、

「お茶を持ってまいります」

 と立ち上がる。

 

「ありがとう、クラウディア。悪いね」

 にっこりするアランに、胸がときめく。


 お茶の列に並ぶと、後ろから声を掛けられた。


「クラウディア」

 その声にドキッとして振り返ると、やはりラモーンだった。


「ラモーン様……」

「いろいろ迷惑をかけて済まなかった」

「あ、はい……」


 沈黙……


 ラモーンはそれ以上何も言わなかった。


 お茶を2つ受け取ってアランの前に戻ると、クラウディアの顔色を見たアランが、

「どうした?」

 と聞いて来た。


「い、今ラモーン様とお会いして……」

「あいつに何か言われたのか?」


「いろいろ迷惑をかけて済まなかった、と言われました」

「それで?」

「それだけです……」

「ふ〜ん、そうか……」


(もっと何か言うかと思っていたが、意外だな……)

 アランは向こうの席でお茶を飲んでいるラモーンをにらみながら、お茶を喉に流し込んだ。

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