第16話 自分の気持ちを人に伝えるのが苦手みたい

 ラモーン・ルッソが妹に勧められるまま、花屋に行って花を贈ってから2日が経った。

 妹に言われて “ディアスキア” という花を探して、3軒目でようやく探し当てた。


「お客さん、この “ディアスキア” は珍しいんですよ。この花は普通、草丈が大きくならないので花壇用や鉢植えが多いのですが、これは花束にできるよう特別に育てられたんですよ」

 聞いてもいないのに店主が説明してくれた。


(そうなのか、花も育て方や環境次第で変わるものなんだな……)


 ラモーンは父が真面目一徹の研究者だったせいか、とにかく勉学一筋に育てられた。

『身についた知識は、決して自分を裏切らない』と言うのが父の口癖だった。お陰でラモーンの成績はどこでも常にトップだった。


 彼は自分自身を花に重ねて考えていた。

 あの父のもとで育てられなかったら、自分はどう育っていたのだろうか?

 父の下で育てられたことに何の不満もない。

 常に優秀であるということは彼の矜持きょうじでもあり、当たり前のことだった。


 だが、それが何だと言うのだろう?

 自分は今、たった一人の女性に振り回されて、身動きも取れないというのに……

 


「カードを付けますか?」

 と聞かれて『は付けるのか?』と問い返した。

『普通、付ける方が多いですね』と言うので、付けてもらうことにした。


「それでは、ここにメッセージをどうぞ」

 とペンを渡されたのだが、正直何を書いていいかわからない。

 

 ペンを片手に悩んでいると、

一言ひとことで良いんですよ。それと名前だけで」

 と言われる。

 

 それでも悩んでいると、

「この花の花言葉、ご存知ですか?」

 と言って来たので『知っている』と答えると、

「それをそのまま書けば良いんじゃないですか?」

 と言われて、また考える。


(謝罪→すみません→ごめんなさい→申し訳ありません→お詫びします……)

 花屋も少しイライラして来たようで、

「もう、ひとこと『ごめん』だけでもいいのでは?」

 と言うので、そう書くことにした。


 妹のロクサーヌに言われたのだが、 僕は『自分の気持ちを人に伝えるのが苦手』らしい……


 花を送ってから2日後、クラウディアから手紙が来た。

 おそるおそる開けてみると、花を贈ってくれたことへの礼状だった。

 

 * * *

 

 前略 ラモーン様


 先日は可愛らしいお花を贈ってくださり、ありがとうございました。

 お花は私の机の上で、優しく微笑ほほえんでくれているようで、心がなごみます。


 研究所では思いがけぬ異動で、ラモーン様にはご迷惑をお掛けしました。


 また、ラモーン様に失礼な言葉を発してしまったことを、心からお詫びいたします。


 ラモーン様がお元気で、研究所にお戻りになられるのをお待ちしております。


                                 かしこ


 クラウディア


 * * *


 簡潔ではあるが、確かにクラウディアの字だ。


『研究所にお戻りになられるのをお待ちしております』

 

 真っ暗だったラモーンの前途に、一筋の光が差した気がした。

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