第13話 “ディアスキア”私を許して


 ロクサーヌ・ルッソは翌日、ラモーンの勤める『ロシフォール錬金術研究所』に向かった。

 門の前まで来たのだが、やはり週末は休みらしい。

 どうしようかと思って中を覗き込んでいると、出てくる人物がいた。

 長い金髪を後ろで1つに結んだ背の高いイケメンが、研究所の建物から出てきた。見ていると、向こうも彼女に気がついたのか声を掛けて来た。


「ごきげんよう、お嬢さん。何か研究所にご用かな?」


「ごきげんよう。実は少しお聞きしたいことがあって……あなたはこちらの研究所の方ですか?」

「そうだね、私はこの研究所の所長のエルウィン・ロシフォールだが、君はどなたかな?」

「所長様ですか! 失礼しました。私、こちらの研究員のラモーン・ルッソの妹で、ロクサーヌ・ルッソと申します。あ、兄がいつもお世話になっております!」

 

 彼女がペコリと頭を下げると、彼は

「こんなところで立ち話というのも何だね、どうぞ、入りたまえ」

 と言って門の鍵を開けて、中に入れてくれた。


 館内に案内されると、所長室に通された。

「今日は休みなので、お茶も淹れてあげられないけれど、どんな要件かな?」

「ありがとうございます、何もお構いなく。……実は兄のことなのですが……」


 ロクサーヌは昨日帰って来た兄の様子がおかしいこと、クラウディアさんのことを兄がとても気にしているなどを話した。

「こんな身内の個人的なことをご相談して、申し訳ございません。ですが、このままではおそらく仕事にも支障が出ると思い、ご迷惑をかえりみず来てしまいました」

(やっぱりか……ラモーンはかなり参っているようだな……)

 

 エルウィンは心の中で呟いた。このままラモーンを切り捨てることもできるが、そんなことにでもなれば、研究所うちとしても、人的損害が大きい……

 妹に話して果たして彼は、何とかなるのだろうか……いやしかし、こうして来てくれているのだし、ここはひとつ話してみるか……

 エルウィン所長は腹をくくった。


「わかりました。それではいままでの経緯をお話しします。……話は約1年前に遡ります……」

 

 こうして所長はラモーンが一年に及ぶ長い間、クラウディアを夜遅くまで研究に付き合わせたことや、私用でいろいろさせていたことを話した。

 

「……そうですか、我が兄ながらお恥ずかしい限りです。クラウディアさんには大変申し訳のないことをしたと思います。兄に代わってお詫び申し上げます……」

 聴き終わってロクサーヌは、兄の子供じみた行動に顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えた。


 所長には、

「ただ、彼は純粋に研究に没頭し過ぎていただけで、クラウディアに性的なことを要求したわけではないので、その点ではご安心ください」

 と付け足されたのだが、それはロクサーヌの慰めにはならなかった。


(それをしていたらもう立派な『』じゃないですか……)


「わかりました。兄にはクラウディアさんをあきらめて、きちんと仕事に行くよう説得いたします。……本当にご迷惑をお掛けして申し訳けありません」

 ロクサーヌは所長に深々と頭を下げた。


(ふむ、しっかりした妹だな……これでラモーンが何とか立ち直れればいいのだが……)

 

 ロクサーヌは帰り道、兄に対して様々な感情が湧き上がって少しイライラしていた。

 

(ラモーン兄様にいさまったら、よその女性を助手であることをいいことに、深夜まで働かせて……しかも、そのために悪い人たちに絡まれそうになっただなんて、申し訳なさ過ぎる……遅くなったなら、なんで送っていかないのよ! まったくもう、呆れるわ!)

 彼女は気を沈めようと、街の大通りの方へ向かった。

 

(花屋さんんでキレイなお花でも見たら、少し気分が良くなるかしら……)


 花屋の店頭には、秋の花が所狭しと並んでいる。

(わぁ、キレイだわ。やっぱりお花はいいわね〜)

 

 思わず笑顔になって、はっと思い付いた。

(そうだわ、クラウディアさんにお花を贈りましょう。できれば『謝罪』が花言葉の花なんかが良いわ……)

 

 ロクサーヌは立ち止まって、花屋に声をかけた。

「こんにちは。兄が彼女に謝罪の花を送りたいって言うのだけど、そんな花言葉の花はあるかしら?」

「謝罪ですか。うーん、愛の告白ならね、いくつでも思いつくけど……そうだ、向こうに本屋があるから、そこで調べてみては?」

「そう、ありがとう。では本屋さんへ行ってみるわ!」


 ロクサーヌは花屋にお礼を言うと、少し行ったところの大きな本屋に入って行く。

 本屋で店員に『花の図鑑はどこかしら?』と聞いてみた。重い図鑑類は1階の一番奥、と聞いて狭い通路を奥へと分け入って行く。

 

 一番奥で1人、分厚い図録に見入っている人がいた。その金茶色の髪の女性は図録に見入っていて、こちらが近づいていることに気がついていない。

 少し様子を見た後、ロクサーヌは “コホン”と咳払いをしてみた。

 

 ハッとした女性は、

「ごめんなさい、つい夢中になっちゃって……。何かお探しなら、お取りしますよ」

 と言う。

「花言葉の書かれた、花の図鑑を探しています。あなたはこの本屋さんの方ですか?」

「いえ、店員ではないのですが、しょっちゅう来ているので……花の図鑑ですね、どうぞ」

 と棚の上から図鑑を下ろして手渡してくれた。

 

 ロクサーヌはお礼を言って、図鑑を見始める。だが、花の名前は先に出てくるのだが、花言葉は付属的な項目に書かれているだけだ……これでは、端から読んで探していくしかない……


「花言葉で探しているのですか?」

 図鑑を取ってくれた女性が話しかけて来た。

 

「そうなんです……『謝罪』や『ごめんなさい』みたいな花言葉の花を探していて……」

「それなら “私を許して”なんていう花言葉の花がありますよ」

「そうなんですか?」

 

「ええと、……あ、これですね」

「 “ディアスキア” 私を許して、ですね」

 彼女は図鑑のページを開くと、それを広げて見せた。


「そんな花言葉の花があるんですね……」

「ほかにも “ヒアシンス” ごめんなさい、なんて言うのもあります。でも今の季節なら “カンパニュラ” 後悔、でもいいかもしれませんね」


「ありがとうございます! よくご存知なんですね」

「……いえ、本が好きなだけで……」

 

「ディアスキア、ヒアシンス、カンパニュラですね。お花屋さんで聞いてみます」

 ロクサーヌは忘れないように、肩にかけていたバッグから手帳を出すと書き留めた。

 それからまたお花屋さんに取って返して、今聞いたばかりの花があるか、その花を注文したら、それを届けてくれるかを確認してから家に戻った。


 それを兄に教えて、とりあえずはお詫びの印にお花をクラウディアさんに贈らせようと思ったのだった。

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